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ピリリリ、ピリリリ……。
味気ない電子音が聞こえる。
ピリリリ、ピリリリ……。
一体、なに?
無視を決め込んでいたら、睡眠妨害の音は切れた。
わたしはごろりと寝返りを打った。
眠い……昨日、塾に行ったから……今日は土曜日でしょ。
遅くまで暗号解読や、英語の宿題をやってたんだから……。
お休みの日くらい、ゆっくりさせてよね……。
ピリリリ、ピリリリ……。
夢の世界に戻ろうとしたのも束の間、電子音、再開。
「……うう」
掛け布団をかぶったまま、乱暴に両目をこする。
せっかく「二十円で中華食べ放題」の夢、見てたのに!
どこから出てるんだろ、この音。
隣のレイの部屋? ううん、壁越しにしてはやけに近い。
この和室に目覚まし時計はないし――。
「……あ! 着信!」
わたしは跳ね起きて、文机の上の、着信ランプの光るケータイを取った。
「も、もしもしっ」
「既におはようという挨拶は相応しくない時間だ。コンニチハ、ねぼすけの敦子」
すごーく不機嫌な声が鼓膜に届く。
眉間にしわを寄せたさくらちゃんの顔が、ありありと想像できた。そうだった。最近、電話がかかってこなかったから忘れてた。この音は、さくらちゃん専用の着信音だった。
「僕がこうやって準備を進めてるのに、いいご身分だね。まだ自分の部屋で寝てたんだろ?」
「な、……なんでわかるのよ」
「ふん、やっぱりな。道に面したレイ先生のリビングにいるにしても、屋外のどこか、出先にいるにしても、周りが静かすぎるから」
「それじゃ、推理じゃなくてただの推測じゃない」
「まあね。でも切り札は最初に使った。『まだ寝てたんだろ』という当て推量をきっぱり否定できなかった時点で、敦子の負けだ」
言い返せない。わたしはぽりぽりと寝ぐせ頭を掻いた。
でも、電話がかかってきたってことは――。
さくらちゃん、あの暗号が解けたんだ。
「で、話があるんだけど。ちょっといいか」
いいどころか、「喜んで!」だよ。
「うん、平気。今日はずっと暇だから」
あゆちゃんたちと遊ぶ約束はなかったはず。一応、手帳も見て、今日のスケジュールが空欄であることを確かめた。
「ねえさくらちゃん、ところで、今何時?」
「相変わらずその部屋に時計ないのか。十時半ちょっと過ぎだよ。じゃあ一時間後、十一時半にS山駅前のマックで待ち合せよう。OK?」
もっちろん!
わたしは元気よく答えて、通話を切った。
よおし、うーんと背伸びをしたら、背骨がポキポキと鳴った。
わたしは最速で着替え、お布団をたたみ、ブラシで髪をといた。それから洗面所で顔を洗うなどして、リビングへ赴いた。
「おはよー、レイ。わたし出掛けるから、お昼ご飯は外で……あらら」
表の道路に面した窓にはカーテンがひかれ、本の山脈がそびえるリビングは夜明け前の大陸のように薄暗い。
レイの姿はなかった。
部屋で仕事してるのかな……?
廊下に戻って、レイの部屋のドアをノックした。ここが夏目家唯一の洋室だから、襖じゃなくてドアになってる。
「入るよー、レイ?」
返事はない。
カチャリとドアノブをひねり、ドアを開く。
そっと中を覗いた。
暗い。何も見えない。
ただ、かすかにベッドのほうで人の気配はする。すぴよ、すぴよ、という平和的な寝息も聞こえる。
わたし以上のお寝坊さんが、ここにひとり……。
「の……」
「ん?」
レイがつぶやく声がした。
「神様、の……数列……」
「レイ、……起きてるの?」
返事はない。また、すぴよ、すぴよという寝息に戻った。変な寝言だな。
わたしは静かにドアを閉めた。
仕方がない。置き手紙でもしておくか。
レイへの伝言はさておき、朝ごはんはどうしよう?
食べたいのはやまやまだけど、早くも一時間後にはマックでお昼だ。定番のあれも、限定のあのバーガーも食べたい。ポテトは外せないでしょ。シェイクも頼んじゃおうかな。あっ、クーポン券、今日の折り込みチラシに挟まってないかなあ?
ぐうう、と腹の虫が鳴いた。
本日も、色気より食い気なり……。
ほんのちょっとだけなら、いいよね。胃の準備運動ってことで。ほら、食べ放題の時も、空腹状態よりはある程度食べていったほうがいいって言うし。
わたしは台所の鍋に残っていた肉じゃがのうち、大きなじゃがを一つおたまですくい、皿にのせて電子レンジで温めた。
ようやくカーテンを開け放った明るいリビングで、じゃがを食べ、お茶を飲む。
ほくほくのじゃがは味がしみてて、お世辞じゃなく、とってもおいしい!
肉じゃがと、霧島ネオンさん。
霧島さんのイメージに、とことん合わないなー。霧島さんだったら、ポワレとか、コンフィとか、おしゃれな洋食が合いそう。
でもこれ、自炊歴がそこそこあるわたしより、上手だ。煮崩れしていないし、味の濃さもちょうどいい。
丁寧に作ったんだろうな。
レイのために。