第3話:カネが欲しい
■星曆一九〇七年(光分四〇年):日乃本協和國と月輪皇國の国境付近/時刻は夜
敵の銃撃によって折られた木の枝が頭上から降り注ぎ、《九式手動獵銃》の銃身に当たって狙いが逸れる。口径漸減彈は車体下部に命中したが、装甲を削り取っただけで終わった。
これでは戦車の装甲をノックして来客を知らせただけだ。
「クソッ!」
こちらの存在に気づいた《茨木》が動き出し、敵味方を区別することなくグチャグチャに踏み潰しながら巨大な車体が旋回を始める。《茨木》は砲塔を持たないため、主砲を相手に向けるには車体そのものを旋回させる必要があるのだ。
俺は敵戦車の左側面に回り込むようにして走り出す。そんな俺を追うようにして、《茨木》の車体上部に搭載された遠隔操作機銃が6.5mm雷銃彈を狂ったように掃射する。
岩陰に隠れて周囲を見渡すと、流れ弾に当たった敵の随伴歩兵が頭部から藍色の血を流して死んでいた。
《茨木》は後退しながら主砲を少しづつ下ろしていく。最大俯角に到達したと同時に、地面に向けて75mm榴弾を発射した。
大爆発――。夜空が一瞬真っ赤に染まり、強烈な爆炎が辺り一面を粉々に粉砕する。
《茨木》の乗員たちは随伴歩兵の大部分が死んだことを悟り、こちらの歩兵部隊もろとも吹き飛ばそうとしたのだ。その狙いは成功し、両軍の兵士たちはその生死を問わず肉片となって四方八方にまき散らされた。
少し離れた岩陰に隠れていたはずの俺も、あまりの衝撃に脳が揺さぶられ、まともに立っていられなかった。
キーンという耳鳴りの中、いまだに頭蓋骨の内部でグラグラと揺れている脳ミソを必死に動かす。
味方の歩兵は全滅。しかし敵の随伴歩兵も全滅している――。
《茨木》は主砲を撃ったばかりで再装填には約六秒かかる。しかし敵戦車の側面に回り込むには六秒では足りない――。
敵戦車の正面装甲は《九式手動獵銃》の13.2/9×94mm口径漸減彈をもってしても貫けない――。
――だとしたら、やれることは一つ。
俺は銃を携えて岩陰から飛び出し、《茨木》へと吶喊を開始した。
残り五秒――。《茨木》の遠隔操作機銃が6.5mm弾を発射するも、すぐに弾切れとなって沈黙した。あの機銃は装弾数が百発ちょうどだ。戦闘が始まってから発射秒数をカウントしていたが、すでに九十発以上は撃っているという確信が俺にはあった。
残り四秒――。煙を燻らせる焼野原を全力で疾走し、銃を構える。
残り三秒――。《茨木》は足を止めて仁王立ちしている。地面に榴弾を叩きつけて俺を吹き飛ばすつもりだろう。
残り二秒――。敵戦車の砲口から薬室内に次弾が装填されたのが見えた。俺の狙いは《茨木》の主砲内にたったいま装填された榴弾だった。
残り一秒――。槍を突き刺すようにして《九式手動獵銃》の銃口を《茨木》の砲口に突っ込んだ。引き金を引き絞る。南無三――!
残り〇秒――。夜の荒野に花火が咲いた。
■星曆一九〇七年(光分四〇年):日乃本協和國と月輪皇國の国境付近/時刻は夜
《貳號機械戰象『茨木』》は主砲に装填したばかりの榴弾を砲口から撃ち抜かれ、膅内爆発を起こして擱座した。
「ハァッ……、ハァッ……」
俺は砲口から噴出した爆風に吹き飛ばされ、もんどりうって土砂の上に倒れ伏した。激痛のする右肩を見ると、右腕が千切れ飛んでいた。それに加え、何かの破片が腹部を貫通して風穴を開けていた。
傷口を火で炙られているかのような痛みが脳を苛み、俺は土砂の上で悶え苦しむ。
……すると、ガタン!と鉄板が落ちる音がした。もちろん、音の発生源は撃破したはずの《茨木》からだった。
《茨木》の下面脱出口から戦車兵が毛虫のように這い出てくる。なぜ芋虫ではないのかといえば、焼け焦げたチリチリの金髪が毛虫に見えたからだった。
ボロボロの軍服からは火傷だらけの皮膚がのぞき、傷口から紫色の血が滴っていた。紫色の血は下級吸血鬼の証だ。
その戦車兵は女だった。それもそのはず、《茨木》は設計上の欠陥で車内が非常に狭く、ヤシマ人男性の平均身長が190cmであるにもかかわらず、搭乗員に180cm以下という身長制限を課している。そのため戦車兵のほとんどは女性で構成されていた。
その女は戦車の下から這い出ると、すぐに動かなくなった。……たぶん死んだのだと思う。
俺は最後の力を振り絞って女の近くまで這いずり、その首筋に犬歯を突き立てた。人間の血液と比べると栄養は劣るが、吸血鬼の血液でも少しは回復するはずだ――。
ところが、まったく身体が再生しない。
一体どういうことかと視界を下げると、胃に開いた穴から吸い取った血液がドボドボと漏れ出していた。これでは腸で栄養を吸収できない。どうやら胃液が傷口を焼いているせいで再生が間に合わないようだ。泥だらけの野戦服に紫色のシミがジワジワと広がっていく。
さすがにもう限界だ――。動かそうと思っても動かなくなった俺の肢体が、意識を道連れにして力なく倒れこむ。
「……寒い」
命が火が消える直前だというのに、脳内で無駄な自問自答が始まってしまう。
……なぜ俺は人殺しを?
――軍人だからだ。
……なぜ軍人になった?
――手柄を立てて『人間化手術』を受けるためだ。
……なぜ『人間化手術』を受けたい?
――それは、カネを手に入れるためだ。師匠が譲ってくれた莫大な埋蔵銀を掘り返しに行くためだ!
カネがあれば何でもできる。惨めな俺の人生を買い戻せる。
だから、人権が欲しい。
権力が欲しい。
尊厳が欲しい。
自信が欲しい。
信用が欲しい。
栄誉が欲しい。
名声が欲しい。
安心が欲しい。
安全が欲しい。
肯定が欲しいんだ。
……でも、結局カネは手に入らなかったじゃないか。俺が有財餓鬼に堕ちてまで重ねてきた殺生には何の意味があったの?
「だれか……、たすけて……」
夜空が泣き出したかのように雨がポツポツと降り出し、そのうち土砂降りとなった。美しい満月はいつの間にか雨雲に隠れて見えなくなっていた。
紫色の血と茶色の泥で汚れていた戦車兵の顔が雨水に洗い流されていく。その顔はとても安らかな寝顔だった。現実から逃げ切った勝者の顔だった。
その寝顔を見て、俺は幼き日に見守っていた妹の寝顔を思い出した。
間違いだらけの人生だったけど、妹をこんな地獄へ道連れにしなくて本当に良かった。それだけは正解だったと胸を張れるよ――。
そんなちっぽけな自尊心を胸に抱いて、俺の肢体は血の泥濘へと沈んでいった。




