第22話:鬼オオカミ
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・五月:月輪皇國/平坂吸血鬼學園/裏山/時刻は昼
「いたぞ」
先輩の一人がなるべく声を抑えた状態で、鬼オオカミを発見したことを周囲に知らせた。
一同の空気が張り詰める。もちろん俺も臨戦態勢に入る。拳銃嚢から《PR md.50回轉式拳銃》を抜き、銃把安全装置を握りこんで解除した。
少し遠くを見ると、鬱蒼と茂った森の中、オオカミの死骸に食らいつく大柄な鬼オオカミがいた。
鬼オオカミも吸血鬼と同じように、同族への共食い衝動に突き動かされている。ただし、吸血鬼と違って”共食いしないことによって失う知能”があまりないため、その衝動は限定的と言われている。
「上級生は十字砲火の位置についてください。新入生はそのまま見ててくださいね」
赤榕先輩たちは二手に分かれた後、一斉に《PT md.55回轉式雷銃》を構えて射撃を開始した。
銃声が薄暗い森に響く。ソフトポイントの弾頭が次々と鬼オオカミに命中し、文字通り蜂の巣にされた鬼オオカミは全身の穴からありとあらゆる体液をまき散らして息絶えた。
いくら強力な再生力を持つ鬼獸とはいえ何発も雷銃彈を食らえば流血に再生が間に合わない。
もしくは心臓を破壊されたのか……。
「うおっ、デカいなぁ……」
鬼オオカミの死体をまじまじと観察したハヤトが感想を漏らした。
俺もそう思う。前に乗っていた《CN740》よりも大きかった。
「さてと。はい、新入生の皆さ~ん。委員会の仕事はこっからが本番ですよ。駆除は死体の片づけが一番面倒なんですからね。これから学園の焼却場まで運びま~す」
そういうと、先輩たちは死体を運ぶ算段を立て始めた――が、俺はとんでもなく面倒なことに気が付いてしまった。
「赤榕先輩、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「あの鬼オオカミ、なんか血が青くないですか? 普通、野生だったら紫ですよね?」
「…………あ。どうしましょう⁉ 誰かの使役獸でしたか⁉」
にわかに先輩たちが慌て始める。そりゃそうだ、裏山に誰かが放し飼いしてる《《飼い犬》》が紛れ込んでたなんて思いもしない。
だって、そんな連絡は受けていない。
「なあ、ハヤト」
「おう」
「石橸子爵家って鬼オオカミを使役獸化してるのか?」
「いや、まったく。本家も分家も鬼コウモリと鬼ネズミだけだな」
だから鬼オオカミの死体を見ても『子爵家所有の使役獸かもしれない』とは思わなかったワケだ。
「……そこか」
俺は木の陰に向けて《PR md.50回轉式拳銃》を三点射した。
銃口から発射ガスの爆炎が火球となって噴き出る。シリンダーギャップから漏れ出た発射ガスが手にかかってメチャクチャ熱い。強烈な反動に腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
三発目に放った銃弾がこちらの隙を窺っていた鬼オオカミの頭部に命中し、頭蓋骨の破片と共に青い脳漿をまき散らした。
すると周辺の茂みから鬼オオカミたちが一斉に飛び出してくる。
約二十頭の鬼オオカミたちは委員会の面々に次々と襲い掛かった。
――マズい。乱戦になったら流れ弾が他の生徒に当たる可能性がある。銃が使えなくなる。
乱戦になる前に、素早く目の前の鬼オオカミへ二点射して怯ませる。一気にダッシュして距離を詰めると、眼窩から脳ミソを狙って最後の一発を放った。
弾切れのリボルバー拳銃を捨てて走り出す。《PR md.50回轉式拳銃》はソリッドフレームのためリロードするのがとても面倒だから持っていても邪魔なだけだ。
「サオリ! ハヤト! 逃げるぞ!」
「うん!」
三十六計逃げるに如かず。
何処の誰が何の目的で鬼獸を嗾けてきているのか皆目見当がつかないが、こんな状況は学生たちでどうにかできる問題じゃない。
逃げ出した委員会の連中の波に合流して裏山の入り口に戻ろうとしたが、ハヤトが付いてこない。後ろを見ると、弾切れになった拳銃を投げ捨てて鬼オオカミに吶喊していた。
「何やってんだアイツ!」
アイツがいないとキチガイ女に対処できない。アイツに死んでもらっては困る。
俺はハヤトを追いかけて走り出した。
「お兄ちゃん⁉」
「サオリは先に戻ってろ!」
すでに委員会の連中の大部分は鬼オオカミの包囲から抜けている。あの波に紛れれば裏山の入り口まで戻れるだろう。
ハヤトは指を噛み切り血劍を生成。千切れた指が入った手袋を口に咥えたまま、赤榕先輩の背中から襲い掛かろうとしていた鬼オオカミの頭を一刀両断した。
「赤榕先輩、大丈夫ですか⁉」
「石橸くん⁉ すみません、助かりました!」
そこでようやく俺はハヤトに追いついた。
「おい、ハヤト! なんで逃げない⁉」
「俺はこの土地の統治者たる血族の者だ! この土地で起きること全ては俺に責任がある!」
何言ってんだコイツは……と思ったが、この責任感がなければ俺も助けてもらえていないので黙っておいた。
「私と石橸くんは向こうの戦闘の援護に行きます! 鷹野くんは囎唹さんを探してあげてください! 鬼オオカミから執拗に追いかけられてました!」
「わかりました!」
血劍に鬼オオカミの血糊をベッタリと付けた先輩から未使用実包が残った彈藥盒を受け取り、地面に転がっていた《PT md.55回轉式雷銃》を譲り受けた。
新入生である俺は血劍術の素人という設定になっている。白兵戦はあの二人に任せたほうがいいだろう。
鬼オオカミに囲まれている他の委員を救出しに行った二人の背中を見ながら、回轉式雷銃の弾倉を右にスイングアウトしてリロードを開始する。
その最中、俺はあることを考えていた。
――ここで実妹には消えてもらった方が良いんじゃないか?




