第二十一話 内情
お久しぶりです。
一週間に最低一話を目指していたのですがこの体たらく。
倦怠期でしょうか?
メストカゲに連れて行かれたのは村外れに建てられた廃屋。
人が住めるようには見えない寂れ具合いだ。
「さっ、入って」
屋内へと促しておきながら俺の意思はそこにない。強力なパワーで引きずり込まれていく。爬虫類パワーおそるべし。
中に入ると、部屋は閑散としたものだった。キッチンやトイレ、浴室などはあるみたいだが、必要最低限といった感じである。見ていると何故か無性な悲しさが胸を打つ。
「ふふ、みすぼらしい場所でしょ? でも"子供"ができたら賑やかになるわ」
今不吉な単語が聞こえてきたが、まさか、な。俺の被害妄想だと信じたいが、身体中の冷や汗が止まらない。
「おお、君はあの時の!」
二重の意味で食われそうな俺のピンチに登場したのは、チョビヒゲを生やしたトカゲ紳士だった。執事のような格好をしたそのダンディなトカゲ人間――チョビ執事が突然の訪問に歓迎するかのように立ち上がった。
あの時というと広場にいた野次馬の一人だろうか。
しかし服装以外殆ど違いが分からないぞ。外人の区別がつかないのと同じ理論だな。
「爺や、食事の準備をお願い。ああ、彼は灰人なのでそちらの食材を使ってちょうだい」
「畏まりました、お嬢様」
礼儀正しく頭を下げてチョビ執事が夕食の準備を始めた。
少しすると料理に移ったのか、台所からトントンと包丁の音が聞こえてくる。
爺やとお嬢様? もしかして貴族とかいう奴だろうか。だとしたら何故こんなボロ小屋に住んでいるのであろうか。
「さて、聞きたいことがあるんじゃない?」
チョビ執事が居なくなったと同時に、メストカゲ――怪力お嬢が俺の心を見透かしたかのように問い掛けてきた。
丁度良い機会だ、情報を貰おう。いい加減、振り回されるのはごめんである。正確な事情を把握しておきたい。
「えっと、この家の事も気になるんだけど……そうだな、この村はどうなっているんだ? 何か違和感があるというか……」
はっきり言って誰も彼もが中途半端な情報しかよこさないので、気持ちが悪い。
頻発する連中のキチガイな行動も気になる。特に、あのオヤジとか、オヤジとか、オヤジとか! ……イカン、イカン、自分を抑えねば。
俺がオヤジに怨嗟の念を送っていると、お嬢が疑問に答えてくれた。
その悩ましげ姿が色っぽく……はない。
「……そうね。そこから説明するわ。まずワタシ達も一枚岩ではないの」
「う~ん、内部の統制も危ういってことか?」
「いえ、統制はボットン隊長によって強制的に行われているわ。恐怖支配ね」
「……何か嫌な展開だな」
やはりあの成金トカゲはハリボテの王様だった。
一匹だけで全員を支配するなんて、ボットンはやばいな。あの迫力は異常だ。
お嬢を観察すると思い出したのか、顔が青ざめている。今まで色々あったのだろう。
黙って話を促すと、お嬢が溜息をつきながら語りだした。
「昔は穏健派と過激派でバランスが取れていたの。中立派もいたしね」
「それが崩れた?」
「そう、今回の抗争の前に穏健派の皆は過激派にやられてしまったの。その過激派のリーダーがボットン隊長よ」
「殲滅ってことか……」
一体どれほどのトカゲが殺害されたのだろうか。考えるだけでゾッとしてくる。
平和な日本で暮らしてきた身としては関わり合いたくはない。そんなことを元の世界でやったなら捕まって即死刑だ。俺には到底理解できない物騒な価値観である。
お嬢が遠い過去に思いを馳せるかのように話を続ける。
「そう、彼の強さはずば抜けているの。かつて王配下の精鋭が挑んだけど結果は惨敗。王共々見せしめに処刑されたわ。それをたった一人で実践したのよ」
「吐き気のする話だな」
「……そうね。結果、王もすげ替えられて、今じゃあの通りの役たたずの王だわ」
お嬢が悔しそうに拳を握り締めており、林檎など容易く潰せそうなパワーを感じる。
刺激しないようにしよう。
しかしそれだけ強いなら何故俺を頼るんだ?
