第十三話 旅は続く
やっと投稿。ごめんなさい。
「ふうっ」
戦闘終了と共に、圧迫されるように研ぎ澄まされていた神経が、空気が抜けるかのように解き放たれ、色褪せていた風景に彩りが戻り始める。
緊張と気合いで高まった熱を発散するかのように、息をゆっくりと吐き出すと、次第に心が落ち着いてきた。
今実感するのは只一つ。
――生きている。
それだけだった。
身体に走る痛みも、敵を薙ぎ倒す感触も、おぞましき臭いも、全てが実在する、地に足の着いた、ゲームではない、本物の世界。
リセットの効かない、一度きりの"生"。
それが現実なのだ。
――もっと、強くならねば。
今回の実戦を通して、改めてそう強く思った。
俺が勝利を噛み締めていると、後ろから小さな足音が近づいてきた。
誰かは分かっている。その微笑ましさに、思わず顔が緩んでしまう。
振り向くと、案の定、ジャニラちゃんだった。
トコトコと頼りない足取りでやってくる。
「おにいちゃん、おつかれ」
「ああ、ありがとな」
上目遣いで労りのお言葉をくれるジャニラちゃんに、胸が熱くなる。
全身が緑一色なのがアレだが、それを除けば、昔から知っているような、懐かしい温かみを感じる。そう、昔から知っているような……
――俺はこの子を知っている?
いやいや、そんな筈はない。俺は何を考えているのだ。
異世界生活に染まって、おかしくなったか。
「おい、何を惚けている。お前はまだまだだぞ」
「ソウダ、オマエ、ザコ」
妙な既視感を感じ、記憶の海に浸っていると、ノヴァ師匠からダメだしをくらう。
鳥はいちいち五月蝿い、というか、ピンポイントで俺の神経を逆撫でしてくる。
そのうち焼き鳥にしてやろうかという考えが頭を過ぎるが、逆に、俺がノヴァ師匠に消し炭にされそうなので、思うだけにする。
「分かってますよ」
「ならいい。明日から素振りを日課とする。突きを含めた九つの太刀筋をひたすら身体に覚えさせるんだ。後は、筋力トレーニングと、バランスを取る練習、柔軟体操、足捌きと勘を養う訓練だな」
「……お腹いっぱいですね」
「ん? 何を言っている。食事はこれからだぞ」
比喩表現が通じませんでした。これが異世界ギャップか。
友達と馬鹿騒ぎをしていた頃が、遠い過去のように感じられる。実際は一ヶ月ちょっとしか経っていないのだが、感覚が狂っているのだろう。
「じゃあ、軽く食事でも――あっ」
動こうとした瞬間に、足がふらっと蹌踉つく。肉体だけでなく、心身共に疲れからくる虚脱感が、俺を苛んでいたのだ。
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
「おう、大丈夫だぞ」
今にも倒れそうなほどだが、ジャニラちゃんの心配そうな顔が目に映り、気合いで我慢することにする。
「無理はするな。今日はここで野宿する。ゆっくりと休め」
そんな状況を察したのか、ノヴァ師匠から珍しく優しい提案が飛び出る。今までの鬼っぷりからは考えられないような、静かな声であった。
実は意外と気遣いの出来る人なのだろうか。
「ここにテントでも立てますか? それなら――」
「っと、その前に――」
俺の声を無視するかのように、ノヴァ師匠が両耳のピアスに触れて、何やら呟き始める。
うん、もう慣れました。気遣いができると思ったのは、俺の気のせいだろう。
何するつもりか知らないが、自分の世界に入っているノヴァ師匠を待つことにする。
『――白光は幻想を抱き、闇夜は深き安寧をもたらす』
『――明暗は世界を彩り、希望は現世を繋ぎ止める』
『四天の護りをここに――太極結界』
ノヴァ師匠から溢れ出した白と黒の光が、四方に展開した後、周囲の空間が歪み始め、外界から切り離されたような感覚を覚える。
これはまさか――
「い、今の! 呪文、魔法ですか!?」
「呪文? 魔法? 恩寵を安定させるための、只のまじないだ。強力かつ持続力を持つ結界は特別製だからな」
まじない、ということは気持ちの問題、憧れの魔法ではないようである。ビラトの森のおばちゃんも魔法はないって言ってたしな。
一度で良いから、カッコ良い呪文を発して、魔法とか使ってみたかった。魔法がないのに、呪文らしき言葉を紡いだら、只の恥ずかしい奴だ。
「それじゃあ、テントを俺が――」
「確か、テントがどこかに……」
「いや、あのぅ、俺がテントを……」
引き続き、マイペースで事態を進行させるノヴァ師匠が、また何かを始める。
