第十七話 名物、火海料理
続きです。
扉を開けた先にいたのは、トカゲ三匹と人間一人。具体的には、エプロンを掛けたメス一匹に、戦士風のオス二匹、サングラスを掛けた灰人一人が、食卓を囲んでいた。
「連れてきたぞ」
「あら、新しいお客様?」
メストカゲがギギカのオヤジと親しげに話し始める。つがいなのだろうか。
「二人はつが……夫婦なんですか?」
「ああ、妻のギミミだ」
「よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ギミミ夫人はギギカのオヤジよりも小顔で声が細く、一つ一つの動作に美が感じられる。俺の想像する淑女像そのものだ。トカゲなのが残念だが。
「それで、そちらはご家族の方ですか?」
トカゲ同士がイチャついてるのを観察する趣味はない。
キッチンに入ってきたときから俺を凝視していた二匹のオスが気になったので、質問をした。
「い、いや――」
「近所の知り合いだ」
歯切れが悪いギギカのオヤジをよそに、無粋な声が割り込んできた。
にこやかに挨拶してきたのは、ピンクがかった赤鱗を持つ艷やかなトカゲ人間。ゴテゴテしたギギカのオヤジとは違い、鱗艶がよろしい。トカゲ事情は知らないが、タイプが違うような違和感がある。トカゲの種類が豊富なのと同じ理屈だろう。
「そ、そういうことだ。彼らはこの村のリーダーの親衛隊の方々だ」
「親衛隊? そのリーダー、王様みたいですね」
「そのとおり!」
「あの方は我らの王。赤人の王となるべき方だ」
「そう……だな。王に……」
俺の呟きに親衛隊AとBが興奮したように叫びだした。それに合わせてギギカのオヤジも言いにくそうに追従した。
何だかぎこちないな。
内輪揉めでもしているのだろうか。俺には関係ないのでどうでもよい事だが、この微妙な空気はどうにかして欲しい。
「そいつが鋼龍を倒したっていう灰人か」
「奴らを撃退するには良い人材だ」
親衛隊二匹が俺に話題を移した。
二匹の言動の節々に、上から目線を感じる。俺が協力すること前提で話を勝手に進めている気がするが、約束した覚えはない。
というか、傲慢な口調が気に食わない。
「で、オヤジ、俺に何をさせたいんだ?」
丁寧に応対していたのが馬鹿馬鹿らしくなってきたので、開き直ったかのようにタメ口に変えることにした。ついでに視線をキツくするのを忘れない。
不快感の連続でいい加減にキレたのだ。こいつらに気を遣う必要はない。
「ああ、そうだな。その件だが――」
「その前にメシだ! おい、お前も座れ!」
「早くメシを持ってこぉーいっ!」
ギギカのオヤジを無視するかのように、またしても親衛隊AとBが騒ぎ出す。鬱陶しい奴らだ。
一言物申そうと思ったのだが――
そこに背筋をゾクッとさせるような、静かで冷たい怒声がその場を切り裂いた。
「アナタ方、五月蝿いですよ」
そのたった一言で、親衛隊二匹は怯えるように黙り込んだ。
声の主は、隅っこにいた、まだ紹介されていない灰人の男だった。
「す、すいません、先生」
「怒らねぇでくださいよ、ハハッ」
殺気に似た気配が辺りに立ち込めて、親衛隊二匹が謝りつつ機嫌を取ろうと必死になっている。
灰人の男はそれを受け流しつつ、俺に視線を向けた。その目の奥には興味深そうな光が輝いている。
「ククク、貴方が新たな助っ人ですか?」
「何の助っ人か分かりませんが、了承した覚えはありません」
「成程、ククク」
不気味な笑いを浮かべる、先生と呼ばれた男。
