第二十話 怪しい村
久しぶりの更新です……orz
ちなみに、今回無駄に長くなりました。
起きてすぐなので頭がうまく働かない。
本当なら二度寝したいところだが、急かされたので、仕方なく外出用の装備を取りに行くことにする。
「このままじゃ出られないんで、外で待っててくれ」
「急げよ。もう昼だぞ」
機嫌の悪いオヤジの事は気にせず、マイペースで準備を始める。
そういえばあの宇宙服もどきだが、どこにあるのだろうか。
ギミミ夫人にでも聞くか。そう思って、家の中を歩いていたのだが――
「ククク、おそようございます」
「クッ、皮肉か」
リビングには、変装したヤクザ顔のチョロリが待っていた。
「おそよう」とは遅く起きた事を揶揄しての変則的な「おはよう」の事だろう。
昨日は早く寝たつもりだったが、精神的負荷が酷かったおかげで爆睡してしまったと思われる。
「それで何の用だ?」
「ククク、つれないですね。そんな貴方にはこれを貸し出しましょう。優しい私からのサービスです」
受け取ったのは赤い装飾の施されたヘンテコな首飾り。
何だろう? プレゼント?
「これは何なんだ?」
「ククク、それは火の民の崇拝事象の乖離恩寵。身につけておくだけでこの環境から身を護ってくれます」
「マジか!?」
「ええ。あの分厚い防熱服を着なくても大丈夫ですよ」
何て便利なツールなんだ。是非とも欲しいが、レンタルか。
しかしこれで不快生活にはオサラバだ。
「うぉおおぅっ、サンキューな。いや、マジで助かる!」
「私も外部の灰人。気持ちは分かりますからね。それでは準備をして早めに来てください」
そう言って、チョロリは家を出て行った。
皆既に待っているのか。ヤバい、急がないと。
即行で身なりを整える。
玄関前にはギミミ夫人が礼儀正しくお見送り準備をしていた。
「気をつけて、いってらっしゃいませ」
「あ、はい、行ってきます」
お辞儀付きの丁寧な挨拶をされて恐縮してしまった。
予期せぬ事態にしどろもどろになりながらも、何とか丁寧に挨拶を返せた、と思う。
あのアホオヤジには勿体ない程の淑女、礼儀作法のできた立派な夫人である。
扉を開けると、そこには既にオヤジ、親衛隊二匹、そしてチョロリがいた。
「やっと来たか。ん? その格好でいいのか?」
「ああ問題ない。待たせたな」
「そうか、ならいいが……」
歯切れの悪いオヤジだが、恐らくあの宇宙服もどきを着ていないので不思議に思ったのだろう。
フフ、俺はチートアイテムを手に入れたのだ。貴様らの地の利は既に消え失せた。
「貴様、遅いぞ!」
「我らを待たせるとは生意気な!」
「ククク、ようやく来ましたか」
小うるさいトカゲ二匹の文句は気にせず、ヤクザ顔のチョロリと目が合った。
コートを羽織っているので、身体の線はバレずに男として振舞っているようだ。
昨日とは打って変わって、人格矯正機能とやらで別人のように落ち着いている。
「では行こうか」
オヤジがその場を取り持ち、全員で出発する。
そのまま後を付いていくと、広場とは言い難いこじんまりとした場所に辿り着いた。
「広場に行くんじゃないのか?」
「ああ、ここは村と言っても広いからな。アレに乗って行く」
オヤジが指差した上空には、大きな翼を精一杯広げて飛んでくる一羽の火焔鳥がいた。
当初は遠い彼方を示す点だったのが、近づくにつれて次第に大きくなっていく。
火焔鳥は真上までやって来ると、ゆっくりと下降して大地に羽を休めた。
これに乗って行くのか。
「行くぞ」
「あっ、その前に、俺の連れのジャニラちゃんを知らないか?」
これだけは忘れずに聞いておかないといけない。
こいつらも容疑者候補だ。
「……あの緑人の子供か。いないのか?」
「ああ、昨日の夜中にいなくなった」
「そうか……残念だが、知らないな」
今返答までに一瞬間が空いたのを見逃さなかった。
このオヤジ、何か知っているな。答える気がないのか。
「アンタ達は知らないか?」
「俺達は知らないな」
「そうそう、知るわけがない」
トカゲ二匹に焦点を当てて聞いたが、こちらも知らないの一点張り。
