第十九話 仮面
今現在、夜中にも関わらず炎が照らし出す灯りで、辺りが昼間と変わらず明るい。
村に降り注ぐ火の粉に天空を舞う火焔鳥が頭上を赤く染め、道沿いを歩く赤班虎や昼夜問わずに作業をする紅々帽子の群れが地上を輝かせる。
一部、大地の隙間から見え隠れする火海のマグマも鮮やかな彩りを付け加えていた。
唯一、陽光の射さない空のみが暗黒に包まれている。
村をお散歩している訳じゃなさそうだ。
家の外にまで捜索範囲を広げて村中を隈無く探すが、影も形もない。
既にこの村にはいないか、どこかの家の屋内、もしくは隠し部屋にでも監禁されている可能性が出てきた。
こんな短時間で証拠も残さず拉致監禁とは、かなり慣れた手際である。
「マズイな。どうする……くそっ、この村、何かおかしいぞ」
とにかく今一番怪しいのは、この家にいる正体不明のあの少女だ。問い詰めてやる。
こっそり部屋を出て、気配を殺しながら、物音一つ立てずに少女の部屋に近づく。
修行で鍛えた隠形の技術を駆使してきたが、どうやら気づかれてはいないようだ。
扉の前で一呼吸して覚悟を決め、いざ出陣! 一気に扉を開け放つ。
そこには――
謎のちびっ子が驚愕の表情で立っており、高速でこちらを振り向いた。
「はにゃっ!?」
俺を見るやいなや、謎の奇声を発して固まる小柄な金髪娘。
下着姿ということは現在進行形で着替え中のようだ。
あどけない瞳をクリクリと見開き、身体全体が服を脱いだ体勢のまま、途中で止まっていた。
両者ともに動けないでいると、金髪娘が気を取り戻したかのように口を開く。
「だ、誰なのだ!? ノックくらいするのだ! はっ、まさかこれが噂の夜這い!?」
金髪娘が緊張感皆無の的外れな感想を述べた。
その口調から察するに、頭は良くないと思われる。俺が刺客だったら速攻で詰みとなる。そちら方面の心配も少しはするべきじゃないだろうか。
「いくらわっちが魅力的だとしても、気が早いのだ。出て行くのだ!」
訳の分からない言葉を連ねて、ドタドタと騒がしい駆け音を携えてやって来る。
が、俺に辿り着く前に派手にコケた。前方に突っ伏すように豪快な倒れ方をした。
「イタッ、ううっ」
打ち付けた顔を手で覆い、金髪娘がうずくまった。かなり痛そうである。
この子、ドジっ娘属性か?
「お前、誰だ?」
その言葉に少女はハッとなり、慌てて何かを取り出した。
そしてソレを顔に押し付けると、少女の髪が灰色に染まっていき、記憶にある灰人男が出現した。
「ククク、私に何のようですか?」
「……」
そそくさと何事もなかったかのように振舞う金髪娘。見ていて痛々しい。
まさかコイツ、あの灰人男か? 女、いや少女だったのか。
可愛らしい下着姿をした少女の肉体に、ヤクザ風の男の顔が合成。傍から見ると女装趣味の変態にしか見えない。
本人はその事に気付いていないのだろう。
すました顔で佇んでいる姿に、どう反応したら良いのだろうかと戸惑ってしまう。
今更取り繕ったところで、微妙な空気が流れるのみ。
俺はどうしたら良いんだ?
