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第31話:エリン料理

※人肉食描写がございます。苦手な人はご注意ください。

星曆(せいれき)一九〇七年(光分(こうぶん)四〇年)・六月:月輪皇國(がちりんこうこく)架筧町(かかけいちょう)/高級レストラン『サルマナザール』/時刻は夜


 路面氣動車(トランヴァイ)を乗り継いで、指定された高級レストラン『サルマナザール』へ向かう。

 指定された時刻が19時だったので18時50分に到着するように調整したのだが、店の前に着くとすでに囎唹(そお)サユリが待っていた。


「すみません。待ちましたか?」

「いえ、私もいま来たところです」


 エタポン社製の安い腕時計が壊れたのかと思ったが、窓硝子(ビードロ)から見えた店内の時計も18時50分だったので安心した。


「いやあ、今日は寒いですね。五月は暑いのか寒いのかハッキリしなくて困ります」

「ええ、本当に冷えますね。なんでも、一年の中で一番寒暖差があるのは五月だそうですよ」

「へぇ~。そうなんだ」


 店内に入るとヴァラヒア帝國の荘厳なクラシック音楽が流れていた。

 透き通るような高音質によって流麗なメロディが奏でられている。

 着てきたインバネス(トンビ)コートをクロークに預けている間に店内を見回すと、最高級電氣蓄音器(レコードプレーヤー)である《エクストラヴァガンザ》が店の奥に鎮座していて仰天した。

 アージェンティア合衆國のヴィクトリア社が製造している最高級モデルであり、全長2メートルにもなる巨大な折り畳み式喇叭(ホーン)をキャビネット内に内蔵している。ヴァラヒア帝國ではコピー品を作っていないはずだから、アージェンティア合衆國製の純正品ということになるが、いったいどこから入手したのか見当もつかない。


 給仕(ウェイター)に案内され、サユリが予約してくれていた個室に入る。

 着席早々、サユリは深々と頭を下げた。


「本日は、おこしくださり誠にありがとうございます。先日の鬼オオカミ(プリコリチ)との戦闘の件ではご迷惑をおかけしました。ジンさまは命の恩人でございます」


 胸元のネックレスに飾られた”真珠のような(たま)”が優しく光った。

 ピアスの(たま)も同じ素材だろうか?


「いやいや、伯爵家に恩を売ったまでですよ。たいしたことじゃございません」

「ふふっ、そんなにご謙遜なさらなくても……」

「それに手紙の件はすみませんでした。レストランまでの地図やパンフレットまで入れていただいていたのに……」

「お気になさらず。……サオリさまは私のことが嫌いでしょうから、わざと捨てたのかもしれませんね」

「え?」


 そうなの?


鬼オオカミ(プリコリチ)との戦闘で負傷されたジンさまの手術中、サオリさまとは色々とありまして……。ご存じありませんでしたか?」

「いや初耳ですけど……」

「そうでしたか。……まあ鬼オオカミ(プリコリチ)のことはいったん忘れていただいて、お料理をお楽しみください。コース料理ですので、食前酒(アペリティフ)が来るまでお待ちくださいませ。お手元の紙はお品書き(ムニュ)でございます」


 エリン料理のフルコースらしいが、テーブルマナー(ナイフとフォーク(カトラリー)は外側に置かれた物から使うとか)を調べるのに精一杯で『エリン料理』とやらがどんなメニューを出すのか調べるのを忘れてきてしまった。

 テーブルの上に置かれていたお品書き(ムニュ)を手に取り、内容を読んでみた。


 そして思い出した。『エリン料理』って人肉を使った料理じゃないか。


 吸血鬼が人血(アパ・ヴィエ)を飲むのは、それが持続可能(サステナブル)だからだ。

 血と肉、どちらのほうが美味いかと言われれば、当然”肉”だった。

 人間は生育に時間がかかるため高級食材である。

 最後に人肉を食べたのがいつだったか思い出せないが、少なくとも十年以上は前だ。


 お品書き(ムニュ)に印刷された白黒(モノクロ)写真には、笑うように強要されているのか顔面をひきつらせた人間の写真が四人分並んでいた。『本日の料理には私たちのボディが使われています♡』という一文が添えられている。

 待てよ、この一番右側の顔どっかで見たことあるぞ。

 ……そうだ、『ドスケベ洗衣院(せんいいん)♡二婢目』の19ページに映っていたご令嬢じゃないか!


「お待たせしました、食前酒(アペリティフ)でございます」


 引き戸が開き、給仕(ウェイター)がボトルを持って入ってきた。

 グラスに臍帯血を使用した超高級人血(アパ・ヴィエ)である薔薇血(スンジェ・ロズ)がトクトクと注がれていく。


「それでは乾杯しましょう」

「ぇ、ええ……」

「私とジンさまの出会いに――」

「「乾杯」」


 グラスを目の高さまで持ち上げて軽く会釈する。

 軽く揺ら(スワリング)して空気に触れさせると芳醇(ほうじゅん)な鉄の香りがグラスから広がった。

 口に含むと、重厚(フルボディ)な旨味と強烈な甘みの濁流が脳髄に押し寄せてきて頭がクラクラする。

 自分もやはり吸血鬼だ。人血(アパ・ヴィエ)の旨さにはあらがえない。


 俺は意を決してこちらから”本題”を斬り出した。


「いきなりで申し訳ないのですが、サユリさんのお兄さんってどんな人なんですか?」

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