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第一話 初めての殺人

二十年以上前に同人誌に掲載した小説の大幅改訂したものです。

残酷な描写、展開があります。人によっては不快に感じると思われるため、苦手な方はご注意ください。

 自由とはどういうものなのか。彼は知らなかったし、理解できずにいた。正確な年齢は、教えてくれる者がいなかったし、彼の保護者であり師でもある『黒の魔術師』ですら知らなかったため、よくわからない。だが、おそらく十二から十四歳くらいだろう。

 自由が欲しくはないか、とかつて師は尋ね、格子付きの塔から出ることを望んだ彼を連れ出した。だが、連れてこられたのは何処と知れぬ洞窟の中。洞窟内には師が作ったという迷宮がいくつか存在しているが、生きた人間は彼と師しか見たことがない。洞窟と迷宮以外の場所を知らぬまま六年の歳月を過ごした。

 彼が知り得ることは、師の教えと、いくつかの書や巻物、迷宮に出現する魔物どもだけ。

(自由)

 彼は塔より連れ出されてから、ずっと疑問を抱いていた。師は彼をここから外に出さない。師は語り、教える。弱者は強者に従い、強者は弱者を統べるものだと。弱者に尊厳はなく、力を持たねば誰に何を強いられても従わねばならぬものだと。愛や情など建前であり、そんなもので自己の判断を揺るがせば、いつどのような裏切りを受けるかわからないと。

 彼には名前がなかった。師も名乗らないし、名付けない。ここには二人しかいないのだから、必要がなかった。魔物や物にすら名前がある、ということを師に教わるまで知らなかった。師の名前を知らずとも、自身の名を知らずとも、生きていくのに不便はない。区別する必要がないのだから、名前など必要ない──はずだったが、彼はそう断じることができなかった。

 ──ヴァーン。

 かつて閉じ込められていた塔の同じ室内にいた女が時折、彼をそう呼んだ。誰にも教えられずとも、女が自分の母だということを彼は知っていた。そして、ヴァーンという名の子供が、塔の外にもう一人いたことも。

 自分に名付けられるはずの名がヴァーンだったのか、外にいた子供がヴァーンだったのか、彼は知らない。彼は名無しで、誰にも望まれない子供だった。その理由が、彼が黒髪を持って生まれたからだということも、知っていた。何故なら、塔の内外を歩き回る使用人共がそれらのことについて話すのを聞いていたからだ。

 光の神ラナヴァーンに仕える神官を勤める、神聖なる祝福された金の髪を持つ一族の中で、たった一人の黒髪黒目。その美しい顔は、創世神の加護を受けた聖女とされる母そっくりだったが、母の一族にも父の一族にも、黒髪を持つものはいない。彼の故郷で黒髪は闇の神アシュウェルの象徴であり、ラナヴァーン神を崇める彼らにとってアシュウェル神は神敵、邪神の類であり、黒髪・黒目は迫害の対象だった。彼と彼の母が殺されなかったのは、彼の母が国の内外に知られた高名な聖女であり、彼の父が公爵家の出であり、いずれラナヴァーン神殿の最高神官に就任することを期待されていたためである。そのまま塔にいれば、母はともかく彼は殺されていたかもしれない。だが、気の障れた母は、正気を取り戻すことはなかったが、彼に危害を加えようとしたり、室外に連れ出そうとすれば、途端に暴れ抵抗したので、そのまま共に人目につかない塔の密室に幽閉されたのだ。

 師が彼を連れ出した時、母は歌い続け、何の反応も見せなかった。師は去り際に母の耳元に何かを囁き、それから彼を転移の魔法で連れ出した。

 師は攻撃魔法を中心に、様々な魔法・呪文を彼に教えた。回復魔法も教えられたが、彼には回復魔法も攻撃魔法も全て無効化してしまう。師は大いに喜んだ。彼は闇の神子にふさわしいと。いずれ全てを統べる至高の魔術師となるだろう、そのために全身全霊かけて魔術を学ばねばならない、と。

