第十話 二人目の人間
やっと人間の女性が登場。
少し残酷描写あります。
目の前に現れたのは、鋭い眼をした白い長髪女。
正真正銘、俺の知っている、人間である。
黒い瞳、肌の色、スラリとした手足と肉体の凹凸は、惚れ惚れする程に美しく、髪色以外の全てが日本人の容姿をしていた。
見た目で二十歳前後と推定する。
服は、黒を基調として白い線が入り乱れたデザインのドレス。
スカートの丈は短く、艷やかな太腿が露になっているが、膝上から足首までは、ニー・ハイのようなもので、覆われて隠されていた。抜群のチラリズムである。
ドレスの上に羽織っているパーカー付きの青いマントは、白と黒に映え、美しさを際立たせていた。
その女が手に持つのは黒い刀。それが万能球をいとも容易く斬り裂いた。
女の剣捌きを、目で捉えることはできなかったのだ。信じられない腕前である。
辺り一帯を見渡せば、そこは血の海。
もへじ生物の残骸と思わしき肉片が散らばっていた。
何十体もの死骸と、鼻をつくような異臭に、思わず胃の中の消化物を吐きそうになる。
俺の直感がこの女はやばい、と最大級の警戒を促していた。
首元の刀がいつ動くのかと、気が気でない。
動くと命に関わりそうなので、女の次の言葉をじっと待つことにする。
待つこと数秒、俺を観察していた女は腰に下げていた鞘に刀をしまうと、先程の剣幕が嘘のように、静かに語りかけてきた。
「それで先程の答えは?」
「それが――」
素直に答えようと立ち上げかけるが、その直後ガクンと崩れ落ちるように体が傾く。
身体の力が抜けて立てない。
「あ、あれっ?」
「無理をするからだ」
呆れた顔で、女に理由を指摘される。
緊張をしていたのは確かだが、そこまで無理をした覚えはない。
そんな俺の心情を察したのか、もへじ生物の成れの果てを指差しながら、女が解説を始める。
「こいつらは、荒野をさすらう"土砕き"。強靭なアゴを持つ、モンスターだ。岩や鉱物ですら噛み砕くと聞く。お前、先程、黒い球を噛み砕かれただろう?」
「え、ええ」
そういえば、そんな事もありましたね。
貴方の物騒な刀にばかり注意がいって忘れていました。
今現在の万能球は斜め上部が円状に斬り取られている。
咄嗟のことだったので、意識していなかったが、砕けた球が再び出せたのは不幸中の幸いだ。
「お前、その球の事をどれくらい知っている?」
「えっ? いや、全然知りません」
「……その球は恐らく恩寵の"原型"。属性を与えられていない、赤子のような状態だ。どんな恩寵にもなりうる可能性を秘めている。
本来、物質化できるのは特殊な条件下でのみなんだが……お前の場合はレアなケースのようだな。この刀も、とある場所で年月をかけて生み出された逸品だ」
そう言いながら、女が腰の刀に再び手をかける。怖いのでやめてください。
それにしても、今の話だと、女の刀と俺の万能球が同じものだと言っているようだ。
謎の多かった万能球だが、ここでそれが解明されるかもしれない。
そう思い、女の話を黙って聴き続けることにする。
「恩寵とは"加護"。外敵から一族を護ってくれる崇拝事象の防衛システムだ。それには敵かどうかを判断する"印"が必要になる。
殆どの者は一族の血に組み込まれ、生まれた時には、既に恩寵は決められている筈……だが、恩寵を持たない出身の者には原型が定まらない形で宿っていることもある。
最も、それらも一番相性が近い崇拝事象の"マットゥ"に惹かれ、接触と同時に体内に溶け込んで、自然な形で恩寵に変わっていくがな」
成程、ビラトで俺が敵認定されたのは、そういう訳だったのか。
つまり、豊穣のメルシン様とやらには相性がない、と。
うん、俺、これからジャニラちゃんと仲良くやっていけるのかな?
相性ないんだよね?
「崇拝事象の相性と、現実の相性は関係ないぞ」
俺の心の葛藤を読んだかの如く、女が言葉をつなげてくる。妖怪サトリですか?
