第15話:鷹野サオリ
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・四月:月輪皇國/架筧町/時刻は朝
「よう、サオリちゃん。探したぜ」
鷹野サオリを見つけ出し、俺は声をかけた。
どの辺にいそうか目星をつけていたので、学園を出発してから見つけ出すまでに10分もかからなかった。
彼女は路面氣動車の停留場に設置された長椅子に座り、水筒を傾けていた。
なかなか画になっている。カメラがあったら撮りたい気分だった。
「あっ……、ジンさんですか? 初めまして」
そういうと、サオリは楽にしていた姿勢を正してペコリとお辞儀してくれた。
美しく青みがかった濡烏の二つ結いが形の良い頭と共に揺れる。
「どうも、初めまして。……いやあ、大変だったね。路面氣動車が止まったって聞いたよ」
俺はバイクから降りてスタンドを立てると、サオリの隣に腰かけた。
初対面の娘の隣に座るのは気が引けたが、太陽の位置が悪く、停留場の上屋が作り出す日陰の面積が少なくなっていたので仕方ない。
日はすっかり昇っており、残念なことに天気は快晴だ。吸血鬼にとってはなるべく出歩きたくない天気となっている。
サオリは停車した路面氣動車から降りて、ここまで線路伝いに歩いてきたのだろう。同じく徒歩で学園を目指す学生たちがまばらに見えた。
「うん。前を走ってる路面氣動車が動かなくなったから、ここで降りろって言われてさ。そっから歩きっぱなしだよぉ……」
サオリは”トホホ……”というコミカルな顔をしてみせた。
コイツ、かわいいな。
「初っ端から災難だったな」
「ホントねぇ。……ところでジンさん、そのバイクは何? 私物? まさか盗んできたわけじゃないよね?」
「失敬な。学園で借りてきただけだ」
「えっ、学園に着いてたの? じゃあなんで……」
「妹をほったらかしてノコノコ入学式に出席なんて出来るワケないだろ、兄として」
そういうと、バチンとウィンクして見せた。今のは中々キマったんじゃないか?
……カッコつけてしまったが、実妹に出会ってしまったため気が動転して学園から離れたかったという理由が大部分だった。
「……それで、どうする? 今からバイクを吹かしても間に合うかわからないぞ?」
「えー? 入学式の延期とかは無いの?」
「ああ。本家の貴族連中は徒歩で来れるほど近くの寮に住んでるから、入学式の延期はしないんだとさ」
「なにそれ。こっちだって学費払ってるのに……、結局は本家サマの都合がすべてってことかぁ」
本家サマは入学式に遅れてきた分家連中をクスクス嗤う気だろうな……。と、俺も簡単に予想がついた。
「……なあ、それなら必死こいて学園に行くのもバカらしくないか? 向こうが合わせないなら、こっちも合わせなくていいだろ」
「えっと、どういう意味?」
「あー、つまり……。どうせ今日は授業もないんだし、フケちまわないか? 本家の貴族サマたちだけで、老人たちのありがたーい説法でも聞いてりゃいい。サ店でお茶でもしよう。……お互い、積もる話もあるだろ?」
「……」
実妹と遭遇してしまった以上、もう一度再会する前にカバーストーリーの整合性をしっかりと取らねばなるまい。サオリが協和國の協力者である両親から俺に対する情報をどれだけ聞いているのか気になっていたため、学園に行く前にすり合わせをしておきたかった。
少尉曰くサオリは俺がスパイだと知らないらしいが、自分の娘に何も教えていないというのは本当なのだろうか? 普通はそれとなく教えてそうなものだが……。
返答を待つ。……しかし、サオリは黙りこくってしまった。
やらかしたか? そう思い、慌ててフォローに入る。
「……ごめん、調子に乗りすぎた。たとえ遅刻したとしても出席したほうがいいよな。……そろそろ行こうか。鞄も日傘も重いだろ。ここに入れな」
「うん、ありがと……」
俺は長椅子から立ち上がって、バイクのサイドバックの被せを開いた。すでに俺の学生鞄やマントが入っているが、まあサオリの分も入るだろう。
「ここまで来るの疲れたろ? 後ろの席に座りな。大丈夫、走らないから。遅れても言い訳つくし、バイクは俺が押していくよ」
そう言いながら、俺は後部座席の折り畳み式背凭れを展開した。
背凭れは長らく使われていなかったらしく汚れていた。
仕方がないので俺のマントを使って丁寧に拭き始めた。
「……ねえ、ジンさん」
「ん?」
「その……、ゴメンね。黙っちゃって。いろいろ考えてたら頭がパンクしちゃった」
「謝らなくていいさ。俺の方こそ、いきなり変な提案して悪かった」
「……さっき、”フケる”っていう台詞が出たじゃない?」
「ああ」
「それ聞いてドキッとしちゃった。……自分の考えてたことを言い当てられた気がしてさ。”やっぱ兄妹だと分かるんだ”って」
「どうする? やっぱフケるか?」
「いや、今日はいいよ。……だって、これからずっと一緒にいられるんだもん」
その言葉に少しだけ良心が痛んだ。どうせあと一年程度の付き合いでしかないからだ。
すると、目を伏せた俺の顔をサオリが上目遣いでのぞき込んだ。
「それでさ、お願いがあるんだけど……」
「……なによ」
「私さぁ~、入学式に何事もなく参加して、私たちが遅れてくると思ってる本家サマに目にもの見せてやりたいなぁ~」
そういうと、サオリはニコッと笑った。写真で見たよりずっと美人だった。
「……お願い、お兄ちゃん♪」
「フフッ、よし来た」
乗ってきた《CN740》に鍵を挿入して捻る。揮燃素油コックがオンであることを確認。チョークを引く。キックスターターのレバーに足をかけて何回か踏み下ろすと、寝坊助の馬が起き上がった。
空冷4ストロークサイドバルブ水平対向二気筒エンジンに火が入ったことを確認してすぐにチョークを戻す。
協和國ではすっかり見なくなった旧式のサイドバルブエンジンだが、皇國ではいまだに現役である。アージェンティア合衆國の軍用バイクをそのままコピーしたおかげで、左スロットルに右クラッチレバーと、この世界では一般的な操作系になっていた。
サオリに手を差し伸べる。俺の体に捕まらせながら車体によじ登らせ、後部座席に乗せた。
「よし、飛ばすからしっかり掴まっとけよ」
「うん」
そういうと、サオリは俺の体をぎゅっと後ろから抱きしめた。背中越しに瑞々しく熟れた女体の感触が伝わる。初めて対面した時から思っていたが、やっぱ”デカい”な――。
慌てて右ハンドルバーのクラッチレバーを握り、脳と股間を繋ぐクラッチを切り離した。そのままシフトペダルを左足で蹴り上げてニュートラルから2速に入れる。
普通のバイクは1速で発進するが、《CN740》は重いリアカーを牽引することを考慮した軍用バイクのコピー品であるため、1速ではギア比が高すぎるのだ。
クラッチレバーを優しく戻すと簡単にミートして車体が前進し始める。スロットルをグイと捻って熱い鞭をくれてやると、鋼鉄の駿馬はけたたましく嘶きながら加速を開始した。




