表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拉致・のち、放置&放浪記  作者: 七草 折紙
『豊穣の森』編
8/30

Another side 聖羅

やっとヒロイン登場です。

 とある山の一角で彼女は迷っていた。


 彼女の名前は睦月(むつき)聖羅(せいら)

 日本人であれば、十人中十人が振り返って見る程の美少女である。


 学校に通っていれば、現在は高校三年生になる。

 三年連続で生徒会長を務める、スーパー優等生であった。


 常に頭脳明晰、冷静沈着で、人当たりも良く、誰にでも優しい。

 さらに、陸上部のエースで県大会二位という実績を持つ、スーパー女子高生である。


 同級生のみならず下級生にも多大なる人気を誇り、その名声は他校にまで知れ渡る。


 そして、彼女が有名な最大の理由、類を見ない美しさと社長令嬢という肩書き。

 ここまで来れば逆に近寄りがたい。


 そんな聖羅が異世界で迷子。

 ボロボロの制服にやつれた頬。身体はもう何週間も洗っていない。

 さらに食料も自給自足というサバイバル生活。


 事実、聖羅の理性は既に限界であった。


「ここはどこなの? もう食料がないわよぅ……」


 聖羅もまた拉致された後、人体実験によって黒い球の能力を得ていた。

 今も黒い球に乗って移動中である。


 だが、彼女は楽世(なせ)とは違い、飴を食べていない。

 それが、彼女の行く末を暗いものにしていた。


 森を抜けて山道に入り、ひたすら黒い球に入って移動する。

 日に日に食料だけが減っていく。


 最近では、以前採れた僅かな食料が無くならないように節制する日々で、たらふく食べた記憶がない。

 聖羅は、今日も食料を求めて、彷徨っていた。


「ほら、球ちゃん、いつもみたいに食料を取ってきてちょうだい」


 黒い球で移動して、俗にいうエコノミークラス症候群にならないように、一時間置きに休憩を取る。

 手頃な岩陰で一休みして、ついでに黒い球に食料を見つけてきてもらう。

 それがここ最近の聖羅の生活であった。


 だが、黒い球は全く動かない。

 それはこの近辺に食料が無い事を意味していた。

 それを確認して聖羅は頭を抱える。


「もう、いやぁーーーーーー! 何で私がこんな目に合わなければいけないのっ! ふぇぇぇぇぇぇん!」


 ついに崩壊した理性。

 抑えていた不安感が爆発して大声で号泣し出す。

 これも立派なストレス発散、自己防衛の一貫である。


「ううっ、ぐすっ」


 ひとしきり泣いて、すっきりとする聖羅。

 泣き終わると即座に頭を切り替えて、現実に目を向け始める。

 それが聖羅という人間の強さであった。


「がんばるんだ。絶対に帰るんだから。帰って彼に(・・)会ってそれで……」


 一抹の不安を拭って、折れない心で、聖羅は希望を胸に抱く。


 彼女には帰りたい強い目的があった。

 思春期の人間であれば誰もが抱くであろう動機、色恋沙汰。それは強い力となって聖羅の心を折れないように押し留めていた。


「とにかく今は食料。この球、一個しか出せないのよね。遠出させちゃうと不安だし、近場だと見つからないし、八方塞がりね」


 黒い球は、この世界で唯一頼れる己の武力、頼もしいボディーガードであった。

 自分の身を護るためにも必要なものである。

 これが無ければとっくの昔にギブアップしていた事だろう。


「安全な場所を見つけて、球ちゃんにもっと遠くに行ってもらわないと……」


 しばらく移動していると、洞窟のようなものが見えてきた。隠れるには絶好の場所である。


「ここでしばらく身を隠して……その前に洞窟の安全を確認しないとね」


 暗い洞窟の中を、聖羅は進んでいく。


 明かりを灯すものなど何もない。真っ暗な視界の中を、不安一杯で進んでいく。

 黒い球が無ければ恐怖で潰れてしまっていたことだろう。


「暗いわね。そういえば木の棒が一本あったわね」


 腰にぶら下げていた木の枝。

 護身用には頼りないが、何かの役には立つと思い一応持っていた。

 それがこのような形で役に立つとは、分からないものである。


「火種はないから……ここは球ちゃんの出番ね」


 ここで火を起こす方法は只一つ。原始的な方法しかない。

 すなわち摩擦熱による発火現象である。


「球ちゃん、その木の先を二つ程切り落としてくれる? あ、ちょっとよ。あとはその二つを木の枝が微妙に入らない位置で固定して、その間に長い方の棒を……そう。押し付けて高速で回転させてみてくれる? あ、ちょっと待って! 綿をちょっとだけ置いてくれる? そう、それでやってみて」


 制服に入っていた綿を少量だけ取り出して、木の棒の先に置く。

 既に服はボロボロで、今更気にするものではない。


 黒い球が動き出す。

 数瞬後、煙を出し始めたかと思うと、一気に燃え出した。


「やった!」


 両肘を曲げて、飛び跳ねるようにジャンプした姿は、無意識に喜びを表現していた。


 暗かった洞窟内が一気に明るくなった。

 これで先に進める。


「よ~し、球ちゃん、行こっ」


 聖羅は、火のついた木の棒を持ちながら、ゆっくりと歩いていく。

 だが聖羅は肝心な足元を見ていなかった。流石の聖羅も穴が空いているとは露ほどにも思わなかったのだろう。


 スポーンという表現が正しい程の豪快な落ち方をした。


「きゃあっ!」


 かなりのスピードで、聖羅は落ちていく。

 このままぶつかれば命はない。


「た、球ちゃん、止めて!」


 聖羅の要求に、黒い球が動き出す。

 黒い球が聖羅の周りを囲み、空中で停止することで、落下が止まる。


「は、ははは……危なかった。球ちゃんから降りるのは危険ね」


 聖羅は冷や汗が止まらなかった。肝を冷やすとはこの事だろう。


 だが丁度見つけた長い穴だ。

 この先に何があるのか気になり、黒い球に乗ってゆっくりと降りてゆく。


 落ちた勢いで消えてしまっていた火は、再び黒い球にお願いして点けてもらった。


「ん? ひんやりとしてきたわね。何だか湿っぽいような……まさか、水脈!?」


 ここしばらく身体を洗っていないのである。

 考えることは只一つ。


「た、球ちゃん、水、水よ。水浴びよ。は、早く行って。レッツ、ゴー!」


 意気揚々と、聖羅は手を上げて降りてゆく。


 だが期待と現実は違うものであった。


 辿り着いた先に待ち受けていたのは、枯れた水脈。

 目の前には小さな水溜りがポツンとあるだけだった。


 余りの現実に、惚けたように乾いた笑みが浮かぶ。


「ははっ、これだけ?」


 ガクン、と崩れ落ちるように、聖羅は膝をつく。

 そして、膝を抱え込むように座り込み、湧き出てくる涙ごと、顔を膝にうずめて呟く。


「助けてよぅ、楽世(なせ)くぅん……」


 その時、背後から何かが近づいてきていた。


楽世と聖羅は実は知り合いでした。

他の拉致被害者には万能能力はありません。皆、苦労しています。

次回はまた楽世視点に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