第二話 謎の黒い球
※4/11 文章修正しました。
目の前に浮かぶ謎の黒い球。
先程までは無かった、ファンタジー要素満載の浮遊する物体、直径十センチ程の小さい球である。
我が目を疑うが、目を擦ったところで消えることはない。
新種の生物に見えなくもないが、こんな無愛想な生物は記憶にない。羽もなく、只浮いているのだ。
この広い荒野でピンポイントで現れた、ということは、まさか自分が出したのだろうか。
考えられるのは、あの人体実験の影響だけだ。それ以外に思い当たる節はない。
「な、何だこれ?」
試しにちょん、とつついてみる。何かの固形物のようである。
浮いているというよりも、空間に固定されている、と表現した方が良いくらいに動かない。どんな仕組みなんだろうか。
しばらく、息を吹きかけてみたり、押したり引いたりしてみたが、それ以上の変化ない。
ずっと浮いているだけである。
「う~ん。まっいっか。行こっ」
少し迷ったが、気にせずにとっとと行くことにする。
腹が減り、喉が渇いて、死にそうなので、のんびりしている暇はない。命の灯火が消えかかっているのだ。
球の事を忘れるように歩き出したが、数歩程で足を止める。
――あれは重要なものだ、と自分の直感が言っているのだ。
時間は惜しいが、確認のため、黒い球の所まで戻ることにした。
再び黒い球の前まで近づき、この球について検証することにする。
これを自分が出したものだとすれば、コントロールできる筈、検証してみよう。
思い返すと、希望的観測で念じたら、ポッと出現したのだ。
念じる事で、何か動きがあると予測できる。
実験1.離れて消えろと念じる――消えない。
実験2.触って消えろと念じる――消えた。
成程、出し入れは完璧である。やはり俺の意思に反応している。
次はこの球が何なのかだ。動いたりしないのかな。
実験3.離れて動けと念じる――動かない。
実験4.触って動けと念じる――動いた。
触ることで命令できるようだ。
こうやって、動けと念じても――動いた?
一度動けと命令すると、離れても命令可能になる。接触によって、俺の意思と完全に同調する仕組みらしい。なかなか便利な構造をしている。
あとは他に何ができるのかだが……動くだけかな。
手元に引き寄せ、試しに……燃えろ、と念じてみた。
ファイアァァァァァァッ!
「うぉっ!」
手元で豪快に炎が吹き出して、髪が数センチ程焼けた。
本当に燃えるとは、危なかった。
遠隔で念じても、同じ現象が起きた。
一度触って設定すれば、遠隔操作が可能みたいだ。
その後、水や雷、風なども起こしてみたが、全部できた。
「凄いぞ。これは万能球なのか?」
感心に浸っていると、突如として、お腹が鳴り始めた。
流石に二日間、殆ど何も口にしていないので、きついものがある。
そこで天啓が下った。もしかしてあの球で何とかならないか。
試してみる価値はある。
「ドンカ亭のハンバーグセット・ドリンク付きよ、出てくるのだ」
念じると、黒球がゴムのように伸びて、テーブル状に形を変え、そこからニョキッと生えるように出てきた。
「おおぉ~っ、出たぞ。懐かしの大好きなドンカ亭のハンバーグセットだ。本当に出てきたぁ」
香ばしい匂いが、本物といっている。
試しに食べてみるが、そのままのお味が再現されていた。空腹だっただけに、格別にうまいっ。
飲み物のコーラも、飲めば全身に染み渡る。
その後、涙が出るほどにおかわりをして、満足した。
あとは寝床だが、この球で快適空間を作れないだろうか、と考える。あの球の中に入れないのだろうか、という発想だ。
ものは試しなので、意識して指を入れてみると――入った!