目の前の空間に、白いパネルのような四角い光が浮かび、その中心に黒い穴が広がってゆく。その穴に手を入れ、ゴソゴソと漁っている。
「この辺にあったと思うのだが……」
「何やってるんですか?」
「ん? この中は光と影の狭間の空間、格納スペースになっている。おっ、これだ。あった、あった、テントだ」
ノヴァ師匠が、黒い穴からズズッ、とテント一式を取り出す。
亜空間倉庫って奴か、凄いな。
「へぇ、便利ですね。風呂とかもあるんですか?」
「風呂か……」
「オイタワシヤ、アルジサマ」
急に切なそうな顔をしだすノヴァ師匠。万能球で食事を出した時のような、鬼気迫る雰囲気を感じる。
「風呂桶があったところで、湯を張らねば意味がない。水は貴重なのだ」
「な、成程……」
「幸いなことに、私は光の浄化作用で身体を綺麗にすることができる。
このようにな――」
直後、俺の身体を眩い光が覆い、スッキリした気分になる。汗や汚れ成分が今ので洗い出され、落ちたようだ。
隣を見ると、ジャニラちゃんも自分の身体を見渡している。服についていた土汚れ等も、キレイさっぱりと消えていた。
「こんなあっという間に! 凄いですね、師匠!」
「ふふ。当然だな」
「アルジサマ、サスガ、サスガ」
今回ばかりはノヴァ師匠のドヤ顔にも納得がいく。
風呂に入るのは面倒くさいが、汗は流したい。一瞬で綺麗にできるなら、何と素晴らしいことことか。
後で俺もチャレンジしてみよう、と心に決めた。
戦闘には使えなかろうとも、そこは万能球だ。身体を綺麗にするくらいはできそうな気がする。
「よし、早速だが、お前はひたすら食事を作るんだ」
「はぁ、しょうがないですね」
自分が機械にでもなったかのように、思いつく限りの食料を生み出し、その度に、ノヴァ師匠の作り出した黒い穴に吸い込まれていく。
「………………。……もういいですか?」
「ふむ、そうだな。初日だし、いいだろう。腹も減ったしな」
「じゃあ、並べますよ。持っていかないで下さいね」
今日はピザパーティーだ。
栄養が偏ってしまうだろうから野菜セットもつけておく。栄養士ではないのだから、そこらへんは適当で良いだろう。ノヴァ師匠はそれくらいじゃ死にそうにないので、大丈夫と思われる。
ノヴァ師匠用に日本酒も用意する。先日献上したら、師匠のお気に入りになった。俺には旨さが分からないが、精々、持ち上げておこう。
ちなみに、俺はサッパリしたいので、お茶にした。
「おお! これも最高だな!」
ピザに酒を、と機嫌良く、並べた食事が消えていく。
その姿はまるで居酒屋ではっちゃける只のオヤジだ。外見だけは非の打ち所がないくらい美しいので、本当にもったいない。残念な人だ。
いつの間に寝たのだろうか。
食後の記憶が曖昧であるので、どうやら疲れて爆睡していたようだ。
心地よい日差しがテントを照らし、結界内でも日光が健在なのが確認できる。
ぼやけていた意識が、段々と覚醒してくるうちに、何かに抱きつき抱きつかれているような感触が浮かび上がってくる。
顔に当たる、プニプニとした柔らかさが気持ちがいいので、思わず、グリグリとより深く欲望のままに、押し付けてしまう。
あまりの気持ち良さに再び寝てしまいそうになるが――
「貴様、死にたいようだな」
「えっ?」
生きとし生ける物全てを凍りつかせるかのような、感情の篭らない声が耳を打つ。
ガバッと反射的に上を見上げると、そこにはノヴァ師匠のお顔が鎮座していた。
射殺すような目の鋭さが、俺の本能に死を訴えかける。凶器となりうる拳はプルプルと震えている。
「はっ? へっ? あっ?」
自分の顔が真っ青になっていくのを感じる。
そんな俺とは真逆に、顔を真っ赤にしたノヴァ師匠から、殺気のようなものが解き放たれる。
目の前には地獄を思わせる赤鬼がいた。
生存本能から、退避すべく起き上がろうとするが、お腹にのしかかる重さを感じて、思うように動けない。
「ジャニラちゃん?」
「ふにゅぅ~」
両手だけでなく両足も絡めて、全身で抱擁をアピールするジャニラちゃん。
前門の虎ならぬ前門の鬼、後門の狼ならぬ後門の兎。
鬼を向い撃つか、可憐な花を踏みにじるか、恐怖と慈愛の葛藤が俺の中に生まれる。
「こ、子供がいますので、ちょ、ちょっとお待ちを」
愛想笑いを浮かべて、ノヴァ師匠を牽制、ジャニラちゃんの存在を最大限に活かして逃走計画を練ってゆく。