「話は戻るが、物質化された原型は、いわば強大な生命力と精神力の塊。何らかの力に転換しない限りは永久に持続することも可能だが……逆に砕けたりすると、疲弊が尋常ではないと思うぞ。先程のお前のようにな」
「な、成程」
何というか、分かりやすい説明有難うございます。
旅の始めでこれを知れたのは運が良かった。
万能能力はこれから控えよう。あれもたぶん徐々に消耗を伴うのだろう。
今まで力の規模が小さかったから大丈夫だったが、大きい規模だと下手をすると死んでしまうかもしれない。
女は実は親切な人だったようだ。
いや、それならば何故球を斬ったのだ。S気質の女なのか。
もしかして頭が弱い猿ボスの親戚か何かか。同じ人間みたいだしな。
「斬る分には傷は浅いぞ。まあ、私の腕ならではの芸当だな」
またもや俺の心中を見透かしたように説明が加わる。今度はドヤ顔での説明である。
余程、腕に自信があるのだろう。
「それに原型は消えることはない。何度でも蘇る。
逆に、原型は便利だぞ。マットゥの欠片がなくとも、世界のどこでも使えるからな。まあ、体力と気力は、がっつり持っていかれるがな」
「それじゃ貴方は崇拝事象を持たないんですか? その刀が原型なんですよね?」
素朴な疑問が俺の口から出てきた。
それに対して、待ってましたと言わんばかりに女の顔が輝き出す。
張り詰めていた空気が解けていく。
「ふふふ。良くぞ聞いてくれた。これは私の原型ではない。
ある人物から、譲り受けたものだ。
私の崇拝事象は最も若く美しいと言われている『希望』のリーン様だ。
万物を照らす女神様。私のこの両耳のピアスがその"マットゥ"の欠片でな。
左が光を、右が闇を表すのだ。どうだ、美しいだろう?」
引くぐらいの勢いで、恍惚とした表情を浮かべて、立て続けに喋り始める女。
最初の"恐かっこいい"印象が音を立てて崩れていく。
「崇拝事象って性別とかあるんですか? 只の概念じゃ?」
「何を言う! 美しいお方なのだ。史上最高の美女。そうだ。そうに違いない」
見当外れな事を言うんじゃない、といった感じで叱咤されてしまった。
盲信している敬虔なる信者といった様子だ。何を言っても無駄であろう。
このままでは埒があかないので、話を進めることにする。
「と、ところで崇拝事象ってどれだけあるんですか?」
「確か、十一種類と言われているな。十二番目の崇拝事象も存在していた、と云う噂も聞く。一説では、原型がそれに当たるとまで言われている。十二番目は全ての祖であるとな」
「そんなにあるのか。凄いな……ん?」
そこで先程の言葉の不可解な部分に気がつく。
存在していた?
その答えを継ぎ足すように、女の話は続いた。
「まあ、その十二番目が滅んだのが、全ての災厄の始まりとも言われているがな」
「えっ? 滅んだんですか? 崇拝事象が?」
「ああ。愚かな者達が私欲で滅ぼしたそうだ。方法は知らんが、胸くそ悪い話だ」
先程までの柔らかい空気が一変、張り詰めたものに戻ってゆく。
女から物凄い殺気を感じて、無意識に身体が震えてくる。
チビりそうなのでお怒りをお収めください。
それにしても不穏な話である。
猿ボスの話からしても、この世界の人間というのは、色々ときな臭い。
まあ、今の様子からして、この女は信用できそうだ。
信用できるだけに、慎重に対応しないとな。
不審人物認定されて、バッサリは嫌である。
そんな俺の様子に気がついたのか、苦い顔をしていた女が殺気を抑えて謝ってくる。
「いや、すまんな。お前には関係のない話。彼此、二百年も前の話だ」
「そんなに昔の話なんですか。じゃあ、今は平気なんですか? その、人間とか」
「人間? ほう、良くその呼び名を知っていたな? 等の昔に忘れられた筈の言葉なのだが……」
忘れられた? ビラトでは皆"人間"って言っていたが、どういうことだろうか。
猿ボスに注意されて、気になっていた人間の情報が、知りたかったのだが、妙な方向に、話が転がったな。
頭を捻って熟考してると、女が俺を見て何かに気付いた様相を発する。
「ん? そういえばお前も"はいじん"か? この辺では珍しいな」
