第33話:振銀刀
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・六月:月輪皇國/石橸子爵領/雨江灣に続く道路/時刻は午後
薄暗い照明に照らし出された四領の狩兵具足がカタカタと震えている。ここが走行中のトラック内でなければ、武者鎧に怨霊が取り憑いたと勘違いしてもおかしくない。
俺は自身に与えられた狩兵具足の点検をしていた。
その具足は前衛向けの《卅二式狩兵具足『針口』》だった。
後衛向けの《卅三式狩兵具足『孃矩吒』》とは部品の大部分を共有する関係にある。
そして、どちらも龍角重工業製だった。
第1世代狩兵具足である《Mk.I》は、個人が吸血鬼獵銃と近赤外線受像眼鏡を同時に扱うために産まれた。
第1世代騎は一騎で完結しているのに対して、その発展型である第2世代騎は『猟犬と猟師戦術』で運用することを前提に設計されているものが多い。
機動力に優れた前衛が吸血鬼の注意を引き付け、積載量に余裕のある後衛が強力な吸血鬼獵銃でトドメを刺すのだ。
次世代型である第3世代騎は機動力も積載量も十全なマルチロール騎だと聞いたことがあるが……、現状ではアージェンティアですら最新鋭騎である《Mk.VIIII》の配備を始めたばかりだ。そんなものを羨ましがっても仕方ない。
療化隊にいた頃は選抜射手として吸血鬼獵銃を持っていたのだが、牙白支隊では吸血鬼としての耐久力を活かすため前衛に転換することとなった。
……正直なところ、クソデカい吸血鬼獵銃を持たずにすんでラッキーだと思っている。
ただし今回の作戦では屋内戦闘がメインとなるため、邪魔になる吸血鬼獵銃は持っていかないらしい。
背部を確認すると、主機として空冷水平対向二気筒の二行程發動機《遖》が搭載されていた。
どうやら最新バージョンらしく、氣化器には三次元機動用のマイナスG弁・ゼロG弁・プラスG弁がすべて取り付けてある。
しかも、ありがたいことにソレノイド弁によるオートチョーク機能まで付いていた。これなら冷間始動時でもチョーク操作と初爆確認が不要だ。
《針口》に装備された主武装は《廿五式機關雷銃》(銃剣付き)、副武装は《卅一式機關短銃》だった。前衛役としては一般的なものだ。
……しかし、銃剣が銀合金製で無いのが残念だな。それなら近接武装として銀杭打機(シルバーアロイ・キャプティブステイクガン)か振銀刀(シルバーアロイ・ヴァイブロブレード)を付けてくれても良かったんじゃないか?
すると、牙白少尉がニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
「まさか本当に実妹と付き合うとはな。見直したぞ」
少尉は以前と同じく、赤いアロハシャツの上から黒い背広を羽織っていた。もちろん俺も同じような格好をしている。
「笑い事じゃないですよ……」
しかも戸籍上の妹に『サユリと付き合うことになった』と報告したら、それ以降メチャクチャ機嫌が悪い。
報告したときは『へー。お兄ちゃん、お幸せにね』と言ってくれたのに、なんで……。
「バカにしてるワケじゃねぇ、勘違いするな。俺はお前の評価を上方修正したんだからな」
そういうと、少尉は俺に《卅五式振銀刀》を差し出した。
「お前の覚悟はよく分かった。正直、お前にコイツを持たせるかどうかは悩んだが、任せることにする」
「……ありがとうございます」
振銀刀は銀合金製の刀身を高周波で振動させる近接武装だ。蜃氣樓の盾や肉襦袢を使用するような上級吸血鬼と対峙するなら心強い得物となる。
吸血鬼が銀の武器を装備すると、体に纏わせた靑血球のエアロゾルである蜃氣樓の盾が弱体化してしまう。
しかし、俺は蜃氣樓の盾を安定して展開できるほどの上級吸血鬼でもないので、そんなことを心配する必要はなかった。
俺は差し出された二尺八寸の《卅五式振銀刀》を両手で受け取り、鑑賞を開始した。
駐爪を押してロックを解除し、刃を上にして鞘から刀身を引き抜くと、氷のように冷たい白銀の刀身がまろび出る。手元のウエスで丁子油を拭い、薄暗い照明の下に刀身を晒すと、地鉄と刃文がゆらりと立ちのぼった。
鎬造。庵棟。鎬高く、身幅広い。反り尋常、腰反り付き、中鋒。
鍛は柾目肌。地沸微塵に厚く付き、地景よく入り、鉄冴える。
刃文は直刃調。解れ・打除け・喰違刃交じえる。金筋・砂流し幾重にも頻りに掛かり、匂口明るく冴える。
帽子は直ぐに小丸。
鎺は金着一重。
「……大和工場製とお見受けしましたが、如何?」
「フッ、流石にそれくらいは分かるか」
《卅五式振銀刀》の製造元は《D58型》の製造元と同じく桑名鐵道社だが、各工場によって作風が違う。
この《振銀刀》は”柾目肌に直刃の刃文”と典型的な大和工場製だった。
大和工場製の振銀刀は斬れ味よりも耐久性を優先している。俺の遣う有念無雙流が刀身を酷使する流派だから、大和工場製の物を選んできたのだろう。
桑名鐵道社製の一般的な振銀刀は『樋』という溝が刀身に掻き流されている。にもかかわらず、渡された振銀刀には樋が掻かれていなかった。
樋を掻くことで強度は5%低下するが重量は15%軽くなるから、普通の兵士は掻く方を好む。しかし、俺が使うことを想定して少しでも強度を優先するなら、”この振銀刀”を選択するのが最良といえた。
「おー、少しは品評できんのか。やるねぇ」
「フン、新しいオモチャを貰ったからといって燥ぐなよ。ガキじゃあるまいし」
同乗していた得上軍曹と隆満伍長が話しかけてきた。
「おい、お前ら具足の点検は終わったのか?」
「ええ、バッチリ。それにしても中々いい個体ですよ。装甲からはバッチリ味噌の味がするし、驅動筋管の製造ロットも歩留まりが良くなってからのヤツだった」
得上軍曹は機嫌良さそうにウィンクした。味噌の味って絶対オカルトだろ……と思ったが黙っておく。
《針口》や《孃矩吒》の装甲はコスパの良い黒森鋼だが、味噌を塗ってから焼き入れすることで炭素を吸着させ、防御力を底上げしている。しかし、この『表面滲炭裝甲』は炭素含有量に個体差があり、各装甲にアタリ/ハズレがあるらしいのだ。
それを調べるため『装甲を舐めて味噌の味の滲みこみ具合いを確認する』というオカルトじみた方法を聞いたことがあったのだが……、俺が舐めてみてもサッパリ味の違いが判らなかった。
「牙白支隊総員に告ぐ。そろそろ準備しろ。あと二十分で”状況開始地点”に着くぞ」
トラックの運転席から今朝合流したばかりの工作員の声がした。
そう、今まさに『和泥合水作戦』が進行しているのだ。
甲班の任務は、雨江市場の事務所に突入して『競売で使用された人間型録や人血畜の取引記録を入手すること』だった。
「了解した。……そろそろ着替えるぞ。ションベンは済ませておけよ」
「「「了解」」」
収納を開けて携帯トイレを取りだそうとしたところ、中に本来の運転手の死体が入っていた。俺が戸籍上の妹と出会った入学式の日、倒れた標識柱に足止めされていたトラックの運転手だった。




