第34話:人間加工場
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江市場の事務所/時刻は午後
曲がり角から機關雷銃に着剣した銃剣を突き出し、刀身を鏡にして角の先の様子をうかがう。
誰もいないことを確認し、首を振ってクリアリング完了の合図をすると、後続の三騎が一糸乱れぬ動きでお互いの死角をカバーしながら事務所内に突入していった。
屋内が暗いため近赤外線受像眼鏡のバイザーを下ろす。
建物の照明を点けると敵に気付かれるかもしれないためバイザーを下ろしたが、黄緑色のフィルター越しに見る視界はどうにも違和感がある。
スパイが優秀なおかげか頭に叩き込んだ事務所の構造図は完全に正しかった。
もし事前情報と違っていたら、この暗い建物の中で迷子になっていたかもしれない。
牙白支隊の四騎が静まりかえった廊下を素早く移動する。俺たちが鎧う《針口》や《孃矩吒》は雷電甁が大幅に増設された特務仕様だ。
二行程發動機を吹かさなくても数時間の完全電気駆動ができるため、通常仕様の騎体と比べて圧倒的な静粛性があった。
たいした時間もかからず目的地の『資料保管庫』に着いた。
隆満伍長が機關雷銃を銃架腕に預け、担いだ鞘から振銀刀を引き抜く。
ドアの鍵部分がくりぬかれると同時に、三騎が部屋内に押し入ってクリアリングを済ませる。
机や棚を漁り始めると、すぐに『競売で使用された人間型録』や『人血畜の取引記録』を発見した。
少尉が《孃矩吒》の送受信機で他の班に通信を入れる。
『甲班より各班に通達。”目的のブツ”を入手した。戦闘は発生せず。送れ』
『こちら乙班、倉庫に突入成功。戦闘は最小限、通報阻止。女学生と船員を発見して保護。”迎え”との集結地点に向かう。送れ』
『こちら丙班、戦闘なしで船員を保護。……だが、事前情報では居るはずの女学生たちが見当たらない。甲班に援護を要請する。送れ』
『こちら甲班、乙班の要請を受領。女学生捜索のため『加工場』に向かう。終わり』
通信を終了すると、少尉はこちらに向き直った。
「聞いてた通りだ。俺たちはこれより加工場に向かう。倉庫にいないなら、ソコしか無えだろ」
こりゃダメっぽいね――と得上軍曹がつぶやき、隆満伍長が舌打ちした。
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江市場の加工場/時刻は午後
加工場の敷地に侵入すると、強烈な鉄の匂いが鼻腔を擽った。吸血鬼である俺からすれば腹が鳴るような芳しい匂いだが、人間である三人からすれば悍ましい臭いだろう。
建物内は何故かすでに電気が付いていた。すると少尉が声を発した。
「……先客がいるな。軍曹と伍長はブツを持って集結地点に向かえ」
「「了解」」
二人は返事をすると、すぐに《特務發動艇》との集結地点に向かっていった。
『取引記録』は甲班のメインターゲットだ。他の班の尻ぬぐいで喪失していいモノではない。
さてと、こちらは戦闘になるかもしれない。――気を引き締めなくては。
建物内を進み、学園の体育館のような大広間に入る。
陰気で薄暗い大広間には、梁や桁に沿って取り付けられたレールに人間の屠体がズラリと吊るされていた。
仕切りのカーテンかと思ったものは干された全身人皮だった。とても丁寧に剥がされて広げられている。
「……」
まあ、加工場とはこんなものだろう。驚きはない。
この前乗っていた《CN740》だって、シートの素材は人皮だったのだから。
フロアを移動して隣接した冷温倉庫内に入ると、サッと気温が下がる。
そこには図書館の本棚のごとく氷式冷蔵庫が規則正しく並んでいた。
冷蔵庫の中身はもちろん加工済みの人肉やボトルに詰められた人血だ。
ゆっくりと歩きながら、氷式冷蔵庫に貼り付けられた白黒の顔写真を確認する。
老若男女の引きつった笑顔が視界を水平に流れていく。
――すると、そこにピンと来る顔があった。
白黒写真を手に取り、まじまじと観察する。
そこに映し出されていたのは『ドスケベ洗衣院♡二婢目』の43ページに記載されていた社長令嬢だった。
冷蔵庫のドアを開けると精肉とボトルが入っている。遅かったか……。
前方を歩く少尉に報告しようとしたところ、味方の緊急通信が飛び込んできた。
『丁班より各班に報告! 吸血鬼と遭遇、戦闘に突入した。家紋から垉六子爵家と思われる。信号弾撃ち上げ済み。以上!』
――はあ? 今日は休市日だろ。なんで垉六子爵家がいるんだよ?
そう思った直後、金属製の冷蔵庫のドアに映し出された背後の風景が揺らいだ。
殺気――ッ!
俺はその場にしゃがみこむ。
直後に青い血劍が頭上をかすめ、肉翼を生成した蟲系變化身が高速で通り過ぎた。その吸血鬼は突進の勢いを殺さず、冷蔵庫を次々と倒しながら離脱していく。
すぐさま左肩の始動索を引いて二行程發動機を始動する。背部から爆音が鳴り響き、排気管から黒煙が噴き出した。――見つかったのなら静粛行動する意味はない。
ドミノ倒しのように倒れた冷蔵庫の向こう側に向け、俺と少尉は《廿五式機關雷銃》を乱射する。錦管が映し出すオレンジ色の残弾数がガリガリと減り、機関部右側から6.5×58mm雷銃彈の空薬莢が吐き散らされる。
軟鋼製の空薬莢が地に落ちるよりも疾く、発射された鉛玉は実害のある殺意となって標的に殺到した。
次々にソフトポイントの鉛玉が標的へと命中する。青い鮮血が變化身の体躯から噴き出す。――しかし、肉翼を盾にされたせいで全弾撃ち尽くしたのに殺し切れていないようだ。
その吸血鬼が冷蔵庫から人血のボトルを取り出してゴクゴクと喇叭飲みすると、穴だらけになっていたはずの肉翼が即座に修復していった。
「かーッ! 運動した後の人血は堪りませんわァ……」
濛々と立ち上る埃の中から豪奢なドレスを身に纏った女が現れる。
そいつは俺の大嫌いな垉六カズハだった。