 彼は師に魔術、剣術と体術を教わった。師は意欲的に彼に様々な術を教えた。だが、師は彼に倫理や道徳を教えることはなく、歴史を教えても外での常識的な知識は何一つ教えなかった。師は師にとって彼に必要だろうと思われる知識を熱心に教えたが、大切なことを教え忘れ、そして最後まで気付くことがなかった。

 彼──塔に閉じ込められ、誰にも何も具体的に教育されることのなかった少年は、言葉と彼に知り得る知識と、生まれ持った知恵と恵まれた能力はあれど、彼には基本となる理念も、価値観も、常識も、何もないということに。



「師匠」

 洞窟内に設えた二十を超える書棚と書き物机。そこで何か熱心に執筆している師に、彼は声をかけた。

「なんだ」

 顔を上げることなく、師は答えた。

「私も外に出たいのですが」

 師は気の向いた時は転移魔法で気軽に出かけた。だが、一度も彼を同行させることはなかった。以前より行動できる範囲は広がったとは言え、これでは軟禁と変わらない。

「ならぬ」

 師は答えた。

「お前はまだ未熟だ。黒髪黒目を持つものは、闇の神の信奉者以外には迫害される存在だ。お前はまだまだ学ばねばならないことがたくさんある。幻影の術も変化の術も効かぬお前の体質では、そのまま外に出るのは危うい。せめて私を倒すくらいの力がなくば、ここから出すわけにはいかぬ」

「師匠を倒せば、外に出ても良いということですか?」

「……そうだな。だが、お前には……」

 ようやく顔を上げようとした師へ向け、彼は彼が知る最強の火炎呪文を唱えた。

「ヴォナ・リース・アグノス(熱く猛き火の神アグノスよ)!」

「……っ!!」

 炎が書き物机や椅子ごと師を包み、爆発するように広がる。師は炎に包まれ絶叫しながら転がった。彼はそれを何の感慨も揺らぎもなく無言で見下ろす。魔法の火炎は、室内に広がる。しかし、それが彼に燃え移ることはなく無効化され、熱風に煽られることなく涼しげに立ち続ける。悲鳴を上げながら転げ回る師の命が尽きるのを冷静に見守り、全てが燃え尽き灰になるのを辛抱強く待った。

「なるほど、人間はスライムより燃えやすいんだな。なら、次からはもっと弱い魔術でも十分だな。魔力量に恵まれたとはいえ、無限ではないのだから効率的に使わないと」

 独り言を呟き、頷いた。

 誰も、彼に倫理を教えたことはなく、愛も情も最初から知らなかった。師は彼に敬語を使い敬えと教えたが、敬うことの意味や理由は教えなかった。

 彼は自由を知らず理解できずにいたが、死も知らず理解できなかった。彼がこれまで殺してきたのは、師が生み出したり召喚した魔物のみであり、真に生きたものを殺したのは今が初めてだったが、彼はそれがどういうことなのかも知らなかった。

 そして師を倒した彼は、外に出る方法を知るべく、今まで出入りを許されなかった箇所を探索始めた。

大昔に、ファンタジー系オリジナル同人誌に掲載した「旅の終焉」の焼き直しです。

序章は八歳、本編は十四歳からスタートします。

主人公は名前がなく、その師匠は本名を隠していますが、一応両者とも名前はあります。

常識的なことは勿論、師が教えた知識以外は何も知らない主人公の視点に沿って描いていきます。

目的を遂げるためには、殺人すら厭わない──そもそも盗みや殺人が禁忌だという事すら知らない──主人公の物語なので、ストーリーが進むと、そういう描写もありますが、その場合は前書きで注意文を記載します。


以下今後の展開について多少触れます。

ネタバレが嫌な方は読まないでください。


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この物語は、悪を悪と知らない少年が、罪を犯し悪事を働き、自分の望みを達成しようとするが、旅する内に、心を開き信頼できる人物達に遭遇し、自分の犯した罪を知り、更生する物語です。

また、同時に、自分の生まれ故郷すら知らない主人公が、自分の素性を知る物語でもあります。

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