だが様子からして絶対に何か知っている感じがする。
もしかしてこの村全員がグルなのか。
だがジャニラちゃんを攫う意味が分からない。
俺の心象を悪くするだけだが、脅迫でもしてくる気だろうか。
「その問題は取り敢えず置いておきましょう」
俺が深く悩んでいると、チョロリが意味ありげな目線で語りかけてきた。
今は触れるな、ということか。
問い詰めたところで、口を割ることはなさそうだ。
納得がいかないが、今は大人しくしていることにする。
だが、もしもの時は暴れさせてもらうぞ。
いい加減、鬱憤が溜まっているんだ。
「ではお前は俺と一緒に――」
「私が一緒に乗りましょう」
「「先生!?」」
オヤジと相乗りする流れをバッサリと断ち切り、チョロリが俺と火焔鳥に同乗したいと言い出した。
その発言に親衛隊二匹が驚愕の声をあげる。この程度で驚くなんて、今までどういう接し方をしてきたのだろうか。
「まあ、いいけどさ」
「では行きましょう。いいですね?」
「え、ええ、先生がそうおっしゃるのならば……」
チョロリの有無を言わせぬ迫力を浴びて、オヤジが曖昧に了承した。
ヤクザ顔のチョロリには妙な威圧感がある。相手に舐められないのもうまい世渡りの方法だ。俺もあの仮面が欲しくなってきた。
「それでは、我々についてきてください」
話もまとまり、山頂付近へと出発する。
大気を切り裂くような雄叫びを上げながら、轟く熱気を放つ翼を上下に羽ばたかせながら、火焔鳥が飛び立っていく。
地面を離れる余波は熱風を生み、俺の肌をチリチリと焦がそうとする。
飛び散る真紅の羽は、大地に舞い落ちると同時に蒸発して消えていく。
しかし暑さを全く感じない。体中が常に最適温度に保たれている。
これが恩寵って奴か。確かに依存したくなるな。
オヤジと親衛隊二匹が先行して、俺とチョロリの乗った火焔鳥が後を付いていく。
この距離ならば、こちらの話し声はあちらには聞こえないだろう。
「ククク、貴方の名前をまだ聞いていなかったのを思い出しましてね」
「名前か。そういえば言ってなかったな。俺は神楽楽世だ。改めてよろしくな」
そういえば俺の自己紹介をしていなかった。いつも後手後手にまわってしまうのは、コミュニケーション力不足だからなのか、今後気をつけなければいけない。
「ええ、よろしくお願いしますよ。それと私は地質調査で来ている事になっているんで、今後はそのように口裏を合わせて下さい」
「了承した、が……その声と口調、分かっちゃいるんだけど、何か違和感があるんだよなぁ~」
この仮面の下に隠れたあのドジっ娘を想像すると、この突き刺さるような威圧感も減圧するというものだ。
この娘の場合はギャップ萌ではなく、ギャップ萎えである。
「そういえば言ってませんでしたね。この仮面は声も変えてくれるんですよ」
「へぇ~、人格なんちゃらとか、至れり尽くせりだな」
「いえ、人格矯正機能と威嚇機能はオプションでしてね。値が張るんですよ」
成程、つまり人格矯正のオプションを選択したということは、コイツも性格に難ありと自覚しているということだな。
ならば良し。改良の余地が十分にあるのならば、敢えてツッコミはしない。
「オプション付きかぁ。美形の仮面があったら俺も欲しいよなぁ~」
「そうですね。貴方はお世辞にも美形とは言い難いですからね、ククク」
コイツ、毒舌までは矯正されていないようだ。俺なら最優先で矯正させるのだが。
「でも凄い技術だよなぁ~。それも恩寵の一端ってか?」
「いえ、この仮面は近年でも稀に見る画期的なアイテムでしてね。何でも三年前に突如として現れた天才発明家が作ったとか。名前は確か……ケーゴとかおっしゃいましたかね」
「ふ~ん」
世の中、天才という奴は存在するもんだな、と聞き流していたが――
「私は会ったことはないのですが、噂では珍しい黒髪の男性だとか。そうそう、ちょうど貴方みたいにね」
「――!?」
黒髪だと! 黒髪イコール日本人と決まった訳ではないが、もしかしたら拉致被害者かもしれない。
しかし三年前か。最初の被害者って俺より二ヶ月位前じゃなかったっけ?