「ククク、どうしました?」
「……いや、無理があるだろ」
「……」
「……」
「うぅ……」
「えっ?」
何も返せずに沈黙していると、金髪娘が突然仮面を外して、小さな呻き声をあげつつ、大粒の涙を浮かべて睨んできた。
「あの?」
「ふにゃぁぁぁぁぁぁっ!」
金髪娘がいきなり襲いかかってきた。
泣き顔での逆ギレだ。ポカポカと力の篭らない赤子のような打撃を俺に与えてくる。
勘弁してくれ。
予想外の一幕があったが、金髪娘も服を着て落ち着いたようだ。
事情を聞くことにした。
「バレてしまったからにはしょうがないのだ。ぬっちは悪党になれるほど肝が据わってなさそうなので信用することにしたのだ」
さりげなく毒舌が入っているが、いちいちツッコミを入れると話が長引きそうなので、気にしない事にする。
「で? お前は何なんだ?」
「わっちの名前はチョロリ。さすらいの"コレクター"なのだ」
金髪娘ことチョロリが、腰に手をあてて自信満々に宣言する。
開き直ったかのように、何でも答えるぞといった様相だ。
「コレクター?」
「そうなのだ。珍しい道具の収集、特に"乖離恩寵"を回収しているのだ」
「乖離恩寵?」
「そうなのだ。争いの種にしかならない忌み嫌われた悲しい道具達。わっちはソレを愛するのだ」
どうやら恩寵に関係する何かのようだ。道具ということは、ファンタジーでいう魔法の道具のようなものと想像する。
そういえば覗き見たときに妙な道具が散らばっていたが、アレがそうなのか。
「見たところ何も持っていないようだけど?」
「むふふ、わっちの被っているこれは"収納"のカルナ帽子。『希望』の崇拝事象の乖離恩寵なのだ」
そういうと、ピノキオも真っ青の得意満面の笑顔で、次々に解説をしながら謎の道具を出してきた。
大道芸人のような派手な服や、物騒な拷問用の道具まで色々な品が並べられる。
「どこにこんな荷物があったんだ?」
お前はマジシャンかと呆れてつっこみたくなった。鳩でも出てきそうな勢いである。
恐らく師匠の使っていた黒い穴と同じようなものなのだろう。便利な道具だ。
「乖離恩寵は悲しいことに維持費が大変なのだ。今持っている『希望』系のマットゥの欠片は残り三つしかないのだ」
「維持費? 欠片?」
欠片とはジャニラちゃんが持っている苗と同じものと思われる。
しかし維持費とは何のことだろう。
「知らないのか? ぬっちは無知なのだ」
「ぐっ」
小さな口と幼い声から放たれる、筆舌に尽くしがたい言葉の槍が俺の繊細な心を容赦なく抉っていく。
悪気がなさそうなだけにタチが悪い。天然の毒舌ぶりだ。
「乖離恩寵は只の恩寵。エネルギー源に欠片が必要なのだ」
「じゃあ一個あれば十分じゃないのか?」
「ぬっちは予想以上にお馬鹿さんなのだ」
「ぐぐっ」
「マットゥならともかく欠片にはエネルギー限界があるのだ。使い過ぎると終わりなのだ」
ふむ、つまりは電池みたいなもの。あるいはバッテリーみたいに充電可能なものなのかもしれないな。
そうすると、さしずめ崇拝事象は電力会社、マットゥは家庭用コンセント、乖離恩寵とやらは電化製品てところか。
「まあ、参考になったよ」
「ぬっちはもっと勉強した方が良いのだ。馬鹿でも頑張れば何とかなるのだ」
コ・イ・ツ……
ヤバい、俺の怒りがオーバーヒートしそうだ。
「で、さっきのオッサン風の仮面もその乖離恩寵ってやつなのか?」
「この仮面は乖離恩寵ではなく、"野望の蛮フェイス"なのだ」
また訳の分からない専門用語が出現した。
仮面は精巧にできた人の顔をしており、チョロリがつけた途端、初対面の時の威圧感が完全に復活していた。どういうことだ?
知らないというと罵倒的な流れになる気がするので、無言で先を促す。
「とある特殊な能力を持つモンスターの皮膚から作られた最新の変装グッズなのだ」
モンスターが原材料なのか。
ビラトやこのザンダルの村を見る限り、そんな技術力はなさそうだけどな。
種族事に技術格差でもあるのだろうか。
「巷で話題のドキドキ仮面シリーズ、その中でも売れ行き上々の人気商品。"恐怖"がテーマの極悪ナンバー、通称『ゴッちゃん』。あぁ、この精悍な顔付き。かっこいいのだ」
チョロリは完全に自分の世界にトリップしている。
とろけたような顔で悶えており、口元からは一筋の涎が垂れていく。
「この猛々しい眼と鼻。獅子のような口元も痺れるのだ。あぁ~、この方にならわっちの操を捧げても良いのだ」
「お~い、帰ってこぉ~い!」
頭が不憫な娘だということは理解した。
細かいツッコミはスルーしよう。
「で?」
「むふふ、この仮面は人格矯正機能と威嚇機能もついている優れもので、わっちみたいなビューティラスの一人旅にはつきものなのだ」
成程、今までに感じたプレッシャーはそういうことか。
人格もこの騒がしさを変えるのならば妥当な判断だ。
しかしビューティラス?
