第2話:文句があるなら死んだ後に言え
■星曆一九〇七年(光分四〇年):日乃本協和國と月輪皇國の国境付近/時刻は夜
砲撃と地雷の爆発で穴だらけになった丘陵を、十数両の《卅一式對空戰車『火象』》と随伴歩兵たちが駆け抜けていく。
その上空に”猫よりも大きなコウモリ”――鬼コウモリたちが襲来し、美しい満月を黒雲のごとく遮った。
対空戦車の投光器からは不可視の紫外線が照射されているはずだが、よく訓練されているのか鬼コウモリたちは苦手なはずの紫外線を恐れずに突っ込んでくる。
鬼コウモリたちが次々と《參號落下傘爆雷》を投下していく。
開傘した落下傘が対空戦車の行く手に吹雪のごとく降り注ぎ、地表に落着した瞬間に爆発。
爆弾の破片が随伴歩兵の手足を吹き飛ばす。
吸血鬼軍の爆彈コウモリ戦法は人類側にとって厄介極まりない。
吸血鬼の歩兵が《火象》に向けて《PE md.94戰象獵銃》を射撃する。
強烈な爆発音とともに13.2×94mm獵銃彈が放たれ、戦車の上に乗っていた狩兵が真っ赤な血糊へと変わる。
すると、赤い血糊に塗れた対空戦車の砲塔が回転し、吸血鬼の歩兵部隊を正面に捉えた。
火炎放射器が文字通り”火を噴く”――。
1,000℃の大瀑布が押し寄せ、吸血鬼たちは黒コゲなって死んだ。
すぐに酸欠で意識を失ったはずだから、そんなに苦しまなかっただろう。
そのまま火炎放射器の射角が上がり、燃え盛るゼリー状の燃料が黒い夜空を真っ赤に焼き焦がす。
羽虫のごとく飛び交っていた鬼コウモリたちが火だるまになり、流星群のように地表へと落ちていく。ガスト式の対空機銃から放たれた銃弾が鞭のような弾道を描き、鬼コウモリたちを次々と叩き落としていく。地表には青い血肉の霙が降り注いだ。
その最中、夜闇に紛れて対空戦車の砲塔が向いている方向とは逆側の空から翼の生えた人間が落ちてくる。
否――あれは人間ではない。吸血鬼だ。
吸血鬼軍の花形ともいえる有翼龍鬼兵が対空戦車の上に降り立ち、内側から鍵がかけられた搭乗ハッチを無理やりこじ開けようとしている。
手榴弾を投げ込む気か――。
俺は《九式手動獵銃》をしっかりと両手で構え、高射表尺を立てたままのアイアンサイトに有翼龍鬼兵を捉えた。
有翼龍鬼兵は鬼コウモリたちの肉体を無理やり捻じ曲げて形成された肉翼を背負っているため、その図体は大きく膨れ上がっている。この距離ならば雑に狙ってもあの巨体を外さない。
△型の照星と○型の照門を重ね合わせ、人差し指と中指を両方使ってバカみたいに重い引き金を引き絞る。
爆発――。強烈なマズルフラッシュと異様な金切り音が目と耳を劈く。
13.2/9×94mm口径漸減彈が銃身内で研ぎ澄まされながら加速し、鉄の杭となって銃身から射出された。
必殺の一撃は過たずに吸血鬼へ死をもたらす。
鉄杭が蜃氣樓の盾を軽々と貫通。
有翼龍鬼兵は胸部のド真ん中を抉り取られて即死した。
吸血鬼は脳と心臓と生殖器だけは再生しないのだ。
その死体は戦車の上から転がり落ち、後に続く対空戦車の履帯に巻き込まれて青いミンチとなった。
対空戦車が鋼鉄の履帯で死にかけの吸血鬼たちを挽き潰しながら前進していく。
俺は銃に次弾を装填するべくボルトハンドルを握ろうとして、腕が上がらないことに気が付いた。
先ほどの射撃の衝撃で肩関節が外れていたのだ。
味方の歩兵たちが空中の爆彈コウモリめがけて《八式自動雷銃》を乱射しているのを確認しつつ、隊列の後ろに下がって肩関節を嵌めなおし、改めてボルトを前後動させた。
この13.2mm銃は弾だけでなく肩関節もリロードを要求してきやがる。
その時、東側の丘から轟音が響き渡った。
対空戦車の装甲に火花が咲き、履帯が吹き飛ぶ。どうやら吸血鬼側も戦車を用意していたらしい。
擱座した《火象》めがけて爆彈ネズミたちが殺到し、対空戦車は蠢く小山となる。するとネズミたちに取り付けられていた時限爆弾が次々と爆発し、対空戦車は完全に破壊された。搭乗員は当然助からないだろう。
