第16話:鋼鉄の駿馬
■星曆一九〇七年(光分四〇年)の四月:月輪皇國/架筧町/時刻は朝
吠え猛る鋼鉄の駿馬がうら若い男女を乗せ、春風を切り裂きながら疾駆する。
暖かな陽気の中を風と共に吹き抜ける感覚が心地よい。
俺はすぐに線路の通る道を逸れて、速度の出せる大通りに侵入した。
「ちょっと、通学路から逸れて本当に大丈夫なの⁉」
「任せとけ!」
学園が位置する架筧町の地図は頭に叩き込んである。
路面氣動車の線路が通る道路は学園に対する最短距離ではない。
こっちの道は片側三車線だし、なにより信号がほとんどない。
やはり大通りに入ると速度の乗りが違う。
ギアを上げてスロットルを全開にすると、エンジン回転数を表す赤い針が眉根のごとくピッと跳ね上がる。
直後、《CN740》の馬躰がブルッと震えて肉食獣の唸り声かと聞きまごう重低音を轟かせた。
駿馬は舗装された道路を軽快に駆け抜け、何台ものトラックを追い越しては次々とその背景に付け加えていく。
左手首に巻いたエタポン社製の安い腕時計で時刻を確認する。
入学式のスケジュール表には『午前10時に正門前集合』と書いてあったはずだ。
このままいけば余裕で間に合うだろう。
そう思った瞬間、バックミラーがキラリと光った。
「サオリ、伏せろ!」
二人同時に身をかがめると、頭上を鬼コウモリの足爪が掠めていった。
「うわ、なにアレ……!」
「チッ、なんだこりゃ……」
奇襲の初撃を躱されたからか、後ろからだけでなく、前方の上空にも鬼コウモリの大群がウジャウジャと湧き出す。
鬼コウモリとは吸血鬼ウィルスに感染したコウモリであり、翼を除いたその体躯は普通の猫と同じくらいある。一般的なコウモリと比べて狂暴になっているのは間違いないが、なぜこちらに襲い掛かってきているのか分からない。
前方から鬼コウモリたちが徒党を組んで突っ込んでくる。
燃料タンクを膝でホールドし、車体と身体が一直線の姿勢を作る。
体重移動で車体を傾けて右に左に蛇行しながら鬼コウモリの突進を回避した。
「お兄ちゃん、前の標識が倒れそうだよ!」
「えっ……⁉」
少し遠くの路肩に立っている木製の標識柱を見やると、その根元に鬼ネズミたちが噛り付いていた。
そのまま柱がバキバキと大きな音を立てて倒れ、三車線のほとんどを塞いでしまう。
「掴まりな!」
俺は後部座席に座っているサオリに声をかけた。背中から回された華奢な腕がより一層キツく締まる。
右のバックミラーをチラリと見て後ろに他の車両がいないことを確認。よし、スロットルは緩めなくていい――。
車体を緩く傾けて一気に左側から右側の車線へと移動。間一髪で倒れた柱とガードレールの隙間をすり抜ける。
《CN740》は縦置き水平対向エンジンのため、車体の左右にシリンダーブロックが張り出している。各シリンダーが上方に5度傾いているとはいえ、無茶な車体の傾けをしたらエンジンを地面に擦ってしまう。
しかし、その構造がかえってリミッターとなり、後部座席に座るサオリを振り落とさずに済んだ。
「大丈夫か⁉」
「うん!」
バックミラーを見ると後続のトラックが次々と停車しており、運転席から降りてきたドライバーたちが頭を抱えていた。
あんたら吸血鬼なんだから協力したら退かせるだろ。
悪いけど先に行かせてもらう。
――そして、いまだにバックミラーに映り続ける鬼コウモリに俺はブチギレた。
「いい加減しつこいぞ!」
左スロットルを全開にしたまま、燃料タンク右横の拳銃嚢から《VP-803拳銃》を引き抜く。
柔らかい亜鉛合金製のスライドを口に咥え、犬歯を突き立てて固定。右腕で銃本体を前進させ、空の薬室に初弾を装填する。
この拳銃には安全装置の類が一切ないから、初弾を抜いておくことが安全装置代わりになるのだ。
《VP-803拳銃》――。
アージェンティア合衆國率いる人類解放條約機構が大量発注して吸血鬼の勢力圏内にバラまいた”安価かつ単純な拳銃”である。
『人間牧場の人血畜たちはコレを拾って吸血鬼を撃ち殺せ』というワケだ。
河川敷に行ったらその辺に一つくらいは落ちてるから、いつも乗っているライダーが拾った拳銃を挿しておいたのだろう。
拳銃を持った右手がズッシリと重い。
使用する9×21mm彈は、拳銃弾というカテゴリーの中では火薬量が多い弾種だ。普通だったら拳銃側に火薬の爆発エネルギーを抑え込む複雑な機構が必要となる。
ところが《VP-803拳銃》の設計はシンプル極まりない。
なんと、拳銃自体の重量をバカみたいに重くすることで無理やり火薬の爆発エネルギーを抑え込んでいるのである。
俺は前方から突っ込んでくる鬼コウモリに拳銃を向け、引き金を引いた。