これまた意味が分からん。
「ビューティラスってどういう意味なんだ?」
「ぬっちは灰人のくせに知らないのか? 本当にお馬鹿さんなのだ」
「い・い・か・ら、教えろ」
いちいち人を逆撫でするようなセリフはいらない。
色即是空、空即是色。俺よ、鎮まれ。
「仕方がないから教えるのだ。ビューティラスっていうのは偉大なる灰人の崇拝事象、"『繁栄』のソーンティラス様"の名前の一部から付けられた、灰人女性の美しさを最高級に表す言葉なのだ」
「灰人の崇拝事象?」
「そうなのだ。この仮面もソーンティラス様の力を宿す技術の塊なのだ」
「灰人って恩寵がない代わりに魔兵器を使ってるんじゃ?」
確かにビラトでそう聞いたぞ。まさか誤情報だったのか?
「魔兵器か? アレはそんなものじゃないのだ。わっちらにも未知な危険な何かで構成されているのだ」
「つまり灰人には関係ないと?」
「一時期、灰人の一部が持っていたために、わっちらが作ったものと誤解されていたようなのだ」
つまり特に灰人に関係する代物ではないということか。
ビラトのおばちゃん、情報が古いぞ。ビラトは引きこもり一族だったのか。
じゃあ、魔兵器って何なんだ?
「それにしてもビューティラス……お前がか?」
「むぅ、わっちはモテるのだ。侮辱は許さないのだ」
軽くからかったつもりだったが、チョロリが拗ねるように怒り出した。
プンスカと必死に背伸びして大人ぶる小学生以下にしか見えない。
「背格好とかを変えるような商品はないのか?」
「ないのだ」
「……だからか」
「何がなのだ」
俺が納得するように呟くと、地底からマグマが押し寄せるかのようにチョロリが小さく問いかけてきた。一メートル足らずのミニマムサイズの癖に妙に迫力がある。
「いや、……背が大きければ、より怖そうに見えるだろ?」
「それはわっちが小さいっていいたいのか?」
「いや……」
「侮辱なのだ! わっちはまだ成長期が来てないだけなのだ」
俺が言葉を濁していると、またしてもチョロリが喚き出した。
流石に慣れたのか、冷静に返す自分がいる。
「……そうか、ちなみに年はいくつだ?」
「女性に年齢を聞くのは失礼なのだ。だけど心優しいわっちは教えてあげるのだ」
非常に気になっていた年齢を確認すると、チョロリが鼻高々にして語りだした。
「むふふん、聞いて驚くのだ。わっちは今年で二十歳なのだ」
「まさかの年上!」
この幼稚度で年上なのか。これも異世界ならではの事実なのだろう。
「むふふ、先輩と呼ぶのを特別に許してあげるのだ」
「呼ばないけどな」
俺のプライドにかけても、先輩などと呼びたくはない。
冷たく突き放すと、チョロリが食い下がってきた。
「むぅ~、呼んでも怒らないのだ」
「いや、却下」
「ふにゃぁぁぁぁぁぁっ!」
またもや逆ギレして、俺を叩きだしてきた。
何なんだコイツは。
チョロリが収まるまで時間を置き、会話を再開する。
「それでこの村に何の用でいるんだ?」
「わっちが長年追っている連中がこの辺りに潜んでいる筈なのだ」
「その追っている連中って?」
「灰人の悪党集団なのだ」
その連中、怪しいな。
ジャニラちゃんを攫ったのも、まさかソイツらじゃないだろうな。
「俺と一緒にいた連れを知らないか? ついさっき居なくなったんだが」
「いなくなった? ふむ……」
俺の質問にチョロリが何かを考え出した。
心当たりがあるのだろうか。
「ソレはわっちが追っている灰人とは無関係だと思うのだ」
「何か思い当たることでもあるのか?」
今こうしている間にもジャニラちゃんに危険が迫っている可能性もあるのだ。
はやる気持ちで問いただすが、一向に返事が返ってこない。
「あの子はわっちも探しておくのだ。でも恐らく……」
「恐らく?」
「いや、それは後で確認してからなのだ」
もったいぶった答えが返ってきた。
攫った連中が過激な発想の奴らだとしたら、悠長なことを言っている暇はない。
「でも何かあったら……」
「それは大丈夫なのだ。危害を加えられることはない筈なのだ」
「……そうか」
それ以上、チョロリから聞き出すことはできなかった。
今日は非常に疲れた。精神が激しく摩耗したのだ。
早く寝たい……明日また探そう。
「おい、起きろ」
「ぐえっ」
翌朝、ギギカのオヤジに強烈な衝撃と共に叩き起こされた。
このオヤジ、殺す気じゃないだろうな。
「もうちょっと手加減してくれよ」
「ちょっとついて来い」
俺の苦情をサックリとスルーして、どこかに連れて行かれる。
広場に人が集まっているそうだ。
何が始まるんだろうか。




