真昼の幻想
不条理小説を目指したもの。
さて、これは一体どうした物か。
目の前にある一本の紐を見ながら頭を抱える。
それの色は目を見張るほどの赤。
裁縫用の糸を思わす細さだがワイヤー並みに頑丈らしく、手ではおろか鋏でも切れなかった。
むしろ鋏の刃が欠けたくらいだ。
お蔭様で幼稚園以来愛用していた鋏が使い物にならなくなってしまったのだが、まぁいい。
どうせそんなに大事にはしていない。
その紐は俺の左手の薬指にくるくると巻かれているのだが、問題は巻かれた方の反対側だ。
延々と、何処かに向かって伸びている。
窓から外を覗いてみると細い赤が見えたから、きっとこの紐は外にいる“何か”に繋がっているのだろう。
それを知りたいとは思わないが、知らないままというのも居心地が悪い。
この紐の先にいる何か、もしくは誰かが死にかけてるかもしれないし、逆に誰か、又は何かを殺そうとしてるかもしれない。
そんな可能性の中でのうのうと生活できるほど、この想像力豊かなおめでたい脳はイイ子でいてはくれないんだから。
全く、我が頭ながら実に持ち主泣かせなイイ子だ。
「という訳で、行ってきます」
両親にはちゃんと訳を話し、軍資金として数枚の紙切れを貰っておいた。
これから暫く外で生活する羽目になるのだ。
多く貰っておいても損はないだろう。
見送りの両親と弟に手を振り出発する。
目的地はあるが当ては無い。
この細く赤い紐を延々と延々と延々と延々と延々と延々と延々と延々と……とにかく延々と追っていかなくてはならなんだから。
おっと、面倒などとは思ってはいけない。
面倒だと追う事を止めれば、素敵な脳みそは瞬時に素晴らしい空想空間を作り出してしまうのだから。
自分自身が囚われるならともかく、周囲の皆々様まで捕らえてしまうほど凶悪な空想空間なんて、出来るだけ発生させない方がいいに決まってる。
ついこの間なんて、実の妹を捕らえてしまったばかりだ。
その妹は数日後、弟になって帰ってきた。
それほど凄まじい空間ならば一度くらい捕らえられてもいいかもしれないと、思ったことは秘密にしておこう。
そう思った所で、飲み込まれて妹になってしまうのは自分ではなく他の誰かだ。
何か、でも一向に構わないが。
と、話がずれてしまってる間に第一関門だ。
どうやらこの紐の先を辿るにはこの建物を越えなければならないらしいが、その建物が問題だ。
何故よりによって学校なのだろう。
しかも女子校ときた物だ。
男子校だったらまだ救いがあった物をわざわざ女子校。
全く救えない。
女子校なんかに入ってしまったら、うっかり右目が妊娠してしまう。
いくら注意した所で、うっかりしすぎるのがこの右目なのだ。
この年で何度切断の憂き目を見たことか。
友人はまだ十五回程しかやっていないというのに。
こうしている間にも、右目は急激に妊娠している。
その様はもう激しいとしか言いようがない。
なにせ、とんでもない勢いで視界が開けていくのだ。
ぐにゃりと歪むよりは幾分マシだが、あくまでマシなだけである。
これでは今更引き返しても遅いだろう。
切断が決定事項となってしまった今では、女子校に踏み入れる事に何の躊躇もいらない。
「でわ、いざ出陣」
そう言ってみれば格好が付くかと思えば、右目が妊娠してしまっていては台無しになって仕方ない。
全く、やれやれ……だ。