灰色の髪に帽子とゴーグルを掛け、分厚いコートを着ている。こんな糞暑い場所でコートなんか羽織って暑くないのだろうかと不思議に思うが、本人は汗一つかいた様子はない。
こいつが灰人――この世界の人間か。ノヴァ師匠とは雰囲気が違う。
『人間には気をつけろ』
猿ボスの言葉が頭を過ぎる。
俺の目から見ても胡散臭い男だ。特に悪役顔が怪しさを強調している。
しかし、
……小さいな。
身長100cmくらいじゃないかな。子供サイズの大人、二頭身という奴だ。
しかし、見てくれに騙されはしない。
師匠と旅をしたからこそ気付いたこの熟練した強者の気配。只者ではない。
「皆さん、積もる話もあると思いますが、まずはお食事にしましょう」
「ククク、そうしましょう」
空気を読んだかのように、ギミミ夫人が和やかな提案をしてきた。
親衛隊二人は灰人男の鶴の一声で大人しくなった。
俺も腹は減ったので空いていた席に黙って座る。隣はもちろんジャニラちゃん席だ。
これまでの展開で、ここの料理に多分な期待はしていない。
しかしこれまた予想を裏切り、香ばしい匂いが部屋中を漂い始めた。
これは当たりかと胸ワクワクして待っていた俺だったが、問題が発生。
並べられた料理は豪盛なのだが……見渡す限りが、赤、赤、赤。赤一色なのだ。
視覚から脳に訴える危険信号が激しく点滅している。
俺が手をつけられずにオロオロしていると――
「しかし奥方の料理は絶品ですなぁ」
「おかわりだ」
「ククク、美味ですな」
「ガハハ、ギミミの料理はやはり格別だな」
「うふふ、ありがと」
恍惚な表情で語るトカゲ、傍若無人におかわりを要求するトカゲ、灰人なのに平然と食している男、嫁を絶賛する色ボケトカゲ、等等、先程までのぎこちなさが嘘のように和気あいあいとした食卓に様変わりしていた。
美味しい食事は争いを無くすと良くいうが、正にそのとおりだな。
問題は安全性なのだが――
「こ、これは何なのでしょうか?」
「おう、これは"火長海老の踊り締め"だな。うまいぞ」
「火長海老?」
「そうだ。地中の火海を住処にする生物で、火炎濃度が最高でなぁ。ガハハ」
料理として皿の上に乗っているのはゴウゴウと燃え盛っている海老の形をした何か。見た目は只の火の塊である。
これを食したらたぶんご臨終するのではないでしょうか。灰人以外の食文化を宛てにしてはいけない。ということで、これはパス。
「そ、そちらはちょっと、体質的に受け付けないようでして……」
横のジャニラちゃんは顔を青くして停止していた。草食系にこれらの食事はNGと見受けられる。かくいう俺もNGなのだが……。
食べられるものを探していると、灰人男が旨そうに食しているスープが目に映る。
「これだけは食えそう……かな?」
赤い色のスープ。如何にも辛そうだが、唯一まともそうなのがこれである。
いや、これをまともというのもどうかと思うが……まあ良い、レッツトライだ。
勇気を振り絞り、試しに指先にチョチョッとつけて舐めてみるが――
「お゛、お゛、お゛、お゛、お゛、お゛ぉーっ!」
辛い、辛いぞ。無謀にも昔試したタバスコよりもさらに辛い。口から火が吹き出すような幻覚まで出る始末だ。俺の口内を灼熱が激しく踊りまくっている。唇がタラコ風になっている気がするぞ。
「ガラい、ガラい(辛い、辛い)!」
「ハハハ、それは名物の"赤蛇の熱エキススープ"だ。やみつきになるぞ」
「フォゥ、フォゥ、フォゥ~ン(駄目、駄目、駄目ぇ~)」
口内を走り回る痛さが止まらない。ついでに涙も止まらない。
あの灰人男はどんな味覚をしているんだろうか。色々とおかしいぞ。
「ごふぅっ、ご、ごぢらわ何がな(こちらは何かな)?」