「ジャニラちゃん」
「にゅ?」
必死に現状回避策を考えつつ、小声でジャニラちゃんを起こすと、可愛らしい寝言を転がしながら、目を覚ます。
視界がぼやけているのか、目を擦りながら、キョロキョロと周りを見渡すが、俺の姿を捉えたところで動きが止まった。
「おはよう、ジャニラちゃん」
「……おはよ」
あどけない表情で朝の挨拶を交わすジャニラちゃんを見て、現在進行形の惨状を忘れかけるが、背筋に直接訴えかける強烈な殺気が、そうは問屋が卸さない。
ジャニラちゃんを離して、準備完了。覚悟の一言を口から吐き出す。
「ど、どうぞ」
「ふむ、良い心がけだ。だが遠慮はしないぞ」
「や、優しくお願いしま――へぶぁっ」
俺の言葉を遮り、ノヴァ師匠から顔面に強烈な一撃がお見舞いされた。
こういうときのマイペースは非常に痛い。
薄れゆく景色の中で、自分が、重力を無視して、遥か後方へと吹き飛んでいくのが分かる。
再び意識がなくなった。
本日二度目の覚醒。
日は落ちていないので、そう時間は経っていないのだろう。
眼前には覗き込むようなジャニラちゃんの顔があった。
「おきた」
「おっ、やっと起きたか」
「……そのようですね」
こっそりノヴァ師匠の顔色を窺うが、お怒りは鎮まったようだ。
嵐が過ぎ去り、ホッと胸を撫で下ろす。
それにしても、ノヴァ師匠は着やせするタイプのようだ。あのお胸の感触がまだ残っている。
そんなピンク色の考えは一切表に出さずに、ポーカーフェイスを貫く。
これも昨日獲得した能力の一つである。俺も成長したものだ。
「昨日は食事が終わった途端に寝てしまったから、そこに運んできたんだが、貴様、寝相が悪いな。まさか抱きついてくるとはな」
「も、申し訳ありませんでした」
「以後、気をつけるように」
「了解であります」
だから乱暴はしないでね、と念を込めて敬礼のようなことをする。
ノヴァ師匠の拳は、滅茶苦茶痛かったので、もう二度とくらいたくはない。
どこにあれほどの膂力があったのかは、謎である。
ちなみに、顔が潰れるような怪我は治っていた。ノヴァ師匠が治してくれたのだろうか。
「あの、怪我は師匠が治してくれたんですか?」
「ふん、今日から本格的な鍛錬に入る。怪我など言語道断だ」
その怪我を負わせたのは貴方ですが、とは言わない。わざわざ虎の尾を踏むことはないのだ。
「軽く食べたら、出発だ。もう昼だぞ」
「分かりました。オーソドックスに、パンと目玉焼き、野菜にヨーグルトってところかな」
朝食兼昼食も終わり、西へと歩き続ける俺と、その横で万能球に乗り、この世界の雑学、主に戦闘やモンスターについての講義をしている、ノヴァ師匠とおまけの鳥。
ジャニラちゃんはお昼寝タイムである。寝る子は育つというが、良い熟睡っぷりだ。
「おっ、新たなモンスター発見だ。あれは"怨念兵士"だな」
「な、何か、嫌な響きですね」
「オンネンヘイシ、ナンドデモ、フッカツ」
「そう、怨念兵士は、この荒野で死んだ者達の残した強い怨念が、骨に寄生して実体化したモンスターだ。骨を完全に消滅させない限りは、何度でも復活する」
要するにスケルトンだな。オカルト関係は苦手なんだが、どうしたものか。
「よし、襲われる前に行け」
「そうですよね」
分かってはいるが、戦闘という行為そのものにまだ慣れない。
日常的に争うことには抵抗があったからだが、前回の戦闘でそれは通過した。
致し方なければいつでも行けるが、若干の抵抗はまだ残っているのだ。
特に、今回は骨の人型。見た目がキモいので、さらに行きたくない。
そんなネガティブな思考を強制的にシャットアウトして、戦闘準備に入る。
泣き言は言わない、そう決めたのだ。
一旦弱音を吐いてしまうと、ズルズルとその先へといってしまう気がするので、自分を叱咤して、気持ちを切り替える。
「万能球、刀になれ……行くぞっ!」
夢遊病者のように、のろのろと歩いてくる怨念兵士に向かって走ってゆく。
「やあっ」
懐に素早い動きで潜り込み、鋭い一閃で、胴体を上下に両断する。
ザンッと確かな手応えを感じた。
「よしっ、こいつ弱いぞ!」
だが――崩れ落ちるかと思われた身体はそのまま立っていた。
胴体の傷も塞がっている。
「一瞬で再生したのか!? 斬撃は無理か。ならどうする……」