時系列がおかしいな。気のせいか?
「そいつ、今どこにいるんだ?」
「彼なら私の故郷にいると思いますよ」
「お前の故郷?」
「ええ、ここから西へ進んでいった場所にある大陸中央の大国バビロンです」
バビロンねぇ。大層な名前だな。
ここから西というと、これから通る可能性もある。記憶の片隅にでも留めておこう。
◆◇◆◇◆◇
空は快晴で見晴らしも良く、順調に進んでいった。
火の粉の雨がどこから湧いてくるのか不思議だったが、どうやら何もない空間に突如として火花が発生して落ちていくようだ。
一定以上の空には赤い雨は存在しない。開けた青空全開の視界で悠々とリラックスしていた。
チョロリも俺の前に包み込まれるように座っている。身長が一メートル足らずと小さいので、俺の子供みたいだ。こんな恐いオッサン顔の子供は欲しくないけどな。
最初は落ちるのではないかと気が気でなかったが、火焔鳥の上には騎馬と同じように鞍と手綱が用意されており、予想とは反して安定感のある道中だった。
下方の眺めは赤一色だったが、それはそれである種の絶景を演出していた。
マグマや火山灰などは禍々しくはなく、まばらな赤やオレンジが一つの完成された芸術のようでもあった。
「よきかな、異世界ってか。これはこれで乙なものだな」
チョロリとの話も途切れ、異世界ならではの景観に酔いしれているうちに、どこかに到着したようだ。
降り立ったのは、山頂まで一キロメートルくらいの位置にある開けた場所。
闘技場かもしくは訓練所みたいな雰囲気を感じる。
「結構いるな」
視界いっぱいのトカゲ人間を見て、驚きと呆れの声が出てしまった。
三、四匹だけでも易癖していたのに、ここにはそれを遥かに上回る百……二百はいないか? おおよそ二百匹弱の赤人がいた。
「王よ、連れてきましたぞ!」
「お待たせして申し訳ありません」
一緒にやって来た親衛隊二匹が大声をあげながら、広場の前方に向かって横柄な歩みで進んでいく。
それに合わせて、隙間なくうまっていた群れが二つに割れていく。
これはアレだな。そう、まるでモーゼの十戒のようだ。
規則正しく足並みが整っているところを見ると、村人というよりは軍隊のような印象を受ける。
着ている装備も豪盛な鎧や兜が多く、手に持つ武器にも品質の良さを感じる。
只の村に何でこんな一国の騎士団みたいなのが存在するんだ?
中にはメストカゲも見受けられるが、こちらも手垢のついた村娘ではなく、鍛えられた正規の騎士みたいで、一匹一匹が歴戦の戦士のように強そうである。
どうなっているんだ?
