神社集合。リコーダーを持って
夏のホラー2026参加作品です。
50歳の誕生日に、ふと思い出した。
40年前に神隠しに遭った健ちゃんとの約束を。
『哲夫は絶対ハゲる』
『健ちゃんはメチャクチャデブになる』
『じゃあ、哲夫が50歳になった日に神社で待ち合わせな』
『おお。絶対に来いよ』
『あ、そういえば明日の音楽、笛の再テストだ!』
『次合格しないと書き取り2ページやらされるぞ』
『家で練習できないんだよなあ』
『じゃあ神社で練習しようぜ』
健ちゃんのことは常に頭の片隅にあった。なのに、いなくなった当日の会話をすっかり忘れていた。
多分トラウマだったからだ。
あの日、約束の時間に遅れて神社に行くと、石段に駄菓子とリコーダーのカバーが残されていた。
健ちゃんはおらず、隠れているのかと名前を呼んだ。
あちこち探しても見つからず、はじめは笑って探していたけれど段々と怖くなった。薄暗くなってきて、焦ってお母さんを呼んだ。
町は大騒ぎになった。そしてなんの手がかりもないまま40年が過ぎた。
当時は俺の周りも騒がしく、両親は気落ちした俺を遠く離れた祖父母の家に預けた。それから両親も移り住み、生まれ故郷には40年間一度も訪れていない。
けれど今日は行かなければならない気がした。
故郷までは車で5時間。
休憩を挟みながら車を走らせ、到着したのは14時だった。
40年ぶりの故郷は思ったより発展していたが、脇道に入れば、変わらない風景もあってホッとする。
とりあえず俺が住んでいた家に向かう。聞いてはいたが、既に壊されて空き地になっているのを見ると、少し寂しさを感じた。
(ここからは歩くか)
空き地の脇に車を止めて降りる。
土曜の昼下がりだというのに人の姿がなく静かだった。遠くで鳴く蝉の声と、小川のせせらぎの音だけ聴いていると、子どもの頃に戻った気がした。
健ちゃんの家の前で一度足を止める。
数年前に健ちゃんの両親は亡くなっているが、家は親戚が管理していると聞いた。
健ちゃんのために、帰る家を残しているのかもしれない。
神社に近づくにつれ、少し薄暗くなった気がして空を見上げれば、快晴だった空に、いつのまにか雲が広がっていた。
(あの日も曇りだったな)
神社に向かう石段はあの頃のままで、俺は1段ずつゆっくりと上る。昔は2段飛ばしで駆け上がったものだが。
最後の1段が、あの日の待ち合わせ場所だった。
そこは健ちゃんの座る場所だから、俺は1段下に腰掛ける。石段の冷たさが懐かしい。
もう一つの約束も果たそうと、俺は途中で購入したリコーダーを取り出す。
一緒に練習しようと約束した。
健ちゃんのリコーダーは見つからなかったから、きっと今も持っているはずだ。
40年ぶりに吹けるかと、音階を思い出す。
(確か最初はソだ)
指遣いは大体覚えていた。
蝉の声が止み、蝶が石段に止まる。
よし、と俺はリコーダーを吹き始めた。
次の音がわかっていても、指が思うように動かず、たどたどしい演奏。
ワンフレーズ終えたとき、生温い風がうなじを撫でた。
背後で誰かが腰を下ろす気配がした。
それは懐かしい気配で、俺は思わずリコーダーから口を離す。
《書き取り2ページ決定だな》
声は少年ではなく大人の声だった。振り向くと、半透明のふくよかな男が笑っていた。だいぶ年を食ったが顔を見ればすぐにわかった。
「……なんでお前もオッサンなんだよ。普通は子どもの姿じゃないか?」
《うるせー。それより俺の予言通り、哲夫はだいぶ頭頂部が寂しくなったな》
「そっちこそ何食ったらそんなに太るんだよ」
《ははは、動かない仕事だから食ってばっかでさ》
神隠しに遭った友人は、あの日に何があったのか聞いても笑ってごまかした。
よく見れば歯が尖って、爪は鋭く、その姿は人ではない。
それでも俺にとっては健ちゃんでしかなく、怖いとは思わなかった。
《哲夫、結婚は?》
「あー、1度はしたんだけどな」
逃げられたなどと言う必要はない。
《今は家族いないのか》
ポツリと呟かれた言葉に苦笑いで返す。なんとなく間が空いたところで健ちゃんが立ち上がった。
《ここにはあまり長くいられないから、もう行くよ。哲夫、約束覚えていてくれてありがとな》
「また、会えるか?」
《リコーダーが上達したらな》
俺は叩くふりをして、健ちゃんはそれを笑いながら避け、子供時代のように去り際に手を振り、お互い背を向けた。
車に戻ると、空き地で遊んでいた少年2人が近寄ってきた。
「おじさん、配信者とか、オカルトマニアってやつ?」
「いや、おじさんは昔この辺に住んでいて、友達に会いに来たんだ」
少年たちは「じゃあいいや」と遊びに戻ろうとするので、どういうことか聞く。
「神社からリコーダーの音がしたら吹き返すなって話知らない?」
首を振れば、利発そうな少年が声をひそめた。
「吹き返すと、後ろになにかが来て、お前じゃないって食べられちゃうんだって」
「だからそれは嘘だって。昔、行方不明になった子がいたからそんな話ができたってお父さんが言ってた。都市伝説ってやつだよ」
後ろで聞いていた野球帽の少年が口を挟む。
「でも前に来たカメラ持ってたやつ、カメラだけ置いていなくなっただろ」
「あのカメラ、壊れてたし悪ふざけで捨てただけだよ」
やいのやいの言いながら少年たちは今度こそ遊びに戻っていった。
俺は車に乗り込み、長く息を吐く。
――吹き返したら食べられる。
俺が無事だったのは、俺が先に吹いたからか。友達だからか。
もし、上手く吹けたらどうなっていた?
そこまで考えたところで、健ちゃんの笑顔を思い出した。
エンジンをかけ、リコーダーを後部座席に投げる。
「んなわけないか」
微かに笛の音が聴こえた気がしたが、空耳かと、車のオーディオの音量を上げた。
読んでいただきありがとうございました。
吹いていた曲はアマリリスです。




