第8話:受恩刻石
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・二月:日乃本協和國/病院/時刻は昼
「テメェ……、有念無雙流か⁉ どこで修めた⁉」
「親切な人が教えてくれましてね」
「フン、強制收容所で”士道不覚悟”の鬼化復員兵にでも教えてもらったのか?」
「……さあね」
”士道不覚悟”とは協和國の兵士が好きな標語で、『吸血鬼ウィルスに感染したら自決しろ』という意味である。
しかし、先ほどの応酬でこちらの手の内がバレてしまった。
『刀の棟に左手を添える諸手受け』は握忍勝機といって有念無雙流に特徴的な防御手段である。ヤシマ銀劍術の覚えがあればすぐに分かるだろう。
また、梃子の原理を利用して敵の防御をこじ開ける所業無情や、球撞きプレイヤーのような姿勢で正確な突きを放つ穿刺蠻行も見せてしまった。
同じ技が通用するか分からない。
「強制收容所で死ぬまで自給自足の生活をすることの何が不満だ? 殺されないだけでも感謝しようとは思わないのか?」
「……普通に殺されかけましたよ」
「そうかい。だがな、吸血鬼が強制收容所から出てきたら市民は恐怖で夜も眠れない。お前は生きているだけで他人を脅かす存在だ。早く強制收容所に帰れ」
「嫌だね。そういうアンタこそ、市民を守りたいなら退役して警察官にでもなれよ」
「殺鬼劍とは則ち活人劍也! 吸血鬼を殺すことこそ市民の命を救うことと見つけたり!」
「……正義中毒の陽炎流には参ったね。アンタら全員、精神的麻薬中毒者だよ。正義の名のもとに他者を殺したいだけだ」
あえて挑発するような言動で伍長から仕掛けるように誘う。なぜなら陽炎流は後の先狙いの技が多く、逆に言えば先の先を取る技が少ないからだ。
先ほど見た後の先の技は完璧だった。あれだけの技量がある相手に打ち込みたくない。俺は確実に木刀を叩き落としたと思ったのに、受け流されて敵の反撃の助走に変換されていたのだから堪ったものではない。
”防御動作を反撃の起点とし、回避動作を攻撃とする”――、陽炎流の妙技である『戒定慧』は頭で知っていても見たのは初めてだった。
先ほどの挑発が効いたのか、伍長がジリジリと送り足で距離を詰めてくる。
俺はお地蔵さまのごとくピタリと止まり、伍長の攻撃を待った。不動の状態となることで頭を揺らさず、徹底的に相手を観察して技の起こりを見切る。――有念無雙流、『念氣未象』である。
来る――。
「一殺多生オオオオオオッ!」
右足を踏み込みつつ、右半身と右腕を完璧に連動して放たれた神速の袈裟斬り――。生半可な剣士ならこれにて終了だったであろう。もちろん技の起こりを見切って後方へと飛び退り、袈裟斬りを回避する。
よし、着地したら無防備に投げ出された伍長の右半身へと反撃を――。――そこで気付く。そう、これこそ陽炎流が編み出した必殺の勢法だった。
――陽炎流奥義、『逆夢』。
相手が無思慮に右半身への反撃を行ってきたならば、踏ん張りを残しておいた右足を蹴って右半身を急速に後方へと引き戻す。すると、右半身を引く動作により敵の反撃は自然と回避できる。
それどころか、一度は空を斬ったはずの刀が右腕に引かれながら高速で反転して跳ね上がり、反撃してきた敵の腕を下から斬り飛ばすのだ。
見事――。
ならば俺も魅せねば無作法だろう、有念無雙流の奥義を。
飛び退った際の慣性を両腕に流し込んで一気に木刀を頭上へと持ち上げる。背筋をピンと伸ばし、腕をまっすぐ上方へ突き出し、木刀を垂直に立てる。その姿はまるで天高く聳え立つ摩天楼であった。
――有念無雙流、『劍上流水の位』。
伍長が目を見張った。せっかく布石としてまいた奥義を発することもなく身を引こうとする。
しかし、もう遅い――。
そのまま、呼吸を整えて臍下丹田に力を込める。内功を繰って、足と腰と背と肩と腕と手首のクラッチを擦り合わせる。
左足で地面を蹴りだしつつ、さらに前方へ倒れこむようにして初速を稼ぐ。
頭上に掲げられていた木刀が急降下を開始。高度として蓄えられていた位置エネルギーが重力という触媒と爆発的に反応し、速度エネルギーに換わりながら急速に加速する。
水が低きに流れるが如く、人が易きに流れるが如く、剣も地へと突き立つのが世の理だ。
閃――。
強烈な剣速による風切り音が嵐のような唸り声を上げ、雷の如き上段からの一閃が宙を斬って地を貫く。
伍長の握っていた下方に垂れたままの木刀が、その掌から叩き墜とされた。
”全身を連動させて上段から振り下ろす、理論上最速の唐竹割”――有念無雙流奥義、『呪怨哭責』。
久々にやってみたが、どうやら腕は鈍っていないようだ。
煙草を吸いながら観戦していた得上軍曹がピュウと口笛を吹く。口から紫煙が噴き出て雲のように宙へと伸びた。
試合の趨勢を見守っていた少尉がパチパチと拍手しながら近づいてくる。気持ち悪いくらいにニコニコしていた。
「いやぁ、お見事。予想していたより数段良かった。これで安心してお前を頭数に入れられる」
「どうも」
「チッ……」
悪態をつく隆満伍長を見かねた得上軍曹が近づいてきて、伍長の首の後ろの襟を掴んで引っ張り上げた。
「すいません少尉。コイツまだ書類仕事終わってないんで先に帰ります」
「フフッ、了解した。ついでに、なんか美味いモンでも食わせといてくれ。経費で落としておく」
「了解です」
母猫に首元を咥えられた子猫のごとく、隆満伍長が軍曹に引っ張られていく。
「実戦だったら手加減して無えからな! これで勝ったと思うなよ!」
「……実戦だったら銃撃戦で勝敗が決まってると思いますがね」
なんだか先が思いやられるな……。戦場で後ろに立たせたくないわ。
「シン、お前もこれで晴れて俺たち牙白支隊の仲間入りだ。隆満伍長については黙らせなくて悪かったな。あとで俺からも叱っておく。……あいつは吸血鬼に親族を皆殺しにされて天涯孤独の身だ。吸血鬼という存在の否定だけがあいつの生きる意味なのさ」
「その話、先に聞きたかったですね。普通に不快でした」
「ハハッ、まあ許せ。今日はもう休んでいい。ただし、明日には退院して軍学校に異動だ。そこで徹底的にスパイとしての教育をしてやる。遅くとも一か月後には協和國とお別れだ。……狩兵具足の操法も教えてやる。嬉しいだろ?」
「はい」
「よし、詳細な任務内容は出発前に説明する。……ああ、そうだ。療化隊の兵舎に寄って行くか?」
そう聞かれた俺は置いてある私物があったかどうか思い出そうとした。それと、同じ隊の連中の顔も思い出してみる。
そして、五秒も経たずに返答した。
「いえ、何もないので結構です。……本当に」
私物は何もなかったし、同じ隊の連中は不快なやつばかりだった。
お別れを言いたい仲間は誰もいない。みんな死んでしまったから。