色々と疑問が浮かんでくるが、考えても仕方がないので、黙って付いていく。
親衛隊二匹に続いてギギカのオヤジ、その後にチョロリと俺といった具合いだ。
集団を抜けると、そこには一際大きなメタボトカゲが立っていた。
コイツがトカゲの王様であろうか。
「よく来たボン! ワシがこのボレバンの王、ボボン・ダ・ボレバンだボン」
ボンボンと五月蝿いのは、趣味の悪い金ピカの鎧を纏った成金トカゲ。頭上には金の王冠を被っており、手にも悪趣味丸出しの派手な杖が収まっている。
装飾以外では、丸い頬っぺとお腹が奏でる膨大な脂肪分が、普段から無駄なカロリーを摂取していることを主張していた。パッチリとした目はトカゲの価値観では美形なのかもしれないが、俺的には気持ちが悪いとしか言いようがない。
苦労知らずのお坊ちゃんといった風貌だな。とてもじゃないが村育ちには見えない。
それよりも気になったのは、
「ボレバン?」
「あ、いや、間違えた。ザンダルだったボン」
聞いたことのない単語が耳に入りオウム返しするが、王様トカゲは即座に訂正した。王様の癖に頭が弱いのか? まあ、どうでもいいので深く追求しないことにする。
「えっと、まあ色々と置いておくとして……俺をここに連れてきたのは何でだ?」
この場に集まったトカゲの視線を独り占めしている自分に気がつき、気分が悪くなってきたので、とっとと要件を済ませて帰ることにする。
「そうだな。それは……おい、何だったかボン?」
「ハッ、その者、鋼龍を倒す程の屈強な戦士だとか。助っ人とする前に腕試しをすべきだと判断し、此処に呼んだ次第であります」
腕試し? というか、俺が助っ人することが前提で話が進んでいるが、コイツらには協調性というものがないのだろうか。
了承した記憶はなく、むしろお断りする方向でいたんだが。
「そういうことだボン。分かったかボン」
「……助太刀するといった覚えはないぞ」
「そうなのかボン?」
どうも王様は無知のようだ。お飾りの王様なのだろうか。
そうすると当然、黒幕のような奴が潜んでいる筈だが……。
「少しは場をわきまえろ、灰人風情が!」
俺が苦情を申し立てると、王様の傍らにいたトカゲが強烈な殺気を放ち、蔑みを含めた牽制の言葉が飛んできた。
コイツ、強い!
王様とは対照的に、必要最小限の筋肉だけを凝縮したような引き締まった肉体をしている。鋭い目から溢れる光には怠慢など一切感じられず、いかなる隙も他人には見せないと、無言で威嚇されているようだ。
腰にぶら下げている二本の剣は飾りなどではなく、自在に使いこなせるのだろう。
いつでも抜けるような体勢を常にとっている。
「ちょっと、隊長! 先生もいるんですよ!」
「そうだ、ボットン。平和にいくだボン」
馴染みの親衛隊Aが青褪めた顔でチョロリをチラ見しつつ、小声でボットンと呼ばれた男に抗議した。王様も取り乱していており、器の小ささが知れてくる。
この隊長とやらが、実質一番偉いのか?
親衛隊Aや王様の言い分に反応したのか、ボットンが静かにチョロリに目を向ける。
ギョッとしたようにその場の全員の顔色が変わり、瞬く間に空気が張り詰めた。
「……」
「ククク」
チョロリとボットンの視線が交差し、あわや一触即発の状態。
そのまま数秒、沈黙がその場を支配する。
誰もが微動だにしない、いや動けないのか。どこからともなく、ゴクリと唾を飲み込む音がしてくる。
チョロリってそんなに凄いのか?