上官が鎧う《卅三式狩兵具足『孃矩吒』》の六連狙擊眼鏡がリボルバーの弾倉のごとくガチャガチャと回転し、遠方にピントを合わせた。
狩兵具足は騎体頭部に備え付けられた近赤外線受像眼鏡により、夜闇の中でも視界を確保できる。
「チッ、敵の戦車どもが地形を活かして車体を防御してやがる」
戦場を俯瞰した上官が悪態をつく。どうやら吸血鬼軍の運用する《貳號機械戰象『茨木』》たちがこちらの戦車部隊を待ち伏せていたらしい。
何やら上官がブツブツと無線で話している。
しばらくすると上官が振り向き、後ろで待機していた療化隊の兵士たちに向けて命令を下した。
「いいかお前らァ、これから敵戦車を潰しに行く! 南側の林に隠れて側背に回りこめ! 《茨木》の側面装甲は薄いから《九式手動獵銃》も通用するはずだ! 敵の列車砲はこっちの多薬室列車砲が仕留めたから安心して走れ!」
東側の丘と南側の林を指さしながら上官は叫ぶ。
しかし対空戦車の援護なしで突っ込めば、上空から爆彈コウモリや有翼龍鬼兵部隊が襲い掛かってくるだろう。吸血鬼の基本戦術である地空統合戦闘にとって対空防御なしの地上部隊はただのカモだ。
空軍による航空近接支援を期待したかったが、頭上ではレシプロエンジンの轟音とパルスジェットエンジンの爆音が不協和音の協奏曲を奏でており、地上のことにまでは気が回らないようだった。
「拉致されたガキどもを奪還するために出撃してんだ! ここで足止め食らったら相手の思うツボだ! テメェらは人間になりたいんだろ⁉ だったらここで協和國への忠誠を示せ!」
そうだ、俺たちの作戦目標は”吸血鬼に拉致された子供たちの奪還”。
拉致犯が月輪皇國領内に逃げ込む前に取り押さえなければならない。
……そのためには無理してでも敵の防衛線を突破するしかない。
「文句があるなら死んだ後に言え! よし、行け! 行け! 行け!」
ヨレヨレの野戦服を着た吸血鬼たち十数人が《九式手動獵銃》や《八式自動雷銃》を携えて一斉に地面から起き上がり、南側の林に突入していく。
姿勢を低くして木々の間をひた走る――。
出撃したときから半分くらい人数が減っていたが、細かいことを考えるのはやめた。
上空を旋回していた有翼龍鬼兵たちがこちらに気づき、《CA md.84/6.5機關騎銃》を掃射しながら急降下してくる。6.5×58mm雷銃彈が雨のごとく降りそそぐも、林の枝葉によってほとんどの弾丸は遮られた。
他の味方が地上に降り立った有翼龍鬼兵との白兵戦に突入する中、俺を含む数名は会敵することなく林の中を駆け抜け、茂みから飛び出した。
それと同時に轟音が響く。
運が良いのか悪いのか――、目の前には主砲の75mm砲を発射したばかりの《茨木》と随伴歩兵がいた。
《八式自動雷銃》を持つ味方が先行して突撃し、随伴歩兵を次々と撃ち殺していく。
対戦車兵器を持っているのが俺だけであることを確認――。
素早く木の後ろに隠れて《九式手動獵銃》を構えた。
左側面をさらす敵戦車に狙いをつける。《茨木》はヘッセルマンエンジンを搭載しているため、引火しにくい輕燃素油で駆動する。
そのため、車体後部のエンジンや燃料タンクを破壊したとしても、大爆発を起こすということは滅多にない。
――だから、俺が狙うべきは車体側面に配置された”弾薬庫”だ。
引き金を引き絞――ろうとするも、直前で随伴歩兵から妨害射撃を受けてしまった。
敵の銃撃によって折られた木の枝が頭上から降り注ぎ、《九式手動獵銃》の銃身に当たって狙いが逸れる。
口径漸減彈は車体下部に命中したが、装甲を削り取っただけで終わった。
これでは戦車の装甲をノックして来客を知らせただけじゃないか……。
《茨木》がこちらの存在に気づく。
ヘッセルマンエンジンが底冷えする唸り声をあげた。




