第十六話 灼熱の村へようこそ
新章開始です。
話しかけてきたのは、凶暴そうな面持ちをした人型爬虫類。
全身に轟々と燃えるような赤い鱗を持ち、顔はティラノザウルスみたいな肉食系の恐竜を彷彿とさせる。良く見ると、尻尾らしきものまで確認できる。二足歩行のトカゲが服を着ているような感じだ。
羽付きの次は尻尾付きか。随分とバラエティーに富んだ世界だな。
その喋る恐竜人間が火の鳥の上に膝を付いて、険しい目で見下ろすように問い詰めてきた。
火の鳥は翼を羽ばたかせながら空中に留まっており、熱を帯びた真っ赤な炎が唸りをあげて、日が沈みかけた夕刻のオレンジをさらに赤く映えさせている。それを眺めていると、遠い場所に来てしまったという寂寥感が湧いてきた。
今更ながら、本当に異世界なんだな。
師匠との旅で地に足が付いたつもりでいたが、その覚悟がまたぶり返してきた。
拉致されてからずっと持っていた、ふわふわした落ち着かない心――多分、不安感なのだろう――がじわりと胸を痛めつける。
自分はホームシックにならないと思っていたが、そんなタマじゃなかったようだ。代わり映えがなかった高校生活も今では懐かしく感じる。
いかん、いかん、進むしかないんだ。もっと心を強くしないと。
多分、一度折れたらもう引き返せなくなってしまう。
師匠との生活で罵詈雑言の耐性はついたが、こういう侘しさはいつだって慣れない。
何が待ち受けていようが、受け止める強さが欲しい。俺もまだまだだな。
「おい、聞いてるのか! 黙ってないで名を名乗れ!」
どうやら感傷に浸らせてはくれないようだ。というか、五月蝿い。トカゲ人間の声が大きいので耳がキーンとする。隣のジャニラちゃんも耳を塞いでいる。
強そうな凶悪トカゲ人間を敵に回したくはないので、挙動不審にならないように自己紹介を始める。怪しい態度をとって警戒されるのは居た堪れない。
「お、俺は神楽楽世と言います。東から来た灰人です」
「……じゃにら、です」
「そうか。どうやら、荒らしに来た無法者ではないようだな。俺はザンダルの山の警備隊長、ギギカだ。よろしくな」
俺達が名乗ると、トカゲ人間は凶悪そうな顔で二カッと笑いかけてくるが、威嚇されているようにしか受け取れない。
ぎこちない笑顔しか出せないが、空気を読んで笑い返す。
「灰人と緑人の子供とは珍しい組み合わせだな」
「ええ、まあ、……とすると、貴方はさしずめ赤人とか?」
「そうだ、ここは我ら赤人の住むザンダルの山だ」
俺の質問に親切丁寧に教えてくれるトカゲ人間こと、警備隊長ギギカ。
ビラトの森のおばちゃんが凶暴な奴らと言っていたのでビビっていたのだが、今のところそんな傾向はない。
「ん? お前まさか……」
「な、何か?」
急にギギカの目がキラリと光ったような気がした。何かしでかしてしまったのだろうか。いや、まさか師匠のときと同じく、誘拐疑惑が浮上したのか。人に会う度に弁解しないといけないの? 勘弁してくれ。
「その子を無体な連中から保護したのか! 感心だなぁ」
「えっ? ……ま、まあ、そんな感じ……かな?」
「うん、うん、人の良い灰人もいるものだな」
俺の予想の斜め上を行き、勝手に良い人と解釈され、ジャニラちゃんを助けた旅の灰人的なものになってしまった。
俺が言った訳ではないので、偽証罪ではないだろう。猿から護ったのは事実だしな。
気にせず話を続ける。
「成り行きで一緒に旅をしてます」
「二人旅か、仲が良いんだな。それでその子はどこの子だ?」
「東にあるビラトの森の子供です。同行を頼まれまして」
「東のビラトの森? 聞いたことがないな……いや、待て、どこかで……」
「?」
「いや、何でもない」
