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第29話:根性焼き

星曆(せいれき)一九〇七年(光分(こうぶん)四〇年)・六月:月輪皇國(がちりんこうこく)架筧町(かかけいちょう)のタクシー乗り場/時刻は夕方


 資料の表紙には『和泥合水(わでいがっすい)作戦・作戦概要』と印字されていた。


吉江丸(きちえまる)が停泊していた雨江灣(うこうわん)だが、そこに隣接した卸売市場(おろしうりしじょう)で令嬢たちを商品とした人間競売(オークション)が開催されていた。そして、売れ残った令嬢と船員はいまだにその雨江市場(うこうしじょう)にいるらしい」


 雨江灣(うこうわん)は民間の港湾である。ヴァラヒア帝國からの輸入品を保管しておく倉庫や、それらを捌く卸売市場(おろしうりしじょう)も当然あるだろう。


「本作戦の目的は雨江市場(うこうしじょう)の倉庫に突入して、ソイツらを救出すること。……ただし、俺たち牙白支隊(きばしろしたい)最優先目標(メインターゲット)は『人間型録(カタログ)と取引記録を入手すること』だ。令嬢と船員については別の部隊が保護を担当する」


 資料をペラペラとめくると、雨江灣(うこうわん)の詳細な地図が記載されていた。しかも、人間たちを閉じ込めていると思われる倉庫の写真まで載っている。協和國のスパイ網はかなりのモノらしい。


「作戦決行日は次の日曜日。雨江市場(うこうしじょう)は休市日だが、氷式冷蔵庫を搬入・設置する予定の運送トラックたちが四台いる。その四台を安平機關(ウチ)の実働部隊が()()()()。市場の検問は何事もなく通過できるはずだ。作戦行動のタイムリミットは一時間。そのころには海上から迎えの《特務發動艇》が来るからな。見つかった場合は信号弾を撃ち上げて早期に作戦を切り上げる」

「了解しました」


 《特務發動艇》といえば雷電甁(キャパシタ)を大幅に増設することで長時間の高速無音航行を可能にしたモデルだったか。

 警備の吸血鬼を静かに無力化することさえできれば穏便に作戦が終わりそうだ。


「よし。じゃあ、こいつは土産(みやげ)だ」


 そう言うと、少尉は『ドスケベ洗衣院(せんいいん)♡三妓目』を差し出した。


「見るべきは10、20、30ページだ。女の瞳の中に作戦資料のマイクロフィルムが映ってる。作戦決行日までに熟読しろ」

「ありがとうございます。……あっ、そうだ。今度からピンクチラシを緊急連絡にするのはやめてもらえますか? (サオリ)に捨てられてまして……」

「分かった。今後は補陀落敎(カルト教団)の勧誘チラシにしておく」


 少尉は吸い終わった煙草を満杯の灰皿へ無理やりねじ込んだ。

 吸い口には青い口紅の跡が付いていた。


「……そうだ。その()とやら、今はどんな調子だ?」

「えっ、戸籍上の妹(サオリ)ですか? いちおう自分では仲のいい兄妹を演じられていると思ってますが……」

「あー、違う、ややこしいな……。実妹(サユリ)の方だ。本当に人違いだと説得できたのか?」

実妹(サユリ)が通報してたら、もう警兵隊に捕まってると思います」

「泳がされてるだけじゃねえのか?」

「そうかもしれませんが……。明日、一緒に食事をする予定です。その時に、どの程度まで自分を疑っているのか聞き出すつもりです」


 正直、人違いでゴリ押すのも無理があったと思う。しかし、それ以外に俺が打てる手はない。

 もうバレてるなら、黙っててもらえるよう土下座するしかないと心に決めていた。

 ダメなら自決するだけだ。


 話を少し前に戻して整理しよう。

 戸籍上の妹(サオリ)が親子丼を作ってくれた日のことだが、俺はピンクチラシを巾着袋内に回収することに成功した。しかし囎唹(そお)家からの手紙はズタズタになりすぎていて回収をあきらめた。

 風呂から上がってきた戸籍上の妹(サオリ)に対し、それとなく囎唹(そお)伯爵家の印璽(いんじ)が押された手紙が捨てられていたことを聞くと、『詐欺の手紙だと思うから捨てといたよ』という返答が返ってきた。

 その夜はサオリと一緒に寝たが、爽やかな甘い匂いと(とろ)けるような女体の感触のせいで一睡もできなかった。脱衣所で処理してなかったら暴発していたと思う。


 その翌日、俺は意を決してサユリに話しかけた。

 『妹が間違って手紙を捨ててしまった。内容が何だったか知ってる?』と聞いたところ、その手紙はサユリから出されたものだったらしい。

 『一度ゆっくりとお話がしたいです。鬼オオカミ(プリコリチ)戦のお礼もかねて、一緒に高級レストランへ行きませんか?』という内容だったそうだ。

 ――当然、行くしかないだろう。


 少尉は新しいタバコを咥え、再度マッチで火を点けた。


「……ハニートラップは出来ないのか?」

「…………ゑ?」


 俺は咥えていたタバコを落としそうになった。


「軍学校で習ったろ? サユリちゃんの下の口に突っ込んで、上の口を黙らせろよ」

「……相手は妹ですよ?」

「あのなぁ、なにも子供作れって言ってるワケじゃねぇ。お前から積極的にアプローチかければ、向こうだって兄じゃないかもしれないって気になるだろ」

「でも……」


 ジュッ――、と音がした。

 視界を下げると、手の甲に火の点いたタバコを押し付けられていた。

 熱い痛みが手から脳に上ってくる。


「命令だ。やれ」

「…………善処します」


 後部座席で重苦しい沈黙が広がったことを察したのか、車体中央部の運転席(センターシート)から得上(えがみ)軍曹が声をかけてきた。


「少尉、もう夜になりますぜ。ボウズを寮に帰してやらないと怪しまれるかもしれない」

「……フン、それもそうだな」


 タクシーに偽装した装甲車は太平寮(たいへいりょう)近くまで移動すると、人気(ひとけ)のないところで俺を降ろした。

 すっかり暗くなった空の下、俺は太平寮(たいへいりょう)へと歩を進める。


 俺は口の中でボロボロになるまで噛み砕いた吸殻を道端に吐き捨てた。

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