俺には被害がないと思うので、安心して傍観していた。
この流れでは戦闘になるのかと思いきや、
「フン、まあいい。貴重な戦力を減らすつもりはない」
「ククク、良いご判断で」
ボットンはどうやら冷静沈着なトカゲのようだ。
自分を律することができるタイプ、戦闘では厄介だと師匠に聞いた。
できれば争いにならないように、と祈るばかりである。
ボットンの不戦宣言を最後に、緊張した雰囲気が一気に解けた。
もうこの場にいたくない、帰りたい。
無意味な朝礼で炎天下にくだらない演説を聞かされた気分だ。
そう思っていた矢先に、空気の読めない男、ボットンがまたもや怒鳴り出した。
「ギギカ、貴様も何をやっていた? 説明する時間ならたっぷりとあった筈だが、まさか逆らうつもりではなかろうな」
「クッ」
矛先がギギカに向き、構図が変わった。
言い返すことができないのか、歯ぎしりで怒りを抑えようとするギギカの心情が手に取るように分かる。
勝手にやってくれ、と再び傍観しようとしたが――
「おい、不用意に発言するんじゃない」
「えっ? 何だよ、いきなり」
ギギカの標準が俺にロックオン。八つ当たりのように怒られた。
このオヤジ、弱いものイジメが好きな糞人種か?
「いいか、よく聞け。子供が消えたといったな。恐らくこの村を狙う奴らに攫われたのだろう。ということは、助っ人をすることで見つかる可能性があるということだ」
「奴ら、ねぇ……」
何かが腑に落ちないが、手掛かりがないし、他に道はないか。
「はぁ、分かったよ。やればいいんだろ? でも前線には出ないぞ」
「ああ、それは大丈夫だ」
信用した訳ではないが、流れに乗るのも一興だ。
「で、腕試しか。でも俺は武器を持ってないぞ」
「ん? お前が鋼龍を倒したのではないのか?」
実際に倒したのは師匠であるが、ここで人違いでしたとは言えなかった。
万能球は奥の手なので、見せびらかすつもりはない。
なので、適当に言い訳をしておくことにする。
「あ、あの戦いで武器が壊れてしまって! いやぁ~、正に紙一重の死闘だったなぁ……ハハハ」
誤魔化せたか? 小心者の俺に、嘘は心臓によろしくない。
「そうか、武器は何が得意なんだ?」
「刀だな。無ければ剣でもいい」
「剣か。それなら丁度良い物がある」
武器がないという理由でこの場はお開きにしようとしたのだが、そうはいかなかった。
近くにトカゲに目配せをすると、そのトカゲがどこかへと走っていき、数分後、一振りの剣を持ってきた。
オヤジがそれを手に取り、俺に橋渡してきた。
「これだ」
「これは?」
「これはお前の倒した鋼龍の牙から作った剣だ。持ち運びに便利なように小型で頑丈な形状にした」
手渡されたのは、刃渡り五十センチ程で横が幅広の剣。
密度の高い鋼鉄を思わせる黒光りした刃に、強力な力の片鱗を感じる。
「う~ん……重心が低いな。重さは丁度良い」
「あと、防具もこれを渡そう。着てみてくれ」
続いて提供されたのは、肩を含めた上半身を覆う薄い鎧に篭手と足甲の三点セット。
頭を護るような兜はなく、基本的に動きやすいように設計されたようだ。
ワイシャツ一枚になり、その上に装着する。
「それは"鎧蟹"の甲殻で作られた"甲殻鎧"だ。軽い上に硬いので役に立つぞ」
「へぇ~、本当に軽いな」
ちょっとした分厚いコートを着ているくらいの重量だ。動きを阻害するようなものもなく、服の延長上といった感じである。
「よし、ならば準備はいいな? 模擬試合の相手は俺が務める」
「オヤジが相手か。いいだろう」
ふふふ、今朝のお返しをさせてもらうぞ。
警備隊長だか知らんが、修行の成果を見せてやる。
その場にいたトカゲ達が円陣を組むように広がり、観戦モードに入る。
中心には俺とオヤジ、そして審判としてボットンが残った。
「それでは! ギギカと少年の模擬戦を始める。始め!」
ボットンの掛け声を合図に、意識を戦闘用に切り替える。
戦闘は集中力が大事と教わった。
必要なのは、闇雲な攻撃ではなく、最小限の動作と洞察力。
オヤジの一挙一動を見逃さないように、剣を前に構えた。
「ほう、面白い。少しはやるようだな」
ボットンの声が耳を掠ったが、意識を逸らさずに集中を深めていく。
さあ、来い!