ギギカは何かを考えるようにじっとジャニラちゃんを見つめる。
何かおかしいのであろうか。
俺もジャニラちゃんを凝視してみるが、何ら変な所はない……と思う。何が正しいのかも分からないので、判定不可能な訳ですが。
ジャニラちゃんもキョトンとして首を傾げている。その無邪気な様子に、俺の中の"萌え"が再び爆発する。いかん、ギュッてして撫で撫でしたくなってきた。
そんな俺を他所に、ギギカが話を変えてきた。
「それにしても……大人が束になっても倒せない、災害指定ランクの鋼龍を倒すとは、凄いな。しかもこの鋭い斬り口。お前、只者ではないな」
「へっ?」
いきなり話題が鋼龍の死骸に移り、俺が倒したという展開になった。
鋼龍は師匠が瞬殺したモンスターだが、俺が頑張っても倒せる訳ではない。流れが嫌な方向へと向かっている。誤解を解かねば。
「いや、これは俺ではなくですね……」
「謙遜するな。これは心強い味方になるやもしれんな」
「い、いえ、あの、違うんです!」
「ははは、感心だな。これだけの偉業を奢らないその高貴な精神。この、このぉ~」
凶暴そうな顔を歪ませて、肘でつついてくるオヤジ。不意打ちで、肘から何かが飛び出してきそうである。
いやそうじゃなくて、何故いきなり馴れ馴れしくなってきたのだ。この勝手に解釈オヤジ、鬱陶しいぞ。
「良し、そちらの事情を聞こう。その上でこちらに手を貸して欲しい」
「いや、ですからね」
「良し、行くぞ」
この世界の人は話を聞かない奴が多いな。もういいや、流れに身を任せよう。
結構な山道を登っただろうか。
ギギカのオヤジが足を止め、俺達に振り返る。
「ここが『ザンダルの村』。我々火の民たる赤人の住む場所だ」
ギギカのオヤジに付いていき、辿り着いたのは圧巻の光景。
バチバチと火花が辺り一面に降り注ぎ、煉瓦らしきもので造られた家が点在している。そこら中に、噴火が起こった事を示す火山灰が積もり荒れており、赤い土――マグマのようなもの――と合わさって見事なコントラストを描いていた。
開いた口が塞がらない。
キィアオォォォォォォッ
「あれは……」
聞き覚えのある咆哮がした方へと視線を向けると、所々に炎が噴出している場所があるのを発見する。地面が熱を帯び、赤く染まってゆき、直径50センチくらいの円形を成した後、そこから炎が吹き出すようにして赤い鳥が生まれてゆく。
「あれは『再生』のリメイラ様の恩寵で命を吹き込まれた擬似生物だ。守護者たる炎の鳥達さ」
俺が呆気にとられていると、ギギカのオヤジが説明してきた。
成程、アレも恩寵の一端か。凄いな。
良く見ると、鳥に乗っている赤人の姿も見られる。山の頂上付近をくるくると旋回する様はまるで白亜紀の恐竜達みたいだ。
「あれに乗って熱くないんですか?」
「我々『ザンダルの民』だけは大丈夫なんだ。だからこその"恩寵"さ」
「成程、あれっ?」
火の鳥だけかと思いきや、小さい人型や炎の虎みたいなのもいる。
「アレも擬似生物ですか?」
「そうだ。擬似生物は三種類いてな。空を守護する"火焔鳥"、地上を守護する"赤斑虎"、そして働き者の小人"紅々帽子"だ」
「へぇ、このちっこいのは可愛いですね」
紅々帽子と呼ばれた火の小人達は、辺りをちょろちょろと彷徨いており、家や工具などの不備を見つけては修繕している。何というか、隙がないほどに働いていて、仕事に真面目な日本のサラリーマンのようだ。
「この子達はとにかく良く働く。おかげで村の設備は常に万端な状態なんだ」
「はぁ、恩寵ってこんな細かい所にまで作用しているんですね」
話しながらギギカのオヤジに付いていき、離れの小屋の前までやって来た。
「よし、ここで待機だ」
その言葉を残して、ギギカのオヤジがさっさと先に進んでいく。
