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第18話:みんな地獄に堕ちろ

星曆(せいれき)一九〇七年(光分(こうぶん)四〇年)・四月:月輪皇國(がちりんこうこく)架筧町(かかけいちょう)


 俺たち兄妹はそのまま入学式に出席した。

 路面氣動車(トランヴァイ)の運行停止の影響で開始時刻に間に合った分家の子息は少なく、スカスカの席に座る俺たち二人はかなり浮いていた。

 本家の貴族たちは怪訝(けげん)な顔でこちらを見ていたが、(サオリ)は満足そうだ。

 やはりというべきか、途中参加してきた分家たちを本家の連中は鼻で笑っていた。

 ……俺はなるべく実妹(サユリ)の方を見ないようにした。


 学園運営者による祝辞が始まるが、そこに学園長である鵈澤(みさごさわ)ソウイチロウの姿はない。連続拉致事件の黒幕のご尊顔をぜひとも拝みたかったが残念だ。

 っていうか学園長が入学式を欠席するって常識的にどうなんだよ?


 偉そうなオッサンのスピーチが始まる。

 やれ天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼すべしだの、やれ京師還幸(ホンフォグララス)だの、やれ捌島壹宇(やしまいちう)だのと、心底どうでもいい話を垂れ流し始めたので聞き流した。


 午前中のうちに入学式が終了する。本日はこれにてお開きだ。

 俺は実妹(サユリ)に捕まる前に学園を出るため、戸籍上の妹(サオリ)を昼食に誘った。なにがなんでもサオリと経歴のすり合わせをしたかったので、半ば強引に連れ出す。

 もちろん俺の奢りだ。


 運行を再開していた路面氣動車(トランヴァイ)に乗り、ハイカラなヴァラヒア料理レストラン『コロアナ・アウリエ』へ向かう。

 『コロアナ・アウリエ』は太平寮(たいへいりょう)に近く、道に迷うことはなかった。

 ここは協和國の連絡員と接触するときに使用する予定の店であり、店主も協和國の協力者だった。

 カモフラージュも兼ねて戸籍上の妹(サオリ)を連れてきたのだった。

 店内に入ると電氣蓄音器(レコードプレーヤー)からヴァラヒアの陽気な民謡が流れていた。竹針を使用しているせいか高音域に伸びが無いが、それでもあのモデルは一般的な労働者の年収と同じだけの価格だ。協和國に協力する見返りとして入手したのだろう。


 戸籍上の妹(サオリ)(おとり)に使うのは、やはり気が進まない。

 しかし作戦の成功が最優先だ。この娘にはなるべく迷惑をかけないようにしたいが、本来の目的を忘れてはいけない。

 女給(ウェイトレス)に店の奥の半個室へ通される。

 俺は事前に用意された通りの経歴をサオリに説明した。――孤児院に捨てられたあと、鉱山労働者になったこと。鉱山で楽しく元気に働いていたら、監督に気に入られて色々な資格を取らせてもらったこと。二十歳になる前くらいに血液の後天的青化が起こり、鉱山のお偉いさんが両親に連絡を取ってくれたこと。結局、両親とは一度も会わずに学園へ来たことなどだ。

 サオリは俺の話を聞いて、『元気でいてくれて本当に良かった……』と涙ぐんでいた。

 おい、泣くな。全部ウソなんだから……。


 一通り話し終えた俺は、サオリから両親のことを聞き出そうとした。

 運ばれてきた『鶏肉の人血煮込み(パプリカヘンドル)』をなるべく行儀よく食べながら、サオリの話に耳を傾ける。

 サオリ曰く、両親の夫婦仲は冷え切っており、会話の内容も家庭内の話題より人間牧場(ヴィエ)における仕事の要件の方が多いのだという。

 サオリは女学校を卒業してから本家の人間牧場(ヴィエ)で働いていたそうだ。しかし、ある日いきなり本家から連絡が来て、学費は本家が払うから吸血鬼學園(ショロマンツァ)に行けと言われたらしい。

