第一話 そして放浪、彷徨う
※4/11 文章修正しました。
始まりは彼此一ヶ月前に遡る。
ある日、学校からの帰宅途中――突然、俺は拉致された。
「お~い、楽世ぇ~」
幼い頃からの親友が、手を上げながら、こっちにやってくる。良くある、日常の光景だった。
その親友が近づいてくるに従って、荒い呼吸音が耳に入る。
随分と激しい息切れ具合から、かなり遠くから走ってきたと思われるが、俺に緊急の用事だろうか。
「はあっ、はあっ、あ~っ、疲れたぁ。ふぅっ、お前、窪塚先生が呼んでたぞ」
「はぁ? また赤点かな」
担任であり、化学教師でもある、窪塚隼人教諭。
馬鹿な俺にでも分かるように、心底丁寧に教えてくれる救世主だ。化学以外の教科も質問すれば解説してくれる。
おかげで留年という最低限のラインは超えないでいる。
お呼びがかかったという事は、先日のテストでまた赤点をとってしまったのだろう。
「お前、勉強しろよ」
「拒絶反応が酷くてな。俺は運動派なんだ」
親友の呆れた声にも俺が折れることはない。何故ならば、俺は勉強嫌いを自称しているからだ。
机に向かっても、手につかず、相性が悪いのだろう、と既に諦めた。なるようにしかならないのだ。そのうち、やる気が出ることを祈るばかりである。
勉強が駄目ならば、運動はどうか、と言われると、そちらも実は大したことはない。
一応サッカー部に在籍してはいるが、運動派とは名ばかりの万年補欠である。
今や幽霊部員と化した。
自分で言っていて悲しくなる。俺に取り柄はあるのだろうか。将来、天職が見つかることを期待するしかない。
問題はこれから学校に引き返すかどうかだが――
「まぁ、明日でも問題ないだろ。今日はもう帰ったって事で」
「……相変わらずの楽観主義振りだな。流石は神楽楽世様だ。伊達に名前に"楽"が二つも付いてないってか」
これから学校にUターンするのも、面倒くさいので、親友に俺の理論を推し進める。もう半分以上の距離を、歩いてきたのだ。
それに対して、軽口を叩く親友には、諦念と理解とが浮かんでいた。
中学一年からの付き合いだ。お互いの性格は把握している。
「まあ、俺にゃ関係ない事だ、好きにすれば良いさ」
「おぅ、サンキューな」
そう、気が効く親友なのだ。この柔軟な感じが妙に心地よく、俺と気が合っている。
ここで話が最近一番の話題に変わる。
「それにしても聖羅先輩が行方不明になって一週間か……」
「そうだな」
「ああ、変な事されてないだろうな。あの美しさだからなぁ」
睦月聖羅先輩。我が校ナンバーワンのアイドルである。
大和撫子を絵に書いたような美人で、他校からのアプローチも多いと聞く。
近辺では、本職のアイドル顔負けの人気ぶりである。
――その先輩が一週間前に行方不明になったのだ。
周りは騒然として、今でもその話で持ちきりである。至る処で、色々な説が囁かれている。
様々な噂を耳にするが、駆け落ちしただの、攫われて酷い目にあっているだの、中には天使になって飛んでいった、などというアホな話まで出てくる始末だ。
「ホントどうしたんだろうな?」
「でもここ最近この辺で行方不明者が続出してるんだってよ」
「全員美女美男子ばっかりなんだろ? 怪しいよなぁ」
「確か、どこかの学校の生徒会長や番長格もいるって話だよな」
「先輩で七人目だったか。確かに多いよな」
我が校は聖羅先輩が初めてだが、ここ二ヶ月の間で、この界隈の高校の生徒七人が、相次いで行方不明になっているのだ。しかも、全員が見た目麗しい、という共通点まである。
卑猥な方向へと話が行くのも、致し方ない。
「お前も気をつけろよ」
「俺を攫って何の得があるんだよ」
「ははっ、それもそうだな」
――そんなこともありました。
不覚にもその当日にいきなり拉致されてしまった訳です。
気付く暇もなく気を失って気づいたら人体実験の日々、今に至る。同一犯かは不明。
「で、今こんな羽目に遭っているわけだが……」
しばらく適当に歩いてきたが、見渡す限りが荒野の連続。どの方角に向かえば良いのかも分からない。
日もそろそろ落ちてきて、今は恐らく夕方の時間帯だろう。このままでは本格的にまずい。
空腹に野宿。現代人にはきついキーワードである。
こんな日が来るとは夢にも思わなかった。頬についた乾いた涙が、風に揺れるのを感じる。夕陽がやけに眩しいぞ。
「ハッ!? いかん、いかん」
黄昏ている場合ではない。現実に向き合わなくてはいけないのだ。
現状、歩く以外にやることがない。だが、このまま只歩いていくのも下策である。
どうしたものか、と頭から打開策を捻り出すが、一向に思いつかない。
「残り体力と変わりないこの風景。どう考えても終了だろ。はぁ、餓死決定か」
食料無し、毛布無し、情報無し、何も無し。この状況で何をどうしろと云うのだ。
今いる場所の気候すら把握していない。
雨が降っていないのは幸いであるが、あるいは砂漠のように気温が急激に変わるなんてこともありえる。
かと言って、寝るためだけに何もないあの部屋に戻るのも面倒である。
今、最も重要なのは、居場所の特定、食料、寝床の三つ。
どれも絶望的であります。
「取り敢えず、歩くか」
立ち止まっていても始まらない。結局歩くしかなかった。
何とかなる。どの方角に行こうと人はいるだろう。
心配する必要はないじゃないか。
後戻りなどしたら、逆に体力がもたない。振り返らずに進むんだ。
体内時計で約三時間が経過したと思われる。
完全に日が落ちて、夜の時間帯に突入した。
未だに新しい発見はない。
「暗いな。月明かりでうっすらと見える程度か」
一説では、暗くなると不安が増し、闇が誘う恐怖も織り交ぜて、焦りが人をパニックに陥れる、と良く言われる。
今の状況がそれに当たるのだろうが、パニクる気力もない。
仮にパニックになったところで、疲弊するだけだ。そんな無意味なことはしない。
気楽が一番だ。
今はとにかく歩く。
「月と星が綺麗だな。この星空だけはどこにいても変わらないな」
見知らぬ土地にいる現状だが、空を眺めているだけで優しい気持ちになれる。不思議なものだ。
夜になって二時間は経っただろうか。午後九時頃と思われる。
体感温度から察するに、気温が極端に下がることはないようだ。
「気温は大丈夫のようだな。この分ならそこら辺でも寝られそうだな」
疲れたので、今日はこのままゴロ寝しよう。空腹を睡眠で誤魔化すんだ。
土だけの荒野に、ドカリと仰向けになって、寝ることにした。
「取り敢えず、おやすみ」
…………
……
不快感を感じて、うっすらと意識が覚醒する。
もう朝なのか、異様に暑い。
「おい、朝はこんなにも暑いのか? いや、もしかしたら、午後までこの暑さが続いたり? 昨日は夕方前に出発したから気付かなかったのか?」
日差しが鬱陶しいくらいに、照りつけてくる。
睡眠はOKなので、次は食事だ。この暑さで余計に腹が減る。
そういえば喉が渇いた。水もないじゃないか。このままでは干からびてしまう。
ピンチである。
「なんかこう、イメージすると隠されたパワーがズドン、とか出たりしないかなぁ。まあ、出るわけな……いか?」
目の前には真っ黒い球体が浮いていた。