表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

6

 ピリリリ、ピリリリ……。

 味気ない電子音が聞こえる。

 ピリリリ、ピリリリ……。

 一体、なに?


 無視を決め込んでいたら、睡眠妨害の音は切れた。


 わたしはごろりと寝返りを打った。

 眠い……昨日、塾に行ったから……今日は土曜日でしょ。

 遅くまで暗号解読や、英語の宿題をやってたんだから……。

 お休みの日くらい、ゆっくりさせてよね……。


 ピリリリ、ピリリリ……。

 夢の世界に戻ろうとしたのも束の間、電子音、再開。

「……うう」

 掛け布団をかぶったまま、乱暴に両目をこする。

 せっかく「二十円で中華食べ放題」の夢、見てたのに!

 どこから出てるんだろ、この音。

 隣のレイの部屋? ううん、壁越しにしてはやけに近い。

 この和室に目覚まし時計はないし――。

「……あ! 着信!」

 わたしは跳ね起きて、文机の上の、着信ランプの光るケータイを取った。

「も、もしもしっ」

「既におはようという挨拶は相応しくない時間だ。コンニチハ、ねぼすけの敦子」

 すごーく不機嫌な声が鼓膜に届く。

 眉間にしわを寄せたさくらちゃんの顔が、ありありと想像できた。そうだった。最近、電話がかかってこなかったから忘れてた。この音は、さくらちゃん専用の着信音だった。

「僕がこうやって準備を進めてるのに、いいご身分だね。まだ自分の部屋で寝てたんだろ?」

「な、……なんでわかるのよ」

「ふん、やっぱりな。道に面したレイ先生のリビングにいるにしても、屋外のどこか、出先にいるにしても、周りが静かすぎるから」

「それじゃ、推理じゃなくてただの推測じゃない」

「まあね。でも切り札は最初に使った。『まだ寝てたんだろ』という当て推量をきっぱり否定できなかった時点で、敦子の負けだ」

 言い返せない。わたしはぽりぽりと寝ぐせ頭を掻いた。

 でも、電話がかかってきたってことは――。

 さくらちゃん、あの暗号が解けたんだ。

「で、話があるんだけど。ちょっといいか」

 いいどころか、「喜んで!」だよ。

「うん、平気。今日はずっと暇だから」

 あゆちゃんたちと遊ぶ約束はなかったはず。一応、手帳も見て、今日のスケジュールが空欄であることを確かめた。

「ねえさくらちゃん、ところで、今何時?」

「相変わらずその部屋に時計ないのか。十時半ちょっと過ぎだよ。じゃあ一時間後、十一時半にS山駅前のマックで待ち合せよう。OK?」

 もっちろん!

 わたしは元気よく答えて、通話を切った。

 よおし、うーんと背伸びをしたら、背骨がポキポキと鳴った。

 わたしは最速で着替え、お布団をたたみ、ブラシで髪をといた。それから洗面所で顔を洗うなどして、リビングへ赴いた。

「おはよー、レイ。わたし出掛けるから、お昼ご飯は外で……あらら」

 表の道路に面した窓にはカーテンがひかれ、本の山脈がそびえるリビングは夜明け前の大陸のように薄暗い。

 レイの姿はなかった。

 部屋で仕事してるのかな……?

 廊下に戻って、レイの部屋のドアをノックした。ここが夏目家唯一の洋室だから、襖じゃなくてドアになってる。

「入るよー、レイ?」

 返事はない。

 カチャリとドアノブをひねり、ドアを開く。

 そっと中を覗いた。

 暗い。何も見えない。

 ただ、かすかにベッドのほうで人の気配はする。すぴよ、すぴよ、という平和的な寝息も聞こえる。

 わたし以上のお寝坊さんが、ここにひとり……。

「の……」

「ん?」

 レイがつぶやく声がした。

「神様、の……数列……」

「レイ、……起きてるの?」

 返事はない。また、すぴよ、すぴよという寝息に戻った。変な寝言だな。

 わたしは静かにドアを閉めた。

 仕方がない。置き手紙でもしておくか。

 レイへの伝言はさておき、朝ごはんはどうしよう?

 食べたいのはやまやまだけど、早くも一時間後にはマックでお昼だ。定番のあれも、限定のあのバーガーも食べたい。ポテトは外せないでしょ。シェイクも頼んじゃおうかな。あっ、クーポン券、今日の折り込みチラシに挟まってないかなあ?

 ぐうう、と腹の虫が鳴いた。

 本日も、色気より食い気なり……。

 ほんのちょっとだけなら、いいよね。胃の準備運動ってことで。ほら、食べ放題の時も、空腹状態よりはある程度食べていったほうがいいって言うし。

 わたしは台所の鍋に残っていた肉じゃがのうち、大きなじゃがを一つおたまですくい、皿にのせて電子レンジで温めた。

 ようやくカーテンを開け放った明るいリビングで、じゃがを食べ、お茶を飲む。

 ほくほくのじゃがは味がしみてて、お世辞じゃなく、とってもおいしい!

 肉じゃがと、霧島ネオンさん。

 霧島さんのイメージに、とことん合わないなー。霧島さんだったら、ポワレとか、コンフィとか、おしゃれな洋食が合いそう。

 でもこれ、自炊歴がそこそこあるわたしより、上手だ。煮崩れしていないし、味の濃さもちょうどいい。

 丁寧に作ったんだろうな。

 レイのために。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