「おお、それは"鎧蟹の閻魔揚げ"だな。高級食材の"鎧蟹"を使った料理だ。美味いぞ」
「が、がに(蟹)でずが……ぞれなら……」
蟹なら大丈夫だろう。人間の腕サイズの太い足を豪快にへし折り、中から出てきた身を一口かじり取るが――
「ふご、ふごぉっ(痛い、痛いっ)!」
「ハッハハ、そんなに美味いか。そうか、そうか。ガハハ」
蟹から飛び散った肉汁が、口内の細胞を溶かすような仕事を始める。死の危険を感じて慌てて吐き出す。
「ふぉで、ひんじゃうほぉーっ(俺、死んじゃうよーっ)」
無理だ。ここの食生活に俺はついていけない。口に合わない、不味い、等とそんな生ぬるい優しい次元の話ではない。生き死にの問題なのだ。
これ以上は流石にヤバいだろう。
「グフンッ、グェップ、ゴビボウダバでびだ(御馳走様でした)」
「何だ、もういいのか?」
「で、でぇ、だんだがぶでがでぃっばいで(え、ええ、何だか胸がいっぱいで……)」
「ハハハッ、そんなに感動したか。確かにギミミの料理は最高だからな!」
「ド、ドウデブデ、ダバッ(ソ、ソウデスネ……ハハッ)」
万能球があって本当に良かった。後で治療と食事をしておこう。
「ジャビバぢゃんぼじょいごだがら、だべだいどうでぃで」
(ジャニラちゃんも良い子だから、食べないようにね)
「う、ん……」
この村は衣・食・住、全てが俺と相容れない。
今すぐにでも出ていきたいが、それも野暮なので、一晩経ったら旅立とう。
先輩がこんな場所に立ち寄っているはずがない。
嗚呼、愛しや我が故郷。此処はまさに地獄の一等地だ。
「で? 俺に何か用件があったようだけど」
食事も終わり、用件を聞くだけ聞こうとスタンバイする。
ちなみに治療は速攻でやらせて頂きました。口を手で覆い、こっそり口内でミニサイズの万能球を生成して、治療を実行。痛みも引いて万々歳であります。
「ああ、そのことなんだが――」
「私から話しましょう、ククク」
ギギカのオヤジを遮り、灰人男が前に出る。
灰人男はあの地獄のフルコースをたらふく食してもピンピンしていた。どういう構造をしているのだろうか。
それはさておき、開口一番、灰人から出てきたのは――
「この村は狙われていましてね」
「狙われている?」
物騒な内容が飛び出してきた。
用心棒をやれとでも言い出すつもりであろうか。お断りである。
「そうです。この村、いや山を狙っている連中がいるんですよ。西からやって来た同じ火の民だそうです」
「えっ? 火の民同士で争っているの?」
「ククク。そう、醜いでしょう?」
灰人男の言葉にギギカのオヤジが歯をギリギリと噛み締める。いわば身内の内輪揉めのような状態だ。恥を忍んでいるのだろう。
一方、親衛隊二匹はニヤニヤと歪な笑みを浮かべていた。こちらは真剣味が足りない。緩い奴らだ。
「しかもソイツらは得体の知れない灰人連中とつるんでいるらしいのです」
「得たいの知れない灰人? アンタとは違うのか?」
「ククク、アイツらと一緒にしないでください」
心外とでも言わんばかりに、灰人男が否定する。
この怪しい男とは別口か。灰人も一枚岩じゃないんだな。
「中でも妙な黒い球を使う女がいましてね。そいつが厄介なんですよ」
「――!」
黒い球だって!? その言葉が意味するのは――
まさか、聖羅先輩。
三ヶ月の間に様変わりした村。
聖羅が襲撃者側に?
ということで、次回、Another sideです。
ちなみにサブタイトルが日本語の場合は一人称、英文字は三人称で書いてます。
見にくかったらごめんなさい。