「モンスターの中には弱点を突くことでしか倒せない種もいる。石岩拳人が良い例だが、その弱点は知らなければどうしよもない。上級者ともなると、それをある程度見切ることができる。方法としては……そうだな……エネルギーが集まる場所や、動きの中で不自然にどこかを守っている場合がある。それを見極めることだ。ソイツの弱点を見つけてみろ」
打開策を打ち出そうとしていた俺に、ノヴァ師匠からアドバイスが入る。
弱点を探す、なら全身を細切れにして確かめるしかない。
「うらぁーっ!」
再度、懐に飛び込んで、乱れ打ち。
弱点に当たるまで斬り続けようとするが――嫌な予感がして、跳ね退くように後ろに下がる。
直後、俺のいた場所を雷のような剣閃が通り過ぎた。
骸骨が繰り出したとは思えない程に研ぎ澄まされた一撃。
俺とは比べようのない程に熟練された攻撃であった。
「くっ、強い」
「油断しすぎだ。あれでも元は戦士だぞ。今のお前に接近戦で圧倒できる程の実力があると思うか」
「じゃあ、どうすれば良いんですか?」
うまくいかない現実に、苛つくような態度をとってしまう。
そんな俺に、ノヴァ師匠は気にした様子もなく、言葉を返してくる。
「一般に言われる事だが、勇気と蛮勇は違う。生き残るためには負けないこと。状況を素早く判断して、無理な戦いは避けることだ」
「……それは分かっているつもりでした」
分かっているつもりだったが、敵が弱いと勝手に決めつけてしまった。
戦力を判断するのが大事だと、この間言われたばかりなのに……くそっ。
「どうしても逃げられないときには勝機を見いだせ。生き汚くてもその隙を見つけることだ」
「今回は逃げる必要はないってことですよね?」
あの骨は確かに強いが、逃げようと思えば逃げられると分析する。
無謀な戦闘ならノヴァ師匠が止めているだろう。
「まあ、そうだな。この場合は、原型をうまく利用するんだ」
「原型を、ですか?」
「そう、原型の能力は大きく分けて、"指令システム"と"形態変化"の二つ」
指令システムは、触れた後なら、離れていても自在に動かせる能力の事だろう。
形態変化は、小さくなったり、大きくなったり、刀や球状になったりといった変化の事だろうな。
「原型を心で操り、肉体はそれを最大限に活かす。それが原型使いの戦闘方法だ」
なんか分かってきたぞ。冷静になれば分かる事だ。
この場合は、不利な接近戦よりも、遠距離戦の方が妥当な判断なんだ。
なら、試すことは沢山ある。
まずは強力な意思をもって命令する。燃やし尽くすように――
「炎よ!」
スケルトンといえば、炎に弱い筈だが――
「やっぱり効かないよな、はぁ」
「その炎を出す能力は使うな。それは欠陥品だ。核となるエネルギー力場が弱すぎる。所謂、見掛け倒しだな」
やはりそうか。
となると、原型としての能力をどうにかして倒すしかない。
「来たか! 近寄らせるか!」
万能球の炎を受けて、骨が攻撃を仕掛けようと、俺に迫ってくるが、回り込むようにこちらも距離を離して、再び睨み合う。
ジャニラちゃんはノヴァ師匠が護ってくれているので、今は自分の心配だけすれば良いだろう。
「これでどうだ!」
万能球を飛ばし、骨を包み込んで――粉々にひねり潰す。
グシャッとした気色悪い感触がしたが、結果オーライだ。
どこにあるか分からない弱点を探すより、全てを粉砕する。単純明快だ。
「ふむ、ま、まあ、そういうことだな」
ノヴァ師匠の顔が引きつっていたが、気にしない。
俺の勝利である。
「これからは、戦いの中で身体の使い方、動き方を試していけ。これに関しては、個人差がある。自分に合った戦闘方法を身に付けろ。無駄を省いていけ」
「成程……」
「後は、実戦の勘だな。気配を隠す、感じ取る、騙す。これらは生き抜くためには必須だ」
「むむっ」
「後は、それだけの戦闘をしても、余裕を残しておけるくらいに慣れることだな。体力をつけるのもそうだが、お前は動く、戦うということに慣れていないようだからな。今までどういう生活をしてきたんだか……お前、明日には筋肉痛だぞ」
「くっ」
やること一杯、情けなさ一杯で、居た堪れない。返す言葉が見つからないのだ。
「ふふっ、まあ、徐々に慣れていけばいいさ」
ノヴァ師匠から、意外にも優しいフォローが飛び出る。
性格に難ありだが、この師匠なら信頼できるだろう。
残り数ヶ月、この人から嫌と言うほど吸収してやる。
そう自分に誓った。
延びに延びて、あと二話で火の山編です。
師匠との別れの日も近い。




