第19話:メクラチビゴミムシ
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・五月:月輪皇國/平坂吸血鬼學園/校内
――入学式からあっという間に月日が流れた。
学園での授業内容は歴史、政治、外国語、人間牧場の経営学、武術、軍事などだった。内容は易しく、義務教育を終えていれば躓くことはなかった。
さて、今日は平日だが珍しく授業がない。
というのも、今日は学園全体で一日を通して部活動や委員会活動の説明会が開かれていたからだった。
この学園では生徒全員がなにかしらの部活動か委員会活動に所属することになっている。昔は活動における内申点が就職先に影響したため非常に重要なイベントだったらしいが、今となっては形骸化してレクリエーションとなっていた。
委員会に入って学園の利益になるような活動をすれば内申点がもらえるが、その影響力は微々たるもので、そんなものより期末テストで10点多く取ったほうが価値がある。
ではなぜ今も学生たちが部活動や委員会活動に積極的な参加をするのかといえば、それは『コネ作りに有効』だからである。
上級生とのコネ、貴族の本家とのコネ、社交界のお誘いを受けるためのコネ……、吸血鬼の社会ではとにかくコネが命だった。
新入生たちが熱心にパンフレットを読みながら、校内各地で開かれている説明会場をウロウロしている。友人ができた者たちはさっそく一団となって廊下を移動していた。
一方で俺は『任務で事前に決められた所属委員会』があるのでアレコレ頭を悩まさずに済んだ。しかも、”囮役”に降格されてるから気楽なもんだ。
委員会は学生たちから人気がない。そのため、説明会のスケジュールが他と被らないように遅くなっている。
とっとと説明会に参加し、さっさと寮に帰りたかったのだが……、開始時間までヒマだった。そんなわけで俺はブラブラと校内を散策している。
すると、いきなりガシャン!と窓硝子が割れる音がした。
何かと思って家庭科室に近づいてみると、妹と知らない女学生が喧嘩していた。
「あなた知能に障害でもありますの? 料理研究部は本家のみ所属できる部活動でしてよ? 常識がなさすぎますわ」
「そうでしたか、すみません。でも、どこにもそんなコト書いてませんでしたよね?」
「それが何か? 暗黙の了解を下調べするのは当り前ですわ。下賤の輩は他責しかできませんの?」
さすがに妹を助けるしかあるまい。俺は二人の間に割って入った。
「すみません、そこの娘の兄です。この度は妹がご迷惑をおかけしたようで……」
「あら、無知な妹さんに相応しい蒙昧なお兄さんが出てきましたわね。どう弁償してくれますの?」
「弁償……?」
「あなたの妹さんが不勉強なせいで、私がそちらの窓硝子を割るハメになりましたわ」
窓の方を見やると、割れた窓硝子の破片の中に包丁が落ちていた。
どうやらサオリに包丁を投げつけやがったらしい。
「それに、こちらに教育させましたわよね? 常識の教育料を払ってくださいまし。ざっと百万錢。格安すぎたかしら?」
その台詞を聞いて、取り巻きの女子学生たちがクスクスと笑う。教員や上級生は目を背けてこちらに関わらないようにしている。
なんだコイツら……。頭おかしいんじゃないのか?
俺は困惑して立ち尽くす。――すると、若い男の大声が廊下に響いた。
「おい、何やってる!」
声のしたほうを見ると、教室で顔を見たことがある男子学生が颯爽とこちらに歩いてきた。正義感が強いだけの新入生が来ても頼りにならないぞ……と思ったが、その男子を見た気性の荒い女子学生は顔を顰めた。
「チッ、石橸か……。盲禿芥虫はさっさと死んでくださいまし~。それでは、ごきげんよう」
そういうと、気性の荒い女子学生は取り巻きの輪の中へと帰っていき、先輩と共に人間型録をめくり始めた。新入生歓迎会のお茶会で使用する食材を品定めしているようだ。
男子学生は優秀な助け船だったらしい。俺は胸をなでおろした。
近づいてきた男子学生が話しかけてくる。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。ありがとう」
「キミ、同じA組だろ? いったん教室に戻ろう。窓硝子はそのままでいいさ」
俺はすぐさまサオリに駆け寄って手を引き、男子学生と共に家庭科室から出た。
そのままA組の教室に向かうべく、男子学生の後ろをついていく。
「サオリも大丈夫か? ケガは無いか?」
「うん、大丈夫。……ごめんね、お兄ちゃん巻き込んじゃった」
「兄妹だろ。なにも問題ない。……アイツはそのうち殺しておく」
「え……?」
「ハハッ……、なんてな。冗談だ」
俺はあわてて作り笑いを浮かべた。