「意識すれば中に入れるのか。何でもありだな」
怪しさ満開の謎の球だが、便利なものには違いない。利用しない手はないだろう。
特に、食料の問題が解決したことで、生存確率がぐんっと伸びた。
衣食住さえあれば、どこででも生きていけるのだ。
あまりの万能能力に呆れていると、ふと頭にイケナイ事が浮かんでしまった。
一人は寂しいので、癒しの存在――可愛い女の子を出せないか、と思ったのだ。
「ゴホンッ、試すだけだよ。変なことはしないよ……たぶん」
誰に言い訳するでもなく、自分で自分にフォローする。
女子にでも見られたら、一生爪弾き者だろう。犯罪者の気分である。
自然と声が小さくなる。
「TERAの深夏ちゃんよ、出てくるのだ(ボソッ)」
ゴクリ、と緊張と期待で喉が鳴る。
大好きな、某アイドルグループの娘が出てくる、と思うと血液が沸騰しそうになる。
彼女いない歴イコール年齢なのだ、と胸が張り裂けんばかりに高鳴り出した。
「……」
しばらく待つが、黒球には変化なし。うんともすんとも言わない。
――出せませんでした。生き物は駄目なようです。
あっち行こ、そう思ったのがいけなかった。
「のわぁーーーーーーっ!」
球に指を入れたまま、行こう、と念じたら、そのまま我が身ごと進んでいくではないか。
まるで何かに引っ張られるかのようにすっ飛んでいく。
速い速い。優に、時速百キロメートルは出ているのではないか。
今までの徒歩がバカらしくなる程に進んでいく。
その先には――断崖絶壁!?
「うおおおおおおっ、やばいっ! ス、ストーップ! 止まれ、止まれぇー!」
ギリギリで止まった。危なかった。
どうやら、この方角はアウトのようだ。しかし面倒くさいので戻りたくない。
「う~ん、どうしよう……そうだ! 空を飛んで行けば良いじゃないか!?」
流石に指一本だけ固定して飛ぶのは肝が冷える、となると乗り物型が妥当である。
この球、さっき形を変えたから――
「え~っと、でっかくなぁ~れ」
俺の命令に反応して、グオンッ、と直径十センチ程だった球が、直径三メートル程の大きさに変化する。流石、万能球である。
早速乗り込むが、何も見えない。
ここで、視界よ開けろ、と念じると、視界が開けた。
「凄ぇなぁ。しかし気温はそのままか……気温を下げろ……そう、そこでストップ。よし、この先へゆっくりと進んでいけ」
気温を快適に調節して、早速移動することにする。
ここでスピードを上げて進むのは馬鹿のすることである。同じ過ちは繰り返さない。
「このまま行けぇ……あっ、でも何かにぶつかりそうになったら避けて進んでね。あと人がいたら止まってね」
人を撥ねてしまったらやばいので、細かい指示をしておく。
着くまでは暇だから、昼寝でもするかな。
……彼此一ヶ月は経過しただろうか。
食事、就寝、食事、就寝。太らないか心配である。
ザワザワと慌ただしい音を聞いて、目が覚めた。
距離感がはっきりとしないので、どこまで来たかは不明である。
外が妙に騒がしいが、どうしたのであろうか。
起きて辺りを見渡すが――
今度は人、人、人?
人に似ているが、背中に羽らしきものが生えた生き物、とても人類には見えない生き物達がこちらを見ていた。
それにしても妙に注目を浴びている。
こんな球が浮いていたら、誰でも吃驚するか。
辺り一帯には木々が立ち並び、恐らく森の中と思われる。
今いる場所は、森に囲まれた、円状の空白地帯の、中心にある、とんでもなく巨大な樹の、一歩手前。
その大樹の周りには、ちょっとした湖のように浅瀬が広がり、木造りの橋で足場を補っている光景が目に映った。
所々には、大木風の家が点在しており、おとぎ話の中にいるみたいだ。
――どこだここは?
「ここは、ジャングル? 人らしき生物はいないみたいだが……」
旅立ってから初めての、人類(?)遭遇であった。