今回襲ってくる連中はそれ以上に厄介なのかも知れないな。
ボットンに協力したところで用済みになったら「さようなら」とかは勘弁願いたい。
俺が最悪の結末を想像していると、ポツリと控え目な声が届いてきた。
「……私の父と兄もその一人」
「えっ?」
「残った私と母は眼中になかったのか、そのまま見逃されたけどね」
意気消沈しながらお嬢が潤んだ瞳で見つめてきた。
そんな切ない顔をしても抱きしめないぞ。
徐々にしんみりとした空気になっていく。
「……その母も心労で倒れて亡くなったわ」
さらに暗い展開になっていき、お嬢は今にも朽ち果てそうな程萎れていった。
俺に何かを求めるように両手を握ってくる。
この流れは抱きしめないといけないのか? くっ、選択の時が来たのか。
いや、そうだ、これは動物愛護の精神だ。
行け、俺よ!
勇気を出して引き寄せると、お嬢が胸に頭を預けるようにしなだれ掛かってきた。
この先はデッドゾーンだ。目を合わせてはいけない。
「今じゃ貴族とは名ばかりの貧乏人よ。ウチに残ったのも爺やだけだしね」
「そ、そうか……」
人ごとのように話を続けるお嬢に、俺は言葉が出ずただ頷く。
貴族が落ちぶれてこの有り様って訳か。世知辛い世の中だ。
「ウフフ、変なこと言ってごめんね。それで続きなんだけど……中立派は呆気なく降ったわ」
「まあ殺されるよかマシだよな」
命あっての物種って言うし、それは妥当な判断だと俺でも思う。
しかしお嬢はその行動を恥じて自分達を自嘲するかのように、内情を述べていく。
「……情けないわよね。でもそれは外面上の話、中には不満を持つ者もたくさんいるの」
「とすると、ギギカは穏健派か中立派の残党ってことか? あの二匹……じゃなくて二人は対立でもしているのか?」
「いえ、彼はさらに別……」
そこでお嬢の口が閉ざされ話が途切れる。
ギギカのオヤジの事が気になったが、それ以上問いただせる雰囲気じゃなかった。
あれは只のアホで理由なんてない。それでいいじゃないか。
そう結論づけて自己完結した。
「……私達も本当は野蛮なんかじゃないのよ。平和に解決したいの。でも私達は……」
「私達は?」
先程から一定の内容以外は言葉を選び、言い淀んでいるように感じる。
箝口令でも敷かれているのだろうか。
何かを懺悔しているお嬢の姿を見ると、流石に踏み込めないでいた。
「……いえ、私達は只、平穏に暮らしたいだけなの」
「そうか、まあそれが一番だよな」
「このままではいずれ両陣営に災難が訪れるわ。こんな暴挙が許される筈ないもの」
「暴挙……?」
前回の襲撃で返り討ちにした時に、人道的に反する事でもしたのだろうか。
ギミミ夫人にしろ、皆が一斉に口を噤んで何かを隠しているのは確かだ。
「お嬢様、もうじき夕食の準備が整います」
「分かったわ。ありがとう」
話込んでいたら良い匂いが立ち込めてきた。家中に広がった香ばしさが食欲をそそる。ここの料理って香りだけは良くて刺激が強すぎる珍味だから抵抗があるんだよな。
まあチョロリからの借り物もあるし、先程食材がどうとか言っていたので、今回は期待できるだろう。
よし、じゃあ食事を――
「彼らも同じ火の民。争いなんて私達も望まない……」
あれっ? まだ話が続いていたの?
俺は空気の読める男だ。黙って聞くことにする。
「もしもの時は皆を護って欲しいの。ボットンは犠牲を厭わない。ギギカはたぶん……」
「えっ? 俺っ?」
いきなり責任重大なお願いごとが飛び出した。
俺の事を過大評価しすぎである。他力本願は頂けない。
「俺よりも強い奴なんているだろ?」
「そんなことないわ! ギギカはボットンに次ぐナンバーツーの実力者よ。アレだけ戦えるアナタは大したものだわ」
無様に負けましたが、傍から見たらそう判断されちゃったのね。
取り敢えずこの場は濁しておくことにした。
「いや……そうなの? う~ん、まあ善処するってことで、状況によるかな?」
「ええ、それでもいいの」
俺の曖昧な返答にもお嬢は快く了解した。
その口調には力がなく、悲観あるいは諦観が浮かんでいるように感じた。
「ほんと、何でこんなことになっちゃったのかしら……」
最後にお嬢が取り返しのつかない事態を嘆くように、心をどこか遠くに向ける。
お嬢の心情を表すかのように、この後の夕食タイムが静かに開始する。
食事が功を奏したのか、暗い雰囲気が払拭され、和やかモードになっていった。
「ははは、あの王様、ボンボンって頭悪そうだよな」
「フフフ、駄目よ。彼も一応は王様なのよ」
「そうですぞ、お客人。彼も元は中立派の貴族。体裁のために祭り上げられただけの可哀想な道下でございます」
「まあ、そうなんだけどな。……おっと、そろそろ戻らないといけないな」
俺が帰宅しようと立ち上がると、お嬢が腕をキャッチして引き止めた。
笑顔を浮かべているが、湧き出すお嬢のホールドパワーが獲物を狙うハンターのように見えてしまう。
「ハ、ハハ、な、何かな?」
「こっちに来て」
そちらは寝室ではないでしょうか? 行ってどうするのかな?