慌てて付いていこうとするが、これ以上進めば火の粉に触れてしまうだろう。
もしかして大丈夫なのか、と思って足を踏み入れてみるが――
「あづっ!」
降ってくる方にばかり気を取られていたが、足元も要注意のようだ。
地熱が半端じゃない。
「うわっ、あちちちちちちちちちっ!!!」
高熱の地面に連動するように、火花の洗礼を受ける。上空から降ってくる火の粉は、まるで赤い雪のようだ。
「ははは。この山は我々火の民以外にはきつい場所だろう。
この山自体が『再生』のリメイラ様の恩寵の宝庫。巨大なマットゥなんだ」
「山全体が?」
「そうだ。この環境そのものが外敵を駆除して我々を護ってくれる"加護"なんだ。
リメイラ様の"恩寵"を与えられた我々以外には過酷な場所だな」
「でも、山道は大丈夫でしたよ?」
「それは我々がリメイラ様にお願いして調整しているんだ。外部との物流は必要だからな」
朗らかに笑いながら、ギギカのオヤジが解説してくれた。
ビラトもそうだったが、この世界は外の者に本当に厳しいな。この地獄の中、どうやって先に進めというんだ。
「良いものを持ってくるから、大人しくここで待っててくれ」
ギギカのオヤジに良い提案があるようなので、小屋で大人しく待つことにした。
待つこと約三分。強烈な暑さで限界を迎えました。某ヒーロー巨人並みの短さだ。
恐らく体感温度で40度以上はあるのではないのだろうか。座っていると動かないため熱が発散されず、余計に熱中症になりそうである。
この山を通ったのは失敗、選択を誤ったか? 暑すぎるぞ。それと、何かを忘れているような……駄目だ、ボーッとして頭が回らない。
この暑さをどうにかしたいんだが……そうだ、万能球を忘れていた。
「アイスでも食べるか? いや、駄目だな。この暑さじゃ一瞬で溶けそうだ」
「あつい」
「ジャニラちゃん、大丈夫? あぁ、万能球、冷風をお願い」
隣でジャニラちゃんがあまりの暑さに目を回していたので、慌てて冷風を送り込む。
そのままではこの暑さで冷風が霞んでしまうので、簡易的な結界を作り出して、熱を閉じ込められるようにした。
即席の冷房室内で、約30度の冷風を全身に浴びる。温度を下げすぎて外との気温差が激しくなりすぎても身体に良くないので、あくまで程々の温度に収める。
「ああ~っ、気持ちええ~」
「ええ~」
ひんやりと肌を撫でる快感を全開にして表現していると、ジャニラちゃんも俺に追従して真似してくる。落ち着いてきたようだ。
「ほら、アイスだ。食べれる?」
「うん」
アイスを口に頬張りながら、のんびりと待っていると、ようやくギギカのオヤジが戻ってきた。手に重そうな分厚い服を抱えている。
「ん? 何だか寒いな……まあ、良いか。これは本来であれば賓客用なのだが、しばらく正式な来客はないだろう。ここに滞在するならば貸し出そう」
「あ、はい。有難う御座います」
「気にするな。しかし、君は礼儀正しいな。灰人はもっと、こう……」
「粗雑な者が多い、ですか?」
「はは、まあ、そういうことだ」
渡されたのは出来損ないの宇宙服みたいな全身真っ赤なフル装備。顔の部分は透明な強化ガラスなどではなく、無表情なお面だった。得体の知れない模様が描かれており、怪しい儀式にでも使われそうである。
「どうだ。サイズは大丈夫か?」
『ええ、大丈夫です』
サイズはピッタリだが、内部は外の気温と合わさって汗が止まらない。中途半端な密閉で、外の熱気がより一層篭って、不快感全開になる。
多分、そういう細かい気遣いはなく、単に外部の火花や地熱を遮断するためだけのものなのだろう。ここは妥協して、こっそり万能球で内部を冷やすことにする。