「廃人? いえ、違います。ノーマルです」
何を言われるかとドキドキしている矢先に廃人宣言。侮辱しているのだろうか。
何故、その用語を知っているのか、気になるところではあるが、俺を指してオタクの極み"廃人"だと! 俺は違うぞ。
確かにネットゲームに、かなり嵌っていた。その手の友人も幅広い。
学校をサボって一日中、ゲームをしていた時もある。
……あれっ? 俺って……いや、違うぞ。断じて違う。
私生活は、疎かにはしていない。学校をサボっていたのも偶に、だ。
そう、俺はノーマルだ。
俺の反応が余程変だったのだろう。
女が訝しげな目で疑問を投げかけてくる。
「何を言っていって――おっ、戻ってきたか」
女の話の途中で何かがやって来た。一羽の鳥である。
鳥は女が上方に掲げた腕を枝木のようにして、優雅に降り立つ。
ささやかな風が巻き起こり、この場に新たな空気を作り出した。
「アルジサマ、タダイマ、モドリマシタ」
「それで、どうだった?」
「コノアタリ、二、シュウラク、ハ、アリマセン」
「そうか。また野宿か」
喋る鳥、オウムである。こういうのはいるのか。
しかし、マヌケづらだな。
俺は雄々しい鷹のような鳥が好きだ。かっこいいしな。
俺が、一人鳥談義を脳内でしているうちに、女の視線が戻ってくる。
先程、鳥が割り込んでくる前に、何かを言いかけていた。その事だろう。
「それでお前、その見た目。どう考えても"はいじん"じゃないか」
「いえ、だから違うんです。濡れ衣なんです」
「アルジサマ、ハイジン、デハナク、ハイビト、デス」
「ああ、そうか。今は"はいびと"と呼ぶんだったか。まあ、どちらでも変わらないだろう。それよりも今気になったのだが――」
いえ、廃人の響きが嫌です。訂正して頂きたい、というか訂正しろ。
この女結構適当だな。ヤキを入れたろか……無理ですね。返り討ちにされそうです。
だがどうやら廃人疑惑は俺の被害妄想であったらしい。
全く、紛らわしい言葉を吐くんじゃない。
それよりも、何が気になったんだ?
「その"りょくじん"の子供はどうした? まさか……」
俺を誘拐犯扱いして、ギンッと強い眼力で睨んでくる女。
怖いですよ。俺は優しい女性が大好きです。
一方、女の剣幕に、ギュッと俺の服を握ってくるジャニラちゃん。
それを見た女は、緊張を解いて柔らかい表情に戻る。
「いや、私の勘違いだった。"はいじん"が一人でこんな辺境にいるのが、腑に落ちなくてな。"りょくじん"もこの辺では珍しいし、誘拐かと勘違いした」
「はぁ、左様ですか」
「アルジサマ、リョクジン、デハナク、ミドリビト、デス」
「まあ、細かい事は気にするな。それにしても人間と"りょくじん"の子供とは珍しい組み合わせだな」
女のいい加減さは置いておくとして、"みどりびと"――恐らくジャニラちゃんの事だろう、が珍しいってどういうことだ。
森に、うじゃうじゃといたんだが、ビラトは隠れ里か何かだったんであろうか。
まあ、それはどうでも良いとして――
「あの、"はいびと"に"みどりびと"って何ですか?」
「何だ、知らないのか?」
「はい」
女は無知な俺を憐れむように丁寧に教えてくれる。
「お前のような種族――昔は人間と呼んでいたがな、それを最近では"はいじん"、いや失敬、灰人と呼ぶんだ」
「人間が"灰人"ですか?」
「そうだ。そして、その子のような"草の民"を"緑人"と呼ぶ」
「成程。とすると、俺にも何とかの民ってのがあるんですか?」
「ああ、そうだ。良く分かったな。草の民は緑人、お前ら灰人は"鉄の民"って訳だ」
緑人は"人間"みたいな大枠で、草の民は"日本人"みたいな中枠、ビラトの民ってのが"東京都の住人"を表す小枠ってところか。ややこしいな。
どうも話す度に本題が逸れていく。当然だけど知らない事が多すぎだ。
何の話をしていたっけ……そうだ、人間の事を聞いてたんだった。
「それで、人間、いや灰人の情報が欲しいんですけど……」
「ああ、そうだな。灰人は西に大きい国が一つあるな。後は知らん」
「えっ、一つだけ? アレっ? じゃあ、南のガラサウナ王国とかは?」