違うよね。そういう意味じゃないよね?
「貴様、お嬢様に手を出すなよ」
すれ違う瞬間、チョビ執事から低い声色が飛んできた。
俺が喜んでお嬢を襲うとでも勘違いしてるのだろうか。
何をトチ狂っているんだ、このチョビヒゲが! 俺にトカゲを愛でる趣味はないぞ。
扉がバタンと閉じ、暗闇が訪れる。
二十四時間営業の灯火が窓の外から漏れでており、アダルティーな雰囲気を演出していた。
「ふふ、知ってた? 異種族間でも交尾はできるのよ」
「ソ、ソウナンダ」
単刀直入に攻めてきたお嬢のセリフを、まずは明後日の方向に受け流す。
嫌な流れが止まらない。ついでに俺の汗も止まらない。
近くから発情したフェロモンが、汗にまとわりつくように漂ってきた。
「ええ、貴方と私……」
「ケホッ」
「男と女、愛する二人……」
「ゴホッ、ゴホッ」
お嬢が俺の胸を"の"の字を描くようになぞる。
もしトカゲ顔の子供に"パパ"などと呼ばれた日には、世の哀愁を感じることだろう。
「この村には貴方みたいに素敵な人がいないの」
「ハハハ……時期現れるさ」
「貴方が良いの。アタシ、そんなに魅力ない?」
くっ、強引な展開なのに俺の良心を抉ってくるこのやり口、こいつプロだな。
今も何故か俺が泣かせているみたいだ。負けるな、俺。
「い、いや、そんなことはないさ。だけどね」
「ホント!?」
「あ、ああ、君はす、素敵だよ」
「まあ、嬉しい! じゃあ!」
「いや、待て」
「どうしたの? 遠慮しなくてもいいのよ。貴方なら良いの」
いや、俺が良くないです。お願いだから待ってください。
誰か助けてください。救世主を望む。
「来て!」
「ぐっ」
未だかつてない集中力で頭をフル回転する。
この場を回避する最良の策……アレか? いつかどこかで見たあの臭いセリフ。
しかしソレしか頭に浮かんでこない。俺の貧相な想像力じゃソレが限度だ。
よし背に腹は変えられない。
「き、君は宝石のように輝イテイル。安易に汚シタクナイ」
「楽世さん……」
「焦ることはナイ」
「ふふっ、誠実なひ・と」
「フッ、今日は帰るよ」
「ええ、また今度……」
ふうっ、何とか乗り切ったか。
昼ドラで拝見したことのあるイカサマホストみたいだが、逃げるが勝ちだ。
少々可哀想だが、あとはなし崩し的に誤魔化すしかないな。
お嬢の家を脱出して力が抜けきった俺は、背伸びをして開放感を味わうことにした。
「あ~っ、やっと抜け出せた。この村に俺の安住の地はないのか?」
不幸の連続で溜息しか出ない。
修羅場を乗り切ったことで安心しきっていた俺は、薄明かりしかない夜の裏道を歩いていた。
そこに――
「なっ!? くあっ!」
上空から太い影が降ってきた。
脳天に容赦なく叩きつけられた一撃を、本能で間一髪弾くことに成功する。
師匠との修行で何度も練習した不意討ち対策――殺気に反応して、無意識に万能球で生成した刀を握っていた。
――今の一撃、本気で俺を殺そうとしてきた。
背中に嫌な汗が流れる最中、臨戦体制を取り、刀を"鋼龍牙の剣"に握り変える。
襲ってきた人物を見極めるが――
「てめぇ、どういうつもりだ、オヤジ!」
そこにはギギカのオヤジが立っていた。
最近、モチベーションミニマムでスランプ状態の作者です。
やっとのことで更新。
ということで、やっと中間管理職的な話が終わろうとしています。
次回が『憤怒の山』編の前半最後の締め、この村の謎が明らかになります。
キチガイオヤジの謎も……。
そこからやっと本格的なバトルに突入。
練習作の筈が、結構な長編になりそう……。




