第37話:鬼家活計
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江市場の加工場/時刻は午後
俺は送り足から歩み足へと足さばきを変更し、一気に距離を詰めようとした。
――その瞬間、カズハは右足で地面を蹴りだして刺突を繰り出す。先ほどのV字防御はフェイントだったらしい。
「セッ!」
その一閃を、俺は横に斬り払う。しかしまったく手ごたえがない。
――なんとこれもフェイントだった。
カズハは頭上に掲げていた左腕を一気に後ろへ振り下ろし、前のめりになっていた重心を無理やり後方に引き戻す。後ろに振り下ろした左腕が瞬時に萎み、左腕内の血液が一気に両脚へと流れ込む。
左腕を大きく後ろに引き、刺突剣を矢のごとく引き絞ったかのような態勢をとる。強化された両脚の爆発的な蹴りだしと全身のバネを使い、カズハはイノシシのごとき乾坤一擲の一撃を放った。
――アリコーン型奥義、『猪突猛矧』だ。
「ハァ゛ッ!」
……しかし、その技が来ることは読めていた。
初撃時に下半身の重心が後ろに残りすぎていて不自然だったのだ。
上半身のフェイントばかりに注力して、全身を連動させた動かし方を会得していないのがバレバレだった。
解っていれば対処は容易い。
俺は迫りくる刺突剣をその左腕ごと唐竹割で叩き折り、刀身を横に寝かせつつ踏み込んで芋虫の胸部に切っ先を突き入れた。
――有念無雙流、『刺斬缺牙』。
刀を突き刺したままタックルし、そのまま力押しで壁に叩きつける。
柄を左手で握ったまま右側にステップし、芋虫の腹に突き刺さった刀身の棟へ右足を掛けて全力で蹴り飛ばした。
――有念無雙流、『貴下割鷄』。
銀合金の刀身が芋虫の胸部を横一文字に千切り裂くと、芋虫内部の”豪奢なドレスを着た女体”の腹部も一緒に千切れていた。
「ぎャああああああああああああッ!」
上半身と下半身の繋がりが脇腹の肉一枚のみとなったためか、カズハの足は力を失って青い血だまりの中にバタリと倒れる。返す刀で残った左腕を斬り飛ばすと、文字通り”芋虫”が完成した。
残った胸脚をウネウネと動かして上半身だけでも逃げようとしているが、皮一枚繋がった下半身の重さでまったく移動できていない。
青い血だまりの中で必死に藻掻く姿は哀れなほど滑稽だった。
「クソッ、クソッ、クソがァッ……!」
「いきなりどうした、自己紹介か?」
モゾモゾと動く背中を踏みつぶしてその場に固定する。
足裏の板バネが撓る。
キイキイと鳴っているのはバネではなくカズハだった。
「冥途の土産に教えてやろう。お前の敗因は三つある」
俺はカズハの頭部に振銀刀を突きつけ、あとは振動と重力に天誅を任せた。
「まず第一に、振銀刀を恐れないのは蛮勇が過ぎる。”銀劍士と戦うときは少しの傷も付けられないように注意する”というのが吸血鬼側のセオリーだ」
蜃氣樓の盾はカズハの頭部を何度も銃弾から守ってきた。しかし今この瞬間、銀イオンの効果によっていとも容易く突破された。
青色の髪がパサパサと散髪されていく。
「第二に、飛行能力があるにも拘らず俺の挑発に乗って屋内戦闘を始めたこと。障害物が多いから突進の軌道は限定される」
振銀刀が頭皮を斬り裂き終えて頭蓋骨を削り始めた。カズハの絶叫が大広間に響き渡る。
「第三に、アリコーン型血劍術を遣うなら肉翼を動翼として使用するのが肝要だ。にも拘らず翅の刀傷を過小評価していたな」
アリコーン型血劍術は衝突時に当たり負けしないよう、腕をピンと伸ばして全体を固定する。そのため刺突剣術よりも馬上槍術に近い。
しかし、これだと”打突時に腕の関節を使った調整ができない”という弱点があった。一般的な刺突剣術は、突く瞬間に腕を伸ばすことで打突直前まで狙う部位を調整することができる。アリコーン型はそういった利点を削ぎ落してまで威力を研ぎ澄ました流派なのだ。
それでも敵は防御・回避・反撃をしてくるので、どうしても打突時の調整が必要になるときがある。
ではどうするのかというと、肉翼を補助翼(傾きを制御する主翼)、昇降舵(上下を制御する水平尾翼)、方向舵(左右を制御する垂直尾翼)にするのだ。
吸血鬼は肉翼の羽ばたきによる揚力だけで飛行しているわけではない。皮膚に開いた穴から噴出する靑血球のエアロゾル上を滑空したり、噴出した靑血球の反作用によって飛んでいる。
よって、打ち合う瞬間に肉翼を動翼として使う余裕くらいはあるはずだ。
俺が療化隊所属時に戦った”藍血の有翼龍鬼兵”もアリコーン型を遣っていたが、突進時にバレルロールをしてきて非常に厄介だった記憶がある。
ところがカズハは翅に対する刀傷をかすり傷として意に介さなかった。これでは打突時の調整ができなくなるではないか……。
というより最初から調整をやっておらず、単調で直線的な突進のみだった。おそらく自分より弱い相手としか戦ったことがないのだろう。
頭蓋骨の厚み全てが削り取られ、ついに振銀刀が脳へ侵入し始めたことを悟ったのか、カズハは狂ったように叫び始めた。
「ごめんなさいッ、ごめんなさいッ! 許してッ! お願いッ!」
「謝る相手が違うだろ」
「うるせえ死ねッ! 私以外みんな死――ア゜っ……、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…………」
脳味噌を切り分け始めた振銀刀の棟に足を掛けて踏みつぶし、頭蓋骨を真っ二つにする。中に入っていた脳味噌は小さかった。
”悪人の良いところ”は殺しても心が痛まないことだな。こんな虫ケラに妹が傷つけられたかと思うと反吐が出る。
やはり自分を救えるのは自分だけだ。自力救済だけが答えだ。
具足の上から羽織っていた對汚母衣で刀身についた青い血糊を拭う。背部の鞘を左手で持ち、刀身を左肩にかけて逆手持ちにしてから納刀した。
”彼を知り、己を知れば百戦殆からず”――。
他者を慮ることもせず、自己研鑽もしない。そんな輩に勝機などない。