「行くぞ!」
地にめりこむような重厚な気合いと共に、オヤジの脚が大地を撃った。
恐ろしいスピードで俺の目の前に直進してくる。
おいおい、力押しの真っ向勝負かよ。安易に受けるのはマズイな。
なら――
オヤジが辿り着くと同時に、左から嵐を呼ぶかのような斬り上げが巻き起こった。
軽く後方にステップしながら、その斬撃を左へと受け流す。
少しでも受けるポイントがずれれば吹き飛ばされるだろう。だが師匠との修行で何度も練習した動きだ。刀ではないので多少動きが鈍るが、問題ない。両腕にかかる重さを瞬間的に逃がしていく。
「まだまだぁーっ!」
「フッ、ハッ、フッ、ハッ」
オヤジの猛攻は止まらない。左、右、左、右、と斜め上への斬り上げとその逆、斜め下への袈裟斬り、それらが乱れ打ちされる。
一撃一撃がとんでもないパワーだ。数撃受けただけで手が痺れてきた。
何回目かの斬り合いを一定のリズムで凌いでいくが、ふと、疑惑が浮上してくる。
おかしい。いくらなんでも攻撃が単調すぎる。
何かを狙っている?
また右からの袈裟斬りが来た。
再び受け流そうと刃の角度を調節するが――
「かかった!」
「――!?」
オヤジの右の袈裟斬りが下ろされる瞬間、ワンテンポ遅れて刃が下がった。
右からの薙ぎが一閃。
意識がずれた! 間に合わない!
「ガッ!」
強烈な一撃に吹き飛ばされて気が飛びそうになる。
「ガハッ、くそっ、罠か」
背中から落ちそうになるが、上半身を振り子のようにうねらせ、何とか体勢を立て直した。
「妙だな。今のは直撃コースだった筈なのだが、浅かったか? なら――」
直撃の瞬間、右手を剣から離し、右の篭手を叩き下ろして、オヤジの剣の軌道を変えることに成功した。致命傷は避けられたが、右腕は折れている。右脇腹の辺りがズキズキとして、動くと肋骨にもヒビが入ったかのように激痛が走る。
そんな事を考えたのも一瞬。
痛みで俯かせていた顔を上げると、再びオヤジが迫っていた。
「ちょっ! 殺す気か! ストップだ、ストップ!」
「問答無用!」
何が問答無用だ! コイツ、アホというレベルじゃないぞ。マジで殺す気だ!
慌ててその場を飛び去ろうとするが、右脇腹の痛みで離脱するのが遅れる。
気が付けば目の前には死のカウントダウン。
「さらば!」
「うおおおおおおっ!」
こんなアホのせいで俺の人生にピリオドが打たれるのかと、悲壮な覚悟を決めかけた瞬間――
キィィィィィィン……
風さえも捉えきれない程の鋭さで、横からオヤジの剣が弾かれた。
「ぐあっ!」
オヤジの鈍い声が響き渡る。
そこにいたのは――
「そこまでだ。どういうつもりだ、ギギカ?」
いつの間にかボットンが剣を抜いて立っていた。
目には怒りが浮かんでおり、途方もない殺気がオヤジに向けられていた。
というか、俺にも伝わってきて、怖いです。
「クッ」
「殺すつもりに見えたが? まさかとは思うが……まあいい。次は無いぞ」
ボットンは俺を庇ってくれたようだ。
実は良い奴なのか?
