第36話:意馬心猿
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江市場の加工場/時刻は午後
「ギャッハァ!」
垉六カズハが左脚で足場を蹴り飛ばし、刺突剣状の血劍を構えて空中を突進してくる。
一般的な刺突剣術が突く瞬間に腕を伸ばすのと違い、アリコーン型血劍術の基本に則り右腕二本をピンと伸ばして腕全体を固定していた。
さながら馬上槍による突進と見紛う猛烈な一撃が迫りくる――。
一方の俺は霞の構えを崩さなかった。
右肩を前にして右半身になることで前面投影面積を最小化する。切っ先を前方に向けた振銀刀をしっかりと握り、分厚い右肩部防盾を前方へ突き出すと、さながら槍と盾を同時に構えた重装歩兵のごとき出で立ちとなった。
具足を着た状態ではさらに防御力が上がる構えだ。
――まずは相手のお手並み拝見といこう。
一合目。カズハの突進を闘牛士のごとき足さばきで左斜め前へと擦り抜ける。
俺の両脚の筋電位を読み取った具足が再點火器を起動。二行程發動機が噴き出す未燃焼ガスに点火し、水平方向の跳躍を推力でアシストする。
カズハの突進を悠々と回避しつつ、俺はガラ空きとなっていた右翅に突きを入れた。
そのまま二合、三合、四合と一撃離脱を繰り返すカズハと交差するも、カズハの攻撃はすべて俺の具足が噴き出した黒煙と陽炎を貫くだけに終わる。
逆に俺は斜め前方へと回避し、すれ違いざまに肉翼へ攻撃を加えていた。
すでにカズハの肉翼はボロボロになっている。
振銀刀の銀イオンによって再生が阻害されているからだ。
……しかしカズハがそれを意に介する様子はない。
まさか”銀劍士と戦うときは少しの傷も付けられないように注意する”という吸血鬼側のセオリーすら知らないのか?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ! いいかげん死ねよやァッ!」
何度も避けられて頭に血が上ったのか、大広間の壁を両足で蹴りだして砲弾のごとく突っ込んでくる。蹴られた壁に大きなヒビが入る。とんでもない速度の突進だ。
……だが何度か打ち合って解った。コイツ、素人に毛が生えた程度の実力しかないではないか。
振銀刀を中段に構える。
被甲の給水罐に入れていた人血をストローから啜り、臍下丹田に力を込めて吸血鬼としての能力を開放――。自身の大腿部に生成された電気器官で一気に発電を開始する。
――俺の成體變化身は”デンキウナギ”。HULTOコードネームは『サンダー・サイズ』だ。
カズハが迫りくる。俺は真正面から迎え撃つ。
――交差!
地面を蹴り飛ばした左足をカクンと折り敷き、右足を左斜め前に踏み出す。
左膝を突きつつ、振銀刀を右肩へと担ぐように振りかぶる。
莫大な電力を腕部驅動筋管に無理やり流し込むと、駆動系が紫電を撒き散らしながら過負荷運転して規格外のトルクを発生させる。
俺はそこに体の捻りを乗せ、神速の袈裟斬りを放った。
師匠が言っていた。”天国は地獄のさらに下にある”と。
斬り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 踏み込み入れば あとは極楽
――有念無雙流奥義、『入場深淵』
俺が屈んだことで、カズハの血劍は頭上をかすめて空を斬る。
それとは対照的に俺の振銀刀はカズハの右肩へ食い込む。
刹那、熱したナイフがバターを刳り貫くような感覚が俺の両手に伝わり、銀の刃がカズハの右腕二本と右翅を一刀両断した。
”回避と斬撃の完璧な融合”――。それが『入場深淵』の神髄也。
肉翼を斬り落とされたカズハが墜落する。
飛行の勢いそのままに地表へ激突してゴロゴロと転がり、大広間の壁に叩きつけられて停止した。
「ウザいウザいウザいウザいウザい!」
カズハは肉蛹の爆発時に吹き飛ばされていた人間の屠体に噛り付く。
しかし、右腕や右翅が再生することはない。
後方からパンパンパン!という爆音が近づいてきたため、カズハは振り向くと同時に長い舌で横薙ぎに払う。
しかし、そこに狩兵はいない。
――俺は左腕の索投擲機を使用し、大広間の梁に上がっていた。
再點火器が発生させた推力に背中を押されつつ、一気に梁を駆け抜けてカズハの頭上まで接近する。
梁から飛び降りる勢いを乗せて左翅を斬り落とし、返す刀で長く伸びた青い舌を斬り飛ばした。
ほとんどの吸血鬼は水平方向の眼球振盪を患っているため縦方向の動きには対応が鈍る。皇國の文が横書きで、協和國の文が縦書きなのもそういう理屈だ。
そのまま頭を叩き割ってやろうと振銀刀を振り上げるも、カズハは目から血淚彈を乱射した。驟雨のごとき青い血の涙が装甲板に弾かれ、軽い連打音を響かせる。
腕に血淚彈が当たって斬撃の軌道がブレる。カズハはモゾモゾと高速で地面を這いずって、ブレた斬撃を避けつつ距離をとる。
どうやら胸脚と腹脚は無駄ではなかったらしい。
血淚彈はサバクツノトカゲの生体機能を模倣した攻撃方法だが、拳銃よりずっと威力が低い。当然こちらは無傷だった。
牽制にしかならないくせに使用する血液量が多いため、あまり使われない技だ。
「ぜェ、ぜェ……。ふざけんな、精神病の人間の分際で……」
カズハは二本足で立ち上がるも、右腕二本と肉翼の両翼が斬り落とされており、すでに満身創痍だった。
残った左腕二本のうち、一本の人差し指を噛みちぎり血劍を生成する。そして残ったもう一本の左腕を頭上に掲げて位置エネルギーを保持したバランサーウェイトとした。
その闘争心は褒めたいところだ。
振銀刀を中段に構えて送り足でジリジリと近づいていくと、カズハは無様なV字防御を始めた。
V字防御とは剣の切っ先を左右に振って敵の攻撃を打ち払う悪手である。これでは切っ先が敵に向けられず反撃できないし、敵の攻撃が内側に滑ってそのまま自分に当たる可能性もある。
――もう終わらせよう。
俺は送り足から歩み足へと足さばきを変更し、一気に距離を詰めた。




