第38話:背教者(ダンピル)
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江市場/時刻は夕方
周囲を警戒しつつ加工場の外に出ると、夕日が水平線の彼方に沈もうとしていた。
具足の二行程發動機を停止して完全電気駆動に切り替える。
腰部の拳銃嚢から《卅一式機關短銃》を引き抜き、手動安全装置を解除した。
身を隠しつつ雨江市場から雨江灣へと素早く移動する。
雨江灣の敷地に入った途端、通信が入った。
『こちら六文銭隊、まもなく到着する。総員、集結地点に集結せよ。接岸後すぐに離岸予定。送れ』
『こちら丁班、垉六子爵家の吸血鬼はすべて排除した。軽症者二人。死人なし。終わり』
どうやら迎えの《特務發動艇》たちが迫っているらしい。
それに加え、加工場を出た時には聞こえていた銃撃戦の音が鳴りやんでいた。
少尉が鎧っていた《孃矩吒》は送受信機を搭載していたが、俺の《針口》は受信機しか搭載していない。『合流するからちょっと待ってくれ』と発信することはできない。
すぐに味方と合流しよう――。
すると、さらに通信が入った。
『こちら丙班、警兵隊の車両がこちらに向かっているのを発見! 六文銭隊は早急に接岸せよ。終わり!』
クソッ、垉六子爵家の連中に通報されたのか?
それにしたって対応が早いが……。
そう思って走り出そうとした瞬間、前方の曲がり角から”警兵合羽を着た女”が歩み出てきた。
すぐに物陰へ隠れて様子をうかがう。警兵は俺の予定していた進行方向に角を曲がったため、こちらに背中を見せている。
警戒もせずにノコノコ出てくるとは素人か?
頭巾に隠れて顔は見えないが、実妹に似た純白の長髪の持ち主だった。《CA md.84機關騎銃》を携えているが構えてはいない。
機關短銃を拳銃嚢に戻し、駐爪を押してゆっくりと振銀刀を引き抜く。引き金を引かなければ圧搾空気による刀身の射出は行われない。
振銀刀を中段に構え、その帯青茶褐色の背中に向けて静かに歩み足で近づいていく。
一足一刀の間合いまで近づいた瞬間、雲が流れて燃えるようなオレンジ色の光が射した。
鎧った具足の映し出す異形の影が前方にグングンと伸び、”警兵隊の女”を追い越してしまう。
女がこちらを振り向いた。
この距離なら銃を構えることすら間に合わん。悪いが死んでくれ――。
地面を蹴りだして振銀刀を一気に振りかぶる。
――振り向いた顔は”実妹本人”だった。
振銀刀を振り下ろすも、刀身はその頭をかち割ることなく手元の《CA md.84機關騎銃》を叩き落した。サユリは飛び退って距離をとる。
――何やってんだ⁉ チャンスだぞ、ここで殺せ! 踏み込んで追撃しろ! 返す刀で斬り上げろ!
「……」
「……」
だが俺は動けなかった。しかしサユリも動かなかった。不思議な静寂が二人の間に流れる。
けれども、そんな状況は長く続かなかった。
衝撃――。左肩にとてつもない威力の攻撃を受けて吹き飛ばされる。ゴロゴロと地面を転がりながら、遅れて届いた発砲音を聞いた。
そして、そのまま港の岸壁から転がり落ち、俺は海中へと沈んでいった。
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江市場の加工場/時刻は夕方
雨江市場の加工場にて警兵隊が現場検証をしていた。中央にはズタボロにされた垉六カズハの死体が転がっている。
その様子をサユリは静かに見学していた。囎唹伯爵家の権力によって無理やり警兵隊にねじ込まれたのだ。
すると女学生であるサユリよりもさらに小柄な女性が近づいてきた。……というより年端もいかない少女であった。
であるにも関わらず、現場検証をしていた警兵たちは少女に気付くといったん作業を止め、その”少女”に敬礼した。
「皆の衆、ご苦労、ご苦労。そのまま続けなさい」
小柄な少女は慣れた様子で敬礼を返すと、手をフリフリと振って作業続行を指示する。
その少女は兎に角異質だった。右眼が青色で、左眼が紫色の虹彩異色であることもさることながら、最も異常なのは”その声”であった。どう聞いても皺枯れた老爺の声だ。
サユリはその少女に気が付くと、小走りで駆け寄って敬礼した。
「先ほどはありがとうございました、ケンゾウ《《小父》》さま」
「呵呵呵。油断大敵、常在戦場。……どうだ、いい経験になったろう」
「はい」
先ほどサユリに斬りかかった狩兵を吹き飛ばした一撃は、この少女が《PE md.94戰象獵銃》から放った13.2×94mm獵銃彈によるものだった。
中年の警兵が近寄ってきて敬礼すると、状況を報告し始めた。
「大佐、ご報告です」
「聞こうかの」
「あの死体は垉六子爵家の三女、カズハ様と思われます。死因は脳の破壊。傷口が再生していないので振銀刀による刀傷かと」
「ふむ、なぜ休市日に垉六子爵家の者がおる?」
「避難していた休日出勤の市場労働者たちから聴取した内容によると、理由は”平日は混んでいるから”だそうです」
「迷惑千万じゃな。……石橸子爵家には報告せんでいい。石橸らが来る前に情報収集せよ。なにか言われても責任は奴才にあると返せ」
「了解!」
囎唹ケンゾウ――。その少女(?)は皇國警兵隊の大佐であった。
「まったく……。補陀落敎を叩いたと思ったら、今度は僞協和國の人間か。いいかげん賊軍の相手をさせてもらいたいのお」
ケンゾウは軍靴をカツカツと鳴らして垉六カズハの死体まで移動すると、片膝をついて血だまりの色をまじまじと観察する。
「サユリさん、御覧なさい。先ほど逃した狩兵の振銀刀に付いていた血と同じ色だ。彼奴が下手人であろうな」
「彼らの目的は何だったのでしょうか?」
「どうやら奴才らと同じようじゃぞ。『人血畜の取引記録』を持っていかれてしもうたわい」
「目的が同じなら、彼らと協力するというのは出来ないのでしょうか……?」
サオリがそう呟くと、ケンゾウは幼気な少女の顔をグニャリと変形させ、悍ましい表情を見せた。
「……いかんのう。したらば我々の手柄に出来ないではないか。したらば鵈澤の砂利を追い落とし、我々が侯爵家になれなんだ! 侯爵家の地位に返り咲くことこそ我らの悲願。奴才が何十年陞爵の機会を待ちわびたと思うておる?」
ケンゾウは青筋を立てて声を荒げる。
「それに精神病の人間と連むなど、到底ありえん噺じゃろうが。言って良い冗談と悪い冗談があることを、そろそろ学ばんとな」
「……誠に申し訳ございません」
「フン、解ればよい。奴才とて女子に説教なぞしとうない」
謝罪を聞き入れたのか、ケンゾウの顔は可愛らしい少女のものに変形した。
「先ほどの狩兵の鮮血は藍血じゃったか。……誇り高き吸血鬼としての生を受けたというのに人間の軍門に下るとは、まったくもって度し難い」
「ヴァラヒアにも人間に味方する吸血鬼――、”背敎者”という存在がいたそうです。銀劍は使わず、血劍のみで戦っていたそうですが」
「ふむ……。ならば彼奴は畢竟 ”銀劍の背敎者” といったところか喃」
そう言い残すと、ケンゾウとサユリは警兵合羽を翻して加工場から出て行った。




