幕開 奈落
割り込みで投稿してみました。
追加の話です。
万能球に乗って移動する、約一ヶ月の間の出来事である。
食事以外、只ひだすら寝ていただけではない。
人間、そんなに睡眠は取れないのだ。
「オリャッ、テリャッ!」
そこで、暇潰しに、懐かしの格ゲーをやっていた。
『You Win!』
万能球で作り出したテレビ画面とゲーム機一式。
そこに、俺の勝利を知らせる文字が表示された。
これも、もう何回目だろうか。
所詮は俺の記憶の中の産物、予想を超えるものではない。
万能球は所詮、俺の記憶を再現しているに過ぎないのだ。
「はぁ、これで百五十連勝か……つまらん。暇だなぁ~」
退屈な現状に易癖して、コントローラを乱暴に投げ捨てると、俺の意思に反応して、テレビ画面とゲーム機が消え去った。
次は何をするか――
「エクササイズマシンで運動でもするか。流石に身体が鈍っちまう」
これもお馴染みの光景である。
早速、ランニングもどきを開始する。
「ふっ、ふっ、ふっ」
有酸素運動の証でもある短い呼吸が自然と出てくる。
人間、全く動かないのも疲れる、というものを体験した。
「ふっ、ふっ、ふっ……ふふふ、ふ、もう飽きたぁーーーーーーっ!」
運動しているうちに、呼吸が、自然と乾いた笑いに変化してしまった。
このランニングもどきも毎度やってきたことなので、いい加減飽きてしまったのだ。
ストレス発散のために、大声を出して叫ぶ。
誰も聞いていないので、思う存分に、力の限りに吠えまくる。
「何なんだ、この究極の暇地獄は! いくら俺でも我慢できないぞ」
最近、独り言が多くなった気がする。
幾ら一人が好き、といっても、誰ともコミュニケーションを取れないのは、苦痛でしかない。
「くそっ、飯だ、飯!」
悪態をついて、飯に移行する。
食事は気分転換に丁度良い。
「今日はカレーでも食うか」
全ての行動が飽きたからとといっても、この一時だけは別である。
食事はレパートリーとバリエーションを変えて、ローテーションを組めば、十分満足できるのだ。
「それにしても、すっきりするぐらい何もないな」
上下360度、何もない。
いや、空に浮かぶ太陽や雲だけは見えるが、その他は何もないのだ。
俺が高所恐怖症だったら、とんでもない事になっていた。
もし万能球が消えたら、という考えが浮かばない訳ではないのだ。
この空で俺を支えているのは、万能球只一つだけ。
落ちたら、ペシャンコで、形は人の原型すら留めないだろう。
「ちょっと、怖いな。しかし、何も見えないのはおかしくないか?」
万能球で飛んできたため、後方はもう荒野の影すら確認できなくなっていた。
前方も未だ何も見えてこない。
下はというと、これまた何もない。
渓谷やら海やらが見えても良い筈なのだが、どういうことだろうか。
「う~ん、万能球、ちょっとだけ下に行ってみてくれない? あっ、方向は変えないでね」
俺の命令に従って、真っ直ぐに進んでいた軌道が下へと逸れていく。
そのまま、下方45度くらいの角度で進んでいくが、相変わらず何もない。
そう思っていた、その時――
「な、何だ、これは!?」
黒一面の大地らしきものが見えてきた。見渡す限りが漆黒の荒野である。
まるで、闇一色の地獄の入り口、奈落そのものだ。
それ以上進んではいけない、と頭に警報が鳴る。
「ここは何処なんだよ?」
日本、いや、世界中の何処にだって、こんな場所は聞いたことがない。
某国の政府が隠蔽でもしてきた危険スポットなのだろうか。
もう考えるのはよそう。
そういうのは専門家に任せて、俺はとっとと自宅に帰ることだけを考えることにする。
「はぁ、次は一人カラオケでもするか……」
再び、憂鬱な旅を続けることに、気持ちを切り替えた。
そして、一週間後。
ドゴンッ
「うおっ、何だ何だ!?」
昼寝中に、物凄い衝突音と衝撃が襲ってきた。
慌てて起きて、辺りを確認すると――目の前には巨大な土の壁があった。
「着いた……のか?」
ぶつかった、ということは、踏みしめられる場所が存在しているという事である。
取り敢えず、このままでは埒があかないので、移動することにする。
「おい、万能球、後ろに下がって……そう、真上へ行け!」
希望を込めて、万能球が上がっていく。緊張で胸がドキドキしてきた。
徐々に光が射してきて、その先には――
「おおぉーっ、大地だ……でも、また何もないな。本当に何処なんだ、此処は?」
予想通りの肥沃な大地が広がっていた。
閑散としており寂しいが、草は生えている。生命力が感じられるのだ。
いよいよ、人がいそうな気配に、期待が高まる。
「よし、そのまま人のいる所まで進んでくれ」
万能球に乗って、さらに進んでいく。