第30話:泣き虫(※過去)
■星曆一八九六年(光分二九年):月輪皇國
「ねえ、お兄さま見て! 血劍作れるようになったの!」
僕は荘園の畑に立っていた案山子相手に血劍を無心で打ち込んでいた。
そこへ幼い妹が駆け寄ってくる。その右手には真っ青な血劍が生成されていた。
「ねえ、チャンバラしよ! 血劍作れるようになったらチャンバラしてくれるって言ってた!」
「……」
「あれ? お兄さま?」
「ああ、そうだったね……」
振り向いた僕の後ろでは、案山子がズタズタに斬り裂かれていた。
そのころの僕は物事の分別が付き始めていた。
分家の身でありながら優れた血を持つため、女には困らない父親。
最底辺の血ながら男に媚びるのだけは上手い第一婦人。
劣った血ながらプライドだけは高い第二婦人。
そういう濁った社会の現実を理解し始めていた。
そして自分の血液が劣った色で、妹が優れた色であることにも気が付き始めていた。
「……んじゃ、やろっか」
脳の中央部にある昇華體から電流が走り、右腕へと流れ込む。
血中の靑血球が組成を変え、右手から延びる藍色の血劍が過剰なほど鋭く砥がれていく。
その時の僕は、とにかく全ての物を破壊したかった。
自分が一生劣った側であるなら、その優劣を定義するこの世界すべてを破壊してしまいたかった。
――もちろん妹も、目障りだった。
お菓子を兄妹で分けるときは大きいほうをあげた。
人血を兄妹で分けるときは多いほうをあげた。
――だって、妹が喜ぶ顔が見たかったから。
そんなに大切な存在だったのに、”社会”を知るようになったら一転して嫉妬の対象になってしまっていた。
今となっては逆恨みだと分かる。
それでも、妹を叩きのめせば自分が優れた側になれるんじゃないかと、この時は思ったのだ。
「ねえ、お兄さま」
「……あん?」
「お兄さまの血の色、やっぱりすごくキレイだね」
サユリはピリついた僕に物おじせずスタスタと歩み寄ると、僕の藍色の血劍に真っ青な血劍を重ねて見せた。
「うーん、やっぱり私もお兄さまと同じ色がよかったなぁ」
「……こんな色、ぜんぜん綺麗じゃないよ」
「あれ? お兄さまだって藍色が好きだって言ってたのに……」
「……昔のことだよ。今は変わったんだ」
そう、昔は藍色が一番好きな色だった。だってカッコいいから。
――でも、いつまでも子供じゃいられないんだ。
「さっちゃんはなんで覚えてたの? そんな昔のこと……」
「だって、私も藍色が大好きだもん。私が好きな色をお兄さまも好きだって言ってくれて嬉しかったんだもん。だから私も藍色が良かったのに……」
「ダメだ」
「なんで?」
「だって、みんな『藍色は劣ってる』って言ってるから……」
「”みんな”とか、どうでもいいよ。やっぱり私はお兄さまの血の色が一番好き。お兄さまが大好き!」
途端に両眼から涙があふれてきた。
僕はこの娘を傷つけてやろうと思っていたのに、なんで……、なんでこんなに暖かい?
「お兄さま……? ごめんなさい、私なにかしちゃった?」
「ごめん……。さっちゃんは何も悪くないよ。僕が悪いんだ……」
そういうと、僕は自分の血劍を足で叩き割った。
砕けた刀身は融けて血液に代わり、土へと浸み込んでいく。
それを見て、サユリも血劍を引っ込めた。
そして僕の顔に両手を添えると、滝のように流れる涙をペロペロと舐め始めた。
「お兄さま、大丈夫? 私にできることなら何でも言ってね……」
「大丈夫だよ、ありがとう。……ごめんね。本当にごめん」
僕は妹をギュッと抱きしめた。
僕はとても泣き虫で、よく両親から叱られる。
なのに、妹だけは僕が泣くと心配してくれるのだ。
――いまさらになって、なんで自分が妹のことを愛しているのか思い出した。
妹の無垢さに魂を救われた気がした。
本当に、”救われた”気がしたんだ。
「……実はね、僕は藍色より青色が好きになったんだ」
「そうなの?」
「うん。さっちゃんの血の色みたいな青色が大好きだよ」
「やったぁ! じゃあ、ずっと一緒にいよ? ……そうだ、ケッコンしようよ。私は藍色が好きで、お兄さまは青色が好きなんだから」
「……うん、そうだね。ケッコンしよっか」
僕と妹は木陰の下で、日が暮れるまで抱きしめあった。
妹の体はとても暖かかった。
「さっちゃん、愛してるよ。ずっと……」
自分の血の色に対する劣等感は嘘のように消え去っていた。
そんなことは、”僕と妹の仲”においてはどうでもいいことなんだ。
この娘のためなら何でもできる、この娘のためなら死んだっていい――と、その時は本気でそう思った。