「何だ、それは? いや、待て。どこかで聞いたことがあるような……」
女が何かを思い出そうと、頭を傾げる。
ガラサウナ王国を知らないってどういうことだ。猿ボスの話は何だったのだ。
……でもそんなにおかしな話でもないか。
世界は広いんだ。知らない事があっても不思議じゃない。
この話はこれで終わりにしよう。
「知らないならいいです。機会があったら自分の目で確かめます」
「う、うむ、そうか。なら良いが」
「それで、貴方も灰人の方ですよね?」
「灰人?……そ、そうだな。うむ。灰人だ」
何か言動が怪しいような気がするが、そこはスルーしよう。関係ない話である。
この女が灰人ならば人間の形は地球と変わらない、と思ってもよさそうだ。
可能性を広げて、もう少し踏み込んでみるか。
「に、日本人ってことはないでしょうか?」
「何だそれは?」
はい、違いました。拉致被害者もしくは関係者と思ったが、違ったようだ。
であれば現地の人間だろう。
聞きたいことは終わった。ここいらが潮時か。
何かを忘れているような――
「ところで、もう落ち着いたか? 繰り返すが、最初の返答をくれ」
最初……そうか、確か万能球の事で、どこで手に入れたか、という話だった。
「あ、はい、この球の事ですか? 正体不明の連中に、何やら怪しい実験を行われまして、気がついたらこうなっていました」
「……。それを与えた者達はどこへ行った?」
「いやっ、それが俺にもさっぱりでして、殆ど知らないんですよ。煙のように消えたというか……」
「くそっ、また収穫なしか」
何の収穫なのかは気になるが、あまり質問をしてバッサリといかれるのも嫌である。
適当なタイミングでさよならを敢行するのが妥当だ。
女は、白髪が目に当たり、視界を邪魔されるのを嫌うかのように、首を振って、風になびかせている。
いつぞやのコマーシャルを思い出す。
よし、撤退準備だ。
セールスマンのように、ヨイショして、持ち上げていこう。
こう見えて社交辞令は得意である。
「それにしても、美しい方で、吃驚しましたよ」
「ふふふ。当然だな。私は誰よりも強く、そして美しい」
「アルジサマ、イチバン、ウツクシイ」
「ふふ。そう褒めるな、ピーコックよ」
あれ? 以外と、ナルシストの方ですか?
段々と、残念な人にしか見えなくなってきた。
最初の印象はかっこよかったのに、もったいない。
「それと、あの、先程は助けていただいて有難うございました」
「ありがとうございました」
「ふむ。礼儀正しいな。気に入ったぞ」
ペコリと頭を下げて御礼を言う。
隣では、ジャニラちゃんも俺に倣ってお辞儀をしている。
それに対して女は機嫌がよさそうになる。
よし、撤収!
「それでは、失礼します」
「待て!」
間髪入れずに拒絶されました。
何でしょうか? 冷や汗が止まりません。
「な、何か?」
「お前、先程死にかけたのを忘れていないか?」
「そ、そうですね」
「時間を取らせたお詫びに、少しだけボディーガードをしてやろう」
「へ?」
「お前の行き先はどこだ?」
「え、あの、西です」
「西は……火山、ザンダルの山か。今、あそこは……まあ、近くまでなら良いか。ついでに鍛えてやる」
「キタエテヤル、カンシャ、シロ」
ニヤッとした顔で、嬉しくない提案をなさる女の御仁。
何故か、心の中を全て見透かされているような気分だ。
ムカツクことに鳥まで同じ言葉を発する。
遠慮したら笑顔で真っ二つにされそうなこの空気。拒否は許されないのですね。
退路がない今の状況に、渋々受け入れることにした。
それに確かに旅のノウハウは必要だ。この際、利用させてもらおう。
「りょ、了解であります」
こうして一時的に一人プラス一羽が旅に加わった。
彼女は師匠的な意味合いも込めて登場させました。
もちろんそれだけではないですが、それは物語の後半。
今回はあくまで一時的です。
ちなみにハーレム予定は今のところありません。
チグハグした内容も含まれているかと思いますが、伏線を幾つか入れています。
そういうものと思ってください。
次回、モンスターとの戦いありの旅。
火の山編はあと三話以降になります。