「ギギカとここまでやり合うとは、そこそこの達人のようだな」
「ハハ、ありがとうございます?」
「だが、対人戦にあまり慣れていないようだ。まあ使えるなら良いがな」
"使える"という失礼な物言いが気に触ったが、今はその気力もない。
とにかく全身が、特に怪我した部分が痛い。
「勝者、ギギカ!」
ボットンが勝利者を告げると、その場が沸き立った。
皆一様に良い勝負だったと褒めてくる。
まあ、こういう気分も悪くはない。
「あ~っ、疲れた」
素の実力ではオヤジの方が上だったようだ。所詮三ヶ月程度の付け焼き刃だしな。
万能球は奥の手なので使わない方が良いだろう。
オヤジの不可解な行動もそうだが、何かが引っかかる。
「クソッ」
苛立ちの声に反射的に振り向くと、そこにはオヤジが俺を睨みつけていた。
今までそこはかとない悪意を感じてきたが、先程のはあからさまである。
俺、何かしたか?
この世界に知り合いは少ないので、恨みを買った覚えはない。
嫉妬か? 頭の悪い自分に嘆いての犯行とか。
結局、考えても分からないんだよな。
「ククク、お疲れ様でした」
「全く、何なんだ、あのオヤジはっ!」
「ここも単純ではないですよ。案外、真実が見えていないのかもしれませんね」
チョロリの意味ありげな言葉を残して、この場は終了した。
オヤジとボットンの関係。行方不明のジャニラちゃん。村を襲う赤人集団。
う~ん、分からん。まっいっか。ジャニラちゃんさえ見つかれば即退散だしな。
◆◇◆◇◆◇
再び家に戻ると、オヤジの機嫌は直っていた。
昼間の事でオヤジは既に見限ったので、目も合わすつもりはない。
しかし、一緒の家にいるのも苦痛だ。ギミミ夫人にでも相談して引っ越すか?
万能球で自分の手当てをして、ゴロゴロしていると、あっという間に夕食の時間になった。食事も合わないし、家の中にいても気まずいので、外に散歩しに出かけることにする。
幸い、チョロリから借りた乖離恩寵のおかげで、素のままでお出かけ可能だ。
もしかすると、恩寵で料理も普通に味わえるのかもしれないが、とにかくオヤジに会いたくない。
「散歩にいってきます」
「あら、夕食は良いの?」
リビングにはギミミ夫人一人だけがいて、例の痛辛料理を作っていた。
夫人が、朗らかな笑顔で気さくに話しかけてくる。
「ええ、お腹が減っていないので」
「そう……気をつけるのよ」
「はいお気遣いありがとうございます」
夫人の細やかな気遣いが、俺の心に沁み渡る。
やはりオヤジとは偉い違いだな。あのオヤジには勿体無い。
「あの、それで……」
「はい? なんでしょう?」
「貴方の連れの子供なんだけど……」
俺が感動していると、夫人がおもむろに何かを言い出しかけてきた。
先程までの笑顔が一転、暗い顔で、何というか自首する犯罪者のようだ。
「ジャニラちゃんの事ですか? あの、それで?」
「それで……いや、何でもないわ。フフ、気をつけてね」
夫人は何かを言いかけて、口を閉ざした。
罪悪感で居た堪れないといった様子を見て、何かを知っていると感じた。
口止めでもされているのだろうか。
「そうですか……それでは行ってきます」
「ええ」
寂しそうな夫人の顔を最後に、玄関の扉を閉めた。
チョロリもジャニラちゃんに危害は加えられないと言っていたしな。
なるようにしかならないだろう。
「さて、気晴らしのために、村中を観光でもするか」
家を出て散策していたが、目新しいものは何もない。家ばかりが立ち並んでいる。
商店街のような場所はないのだろうか。
「すいませぇ~ん」
通りかかったトカゲに訪ねてみることにした。
分からないことは地元民に聞くのが早い。
「なに?」
「あの、質問したいことが……」
「あら、貴方、あの時のステキな灰人じゃないの」
「えっ?」
このトカゲは声と口調からして、どうやらメスのようだ。
"あの時"ということは、広場での模擬試合しか考えられないが、この熱い眼差しは何を意味するのだろうか。背筋に嫌な汗が流れ落ちる。
「ちょっと、こっちに来て」
「えっ、あの、ちょっと!」
抗えない程の力で、強引にどこかに連れて行かれました。
誰か、助けて。