横では同じ格好をしたジャニラちゃんが、千鳥足でふらふらしていた。熱気にやられたのだろう。
『ジャニラちゃん、こっちにおいで』
『わかった』
俺だけ冷やすのは良心が咎めるので、ジャニラちゃんを腕に抱えつつ、ベストポジションで万能球を展開する。
ここは一刻も早く退散したい。先輩の情報を仕入れて即撤収だ。
ギキカのオヤジの後を付いていき、一軒の家の中に入る。
質素な家のようで、キッチン、テーブル、居間など立派な造りである。もちろんテレビなどありはしない。
早速、窮屈な宇宙服もどきを脱ぎ去り、制服だけの姿に戻る。開放感が心地よい。
ついで、ギギカのオヤジが切り出す。
「話の前に食事、その前に風呂だ。入って来い」
「風呂ですか。そうですね、お借りします」
「おう、入っておけ。ははは」
「行こっか、ジャニラちゃん」
「うん」
汗でビショビショなので、好意に甘えておくことにする。光浴洗浄で身体を洗っても良いのだが、人の家の風呂というものにも興味がある。
重厚な造りの扉を横に開き、制服を脱ぎ、スッポンポンになる。
ジャニラちゃんと二人して風呂場に入るが――
「こ、これが、風呂?」
そこには地獄の窯湯を思わせる、ぐつぐつ煮えたぎるマグマの如き赤い湯船があった。
これにいきなり飛び込む程、俺は命知らずではない。
試しに木の棒を万能球で作り出し、入れてみるが――
ジュワッ
…………溶けました。
オイッ! 殺す気か!
「おおっ、湯加減はどうだ? 一緒に入るか?」
やりきれない殺意を迸らせていると、陽気な早とちりオヤジが裸でやって来た。
一緒に入って友好を深めようという魂胆なのだろうが、この痛いフレンドリーシップはどうにかならないものだろうか。
「い、いえ、これは無理かな……と?」
「ははは、若いもんが何遠慮してるんだ。ほら、入るぞ」
肩をガッシリと掴まれて強引に浴槽に誘導されていく。
顔が怖いので、処刑執行にしか見えない。
「いや、やめてください。まじでヤバいんで、あの、ちょっと!」
「若いもんは多少強引にでも導いてやらないとな。遠慮ばかりしてると、人生損するぞ」
遠慮してるんじゃなくて、命を繋ぎ止めようと必死なだけです。
ギギカのオヤジが、この三ヶ月でパワーアップした俺を凌ぐ、物凄いパワーで押してくる。流石は警備隊長、鍛え方も半端じゃない。確信犯じゃないだろうな。
「ほらっ」
「うおっ!」
背中をドンッと押されて、俺の体勢が湯船に突っ伏す形になった。
緊急防御!
万能球で全身をスーツのように変形させて熱遮断。ついでスーツを肌の色に合わせて変色させ、万能球の存在を隠蔽することも忘れない。
それを僅かコンマ数秒の間に展開しきる。修行の成果の賜物である。
冷や汗がどっと流れ出た。
「俺、セーフ……」
「どうした? 顔色が悪いぞ。ゆっくりと浸かって休め」
お前のせいだ、と声を大にして叫びたい。優しくしてくれているのは理解できるのだが、結果、殺されかけているのが逆に痛い。
この糞親父めが。敵認定したろか。
浴槽の外では、ジャニラちゃんが生まれたての小鹿のようにプルプルと震え怯えていた。
顔は真っ青なので、思うことは一緒なのだろう。
俺が上がった後に、万能球でフォローするのを忘れない。
「あぁ~っ、暑い……」
「はっはっは、灰人には合わないか」
風呂を上がり、居間でグッタリとダレていると、キッチンの方からお呼びの声が聞こえてきた。
「貴方ぁ~っ、お食事の用意ができましたよ」
「おお、できたか。舌が鳴るなぁ。ほら、お前ら行くぞ。お前らとは別の客人も来てるんだ。待たせては失礼だぞ」
「客人……ですか?」
「そうだ。会えば分かるが、お前と同じ灰人だ」
賑やかな話し声がするキッチンの扉に手を掛けた。
次回、扉の先には?




