第20話:視線
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・五月:月輪皇國/平坂吸血鬼學園/A組の教室
「本当に助かった。ありがとう」
「気にするな。……とんだ災難だったな」
教室には俺と妹と、先ほど知り合った男子学生しかいなかった。
俺たち以外の生徒は説明会に行っている。
「改めて自己紹介させてくれ。俺は石橸ハヤトだ」
「鷹野ジンだ。よろしく」
「鷹野サオリです。先ほどはありがとうございました」
『石橸』か、なるほどな。コイツはこの学園が位置する石橸子爵家の血縁者らしい。分家連中と違ってコイツは正真正銘の貴族だ。
「さっきの女子学生……、あいつは垉六カズハってヤツだ。垉六子爵家の三女で、子爵本家が集まる社交界で会ったことがある。そのとき、”お付きの女中が料理を零した”ってだけで殺したから覚えてたんだ」
本家は分家の連中を女中として拾うことがある。もちろん本家の権力は絶対だから拒否できないし、殺されても文句は言えない。分家は本家と比べると何段も格が下がる”準貴族”だ。
すると、サオリが口を開いた。
「本家サマってあんなのばっかだよね。入学式の日に鬼コウモリから襲われた生徒が結構いたらしいじゃん。路面氣動車の故障もタイミング良すぎだし。……なーんか犯人分かっちゃったかもな~」
「おい、ハヤトも本家だぞ……」
「いや、いいんだよ。……サオリさんの言う通り、鬼コウモリも路面氣動車の故障も本家の嫌がらせだろうな。分家に来てほしくない連中もいるそうだし」
どうやら、なかなか話が通じるやつのようだ。
「……助けてもらったのは本当にありがたいんだが、そっちは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。なにしろここは俺の血族の土地だから地の利がある。あれ以上暴れるなら退学処分にしてやるさ。……っていうと、親の権力をかさに着たドラ息子みたいだろうか?」
「いや。少なくとも俺たちは助けられたし、感謝しかないよ」
今の本家連中は既得権益を守ることしか眼中にない連中ばかりと思っていたが、考えを改めなければならないようだ。
怪我の功名だ。面倒なヤツに目をつけられたかと思ったが、それよりも大きなリターンを得ることができた。
「そんなことより、ジンはどの部活にするつもりなんだ? 俺は害獸驅除委員會にするつもりだ。領民の保護が貴族の本懐だからな」
「奇遇だな。実は俺も害獸驅除委員會にするつもりなんだ。……少しでも内申点が欲しいからだけどな」
「いいじゃないか」
これも特務機関と事前に打ち合わせたとおりだ。
人間飼育委員會に入って学園の人間牧場を探るという案もあったが、人間牧場に近づきすぎると怪しまれるということで別の委員会にしたのだ。
「サオリはどうする? 料理研究部以外にやりたい部活はないのか?」
「……料理研究部以外にはあんまり興味なかったし、私もお兄ちゃんと同じ委員会でいい?」
「うーん、鬼獸を駆除するドブ浚いみたいな委員会だぞ? 山の中とか、下水道に入ったりするけど……」
「大丈夫」
まあ、垉六カズハとトラブルになった以上は一緒に行動したほうがいいだろうな。
「よし、決まりだな。委員会室に行こう。まだ説明会はやってるはずだ」
そんなわけで、俺たちは害獸驅除委員會の委員会室に向かった。
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・五月:月輪皇國/平坂吸血鬼學園/害獸驅除委員會の委員会室
「あら、ジンさま。お久しぶりです」
「え゛っ……」
害獸驅除委員會の委員会室には先客がいた。
――囎唹サユリだった。そして、女中の曾我部モモカもいた。
「奇遇ですね。ジンさまも害獸驅除委員會に入会されるのですか?」
「ええ……。まぁ、一応……」
するとそこにサオリが割り込んできた。
「ねえ、お兄ちゃん。その人だれ?」
「あ、ああ……。この人は囎唹サユリさんだよ。路面氣動車が運行停止したことを教えてくれたんだ」
「へぇ~……。どうも、兄がお世話になりました。鷹野サオリです」
「お初にお目にかかります。囎唹サユリです」
「……」
「……」
なぜかそのまま沈黙が続き、空気が泥濘のごとく濁る。
すると、ちょうど害獸驅除委員會の説明会が始まった。
説明会の内容はまったく頭に入ってこなかった。
説明会終了後、入会届を出して部屋を出る。
その間ずっと、囎唹サユリから視線を感じていた。




