第27話:ピンクチラシ
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・五月:月輪皇國/石橸子爵領/太平寮302号室/時刻は夜
時計を見て、ある程度時間が経ったことを確認する。
浴室を覗くと、ちょうど浴槽に九割ほどお湯が溜まっていた。
「よし、風呂の準備できたぞ。先に入りな」
「え、一緒に入るんじゃないの?」
「……は?」
「いや、だって手がうまく動かないんでしょ? 私が背中流すよ」
「え~っと、それは色々と問題が……」
「おやおや~? お兄ちゃんは私のことを”女”だと思ってるんですかぁ~?」
「おう」
「……へぇ~♪」
「だってそうだろ。俺たち出会って一か月くらいしか経ってないんだぞ。もう三日も処理してないから風呂の中で暴発しかねない。”女”にカッコ悪いところ見せたくないんだ」
「……処理してあげよっか? 兄妹なんだしさ」
そういうとサオリは口を開けて藍色の舌を伸ばした。コイツ……。
「揶揄うのも大概にしとけよ? ……俺だって”男”だぞ」
「…………プッ、なーんてね! も~、冗談だよ~。どうよ、ドキドキした?」
そう言うと、サオリはキャッキャと笑い出した。
「あ、そういや寝巻持ってきてないや。お兄ちゃ~ん、寝巻着て寝たいからお兄ちゃんのヤツ出しといてね~」
俺のケツをポンポンと叩いてから、学生鞄を持って脱衣所に向かっていく。たぶん鞄に着替えか何かが入ってるんだろう。
……あれ、さっきの会話で初めてお泊りの話題が出たんだよな? なんか用意周到過ぎないか?
「……おっ、そうだ。一緒に寝ることはできるよね? 兄妹なんだから問題ないよね?」
「お、おう……」
「じゃ、よろしく~♪」
脱衣所のドアがゆっくりと閉まる。しばらくするとドアの向こうから衣擦れの音が聞こえてきた。
「っーふぅ…………」
肺の中に滞留していた濁った空気をやっとこさ吐き出す。
なんで俺はこんなに疲れてんだ……? 下手な戦闘よりも疲れたぞ。
いい年こいた兄妹が一緒に風呂入るワケねーだろ。
……あと一年の辛抱だ。任務終了までサオリの揶揄いは徹底的にスルーしなければ。
箪笥から寝巻を出して脱衣所に向かう。
脱衣所と浴室を隔てるフロストガラスには、膨らみと括れを両立したサオリのシルエットがくっきりと映し出されていた。
柔らかな暖色の灯りに照らされながら、瑞々しく熟れた女体の影が艶めかしく蠢いている。
俺はなるべく蠢く影を視界に入れないようにしつつ、そっと寝巻を置いてからすぐに脱衣所を出た。
すると、ちょうど目の前にカレンダーが置いてあった。
そういえば、明日はゴミの焼却日だったな。
明日の朝はサオリもいるし、なんかドタバタしそうだ。
マナーは悪いが今日までの分の燃えるゴミは今のうちに近所の焼却炉へ持っていってしまおう。
紙製のゴミ袋を閉じる前に中身を見てみると、夕食の親子丼を作るために使用された生ゴミが捨てられていた。
……なんか卵の殻の数が買った数より多いような気がする。
商店街で食材を買ったときに同行していたはずだが、こんな数だったっけ?
「ん……?」
よく見ると、生ゴミの下にはビリビリに破られたピンクチラシが捨てられていた。
マズい――! これは特務機関からの緊急連絡だ!
太平寮のすべての部屋のポストに同一の内容のピンクチラシを投函しつつ、俺の部屋にだけマイクロフィルムが埋め込まれたピンクチラシを投函する――それが特務機関からの緊急連絡方法だった。
これ絶対サオリがやっただろ……。
ということは、ゴミ袋の中からピンクチラシの残骸をかき集めているところをサオリに見られたら理由を問い詰められる可能性がある。そうなったら面倒だ。
いったん寮に併設された焼却場で作業するか? ――いや、もう夜だから暗くてゴミ袋の中が見えない。しかも、他人に見られたらゴミ漁りの不審者扱いされるだろう。
また日を改めてサオリがいなくなってから作業するか? ――いや、明日はゴミの焼却日だ。サオリがゴミ袋を捨ててしまうかもしれない。
サオリが寝てから作業するか? ――いや、一緒に寝ると約束しただろ。夜中に起きだしたらバレる可能性のほうが高い。
こうなったら妹が風呂から上がる前にピンクチラシの残骸をかき集めるしかない。
ピンクチラシを回収したあとのゴミ袋も、そのまま置いておいたらサオリに気づかれるかもしれない。さっさと焼却場へ持っていかなければ。
俺は箪笥の中から巾着袋を取ってきて、プルプルと震える指で必死にピンクチラシの残骸をかき集める。
「クソッ……。なんでこんなに千切ってんだよ……」
サオリが風呂から上がったら脱衣所で音がするはずだ!
音がしたら止めれば大丈夫なはずだ!
すると、なぜかピンクチラシよりもさらに下から”貴族のみが使用する封蝋付きの封筒”が出てきた。
もちろん中身だったと思われる手紙もズッタズタに引き裂かれていた。
「は?」
”青い封蝋に、薔薇の家紋”――。
封筒には”囎唹伯爵家”の印璽が押されていた。