 しかも、そこにかつて孤児院に捨てられた兄もいると聞いて驚愕した。なにしろ両親からは兄が存在するなんて聞かされていなかったのだから。


 やはり、戸籍上の妹(サオリ)は何も知らないようだ。

 ――軅飛(たかとび)男爵家が協和國に内通していることも、両親が本家に(サオリ)を売り渡したことも、俺が鷹野ジン(本当の兄)ではないことも。

 俺は抜けない棘のような罪悪感から逃れるために、高価なデザートを注文するように(うなが)してしまった。


「なあ、あの黒板(メニューボード)見てみ。紅血(スンジェ・カルミン)アイスクリンの在庫があるんだってさ。数量限定だぜ。食べないか?」

「あんな高級料理ダメだよ。私、お金足りないかもしれないし……」

「ん? なに言ってんだ? 俺が誘ったんだからココの食事代は全部俺が払うって最初に言ったじゃないか」

「……ホントに大丈夫なの?」

「実は鉱山でけっこう金鉱石を掘り当ててな。貯金ならタンマリあるんだ」


 もちろんウソのエピソードだ。

 請求金額が跳ね上がりそうだが……、どうせ特務機関の経費で落ちるから問題ない。俺のカネじゃないから痛くも痒くもない。

 女給(ウェイトレス)を呼んでデザートを注文する。

 九歳以下の健康な児童から徴血した早摘みの高級血液である紅血(スンジェ・カルミン)をふんだんに使用したアイスクリンは絶品で、二人そろっておかわりも注文してしまった。

 結局、調子に乗って飲み食いしたら財布の中には万札が一枚だけしか残らなかった。危なかったぜ……。


 会計して店を出ると、すぐ近くのタクシー乗り場でタクシーを待つ。その間に残っていた万札をタクシー代としてサオリに握らせた。

 そこで、サオリが話しかけてきた。


「ねえ、お兄ちゃん……」

「ん?」

「……私のこと(うら)んでない?」

「ハハッ、なんで恨むんだよ? 恨む理由がないだろ?」

「……パパとかママのこと、恨んでない?」

「うーん、あんまり。鉱山では良い人にたくさん出会えたし、良いこともたくさんあったからなあ」

「……そっか」

「サオリ、大丈夫だよ」


 そういうと、サオリの肩にポンと手を置いた。


「……ほら、タクシー来たぞ。また明日な」

「うん。今日は本当にありがと♪」


 タクシーに乗ったサオリを見送ると、俺は日傘を差してから太平寮(たいへいりょう)に向かって歩き出した。

 歩きながら、頭の中で”本物のジン”のことを考える。

 ――アイツなら何と言っただろうか? いや、俺がアイツの立場だったら何と言うだろうか?


 たぶん、『みんな地獄に堕ちろ』かな。



星曆(せいれき)一九〇七年(光分(こうぶん)四〇年)・四月:月輪皇國(がちりんこうこく)架筧町(かかけいちょう)


 入学式終了後の夜、すぐに安平機關(やすひらきかん)へ『作戦失敗になりかねないトラブルが発生』という暗号文の手紙を提出した。

 その数日後、『コロアナ・アウリエ』にて吸血鬼の諜報部員と落ち合った。

 実働部である牙白支隊(きばしろしたい)のメンバーは人間ばかりだから、怪しまれないために来なかったのだろう。


 俺は実妹(サユリ)と遭遇したことを正直に報告した。……が、『たぶんバレてない』と言ってしまった。悪いが二百億(もんめ)がかかってるんでな。ここで引き下がるつもりはない。

 もしサユリに通報されたら自決するだけだ。俺が死んだ後のヤシマなんか、後は野となれ山となれだ。

 なんか言葉を(にご)していたが、実妹(サユリ)が同学年にいたのは諜報部の確認ミスらしい。ふざけんなや。

 『作戦失敗になりかねないトラブルが発生』の連絡が来た時点で、俺はすでに作戦の”主体”から”(おとり)役”に変更されているそうだ。『他のスパイに調査させるから、学園内の人間牧場(ヴィエ)については無理に首を突っ込まなくていい』んだとさ。


 それはいいんだけど、『人間化手術レネゲイド・プロトコル』は受けさせてもらえるのだろうか?

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