第14話:茨の裏門
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・四月:月輪皇國/平坂吸血鬼學園/正門前
刻が止まる。風が吹く。二人の間に桜吹雪が舞う。
桜木の下で自分の戸籍上の妹となる鷹野サオリを待っていたところ、俺は本当の妹である曾根井サユリと思わしき女に遭遇してしまった。
なぜ実妹がこの場所にいるのか分からない。学園の名簿に『曾根井サユリ』が無いことは確認していたはずだったのに……。
これは非常にマズい状況だった。
今から十年前、俺の母方の叔父が月輪皇國の皇太子を暗殺した。族誅の対象となった俺の親族たちは日乃本協和國へと亡命した。
しかし、腹違いの妹は族誅の対象にならず、月輪皇國に残り続けた。
つまり、もしコイツが本当に実妹だとしたら、俺が”月輪皇國における死刑確定者”ということを知ってるはずだ。
「あっ……、あの、すいません! 妹と間違えました!」
「いっ……、いえ、こちらこそ……。私も兄と間違えました……」
二人してペコペコと頭を下げあう。
もしここで『この人は皇太子暗殺犯の血族です! 捕まえるのを手伝ってください!』と叫ばれたら俺は終わりだ。しかし、人違いだったらとんでもない冤罪になるから、向こうだって下手に声は出せないはずだ。
心臓が早鐘を打ちまくっている。目の前の妹が”俺の人違い”であることを祈るしかない。どうか俺の認知が狂っていますように! どうか俺の頭がおかしくなっていますように!
「俺は鷹野ジンっていいます。あなたも新入生ですよね? よろしくお願いします」
「あっ、はい……。私は囎唹サユリと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
囎唹――ッ⁉ そこで俺の脳に電流が走った。囎唹といえば伯爵家である。そして、曾根井はその分家だった。
そうか! サユリは上級吸血鬼である靑血だったから、分家から本家に引き取られたんだ!
……いや待て、まだ人違いの可能性がある。同名なだけの別人の可能性がある。もうそれに賭けるしかない。
こうなった以上、俺は最善を尽くす。――それは、完全に他人のフリをすることだ。
「すみません、妹のサオリと待ち合わせをしてたんですが、ぜんぜん見当たらなくて……。何か知りませんか?」
「それなら、路面氣動車がエンジントラブルで止まってしまったと聞きましたよ。後続の車両も通れなくなってしまったそうで……」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。私の住んでいる寮はすぐ近くなので、徒歩で来ることができましたが……」
「入学式の延期はされないんですか?」
「それが……。本家の子女は近くの寮に住んでいるので、徒歩だから影響はないだろうと……」
「そうでしたか、ありがとうございます」
そういうと、俺は踵を返して歩き始めた。
「えっ……⁉ どこに行かれるんですか? 入学式は?」
「妹を迎えに行きます」
戸籍上の妹を迎えに行かなければならないというのも本心だったが、今はとにかくここから離れたかった。
「お待ちください……!」
実妹が後ろから俺の腕を掴んだ。……本当に、本ッ当に勘弁してくれ。
南無三――! そう念じて目を閉じた瞬間、仏への祈りが通じたのか助け舟が入った。
「お嬢さま! こちらにおられましたか!」
「モモカ……」
女学生が駆け寄ってくる。サユリ付きの女中だろうか?
「いきなり居なくなって本当に驚きましたよ! さあ、式の前にお写真を!」
「あ、その……」
「すみません。それでは」
俺は帽子をとって会釈すると、なるべく平静を装いながらサユリに別れを告げた。歩きながら手巾で冷や汗を拭うと、水気を吸った日焼け止めクリームがベッタリと付いていた。
……俺はどうすればよかったんだろうか? 正直にサユリへ正体を明かし、協力を仰いだほうがよかったのだろうか? 命乞いでもした方が良かったのだろうか?
いや、何をバカなことを。十年も前に生き別れた兄のことなど、どうでもいいに決まってるじゃないか。下手に正体を明かしたら通報されてお終いだ。
もう、お互い子供じゃないんだから。
俺は桜吹雪が舞う賑やかな正門に背を向け、茨の生い茂る裏門へと歩を進めた。
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・四月:月輪皇國/平坂吸血鬼學園/裏門
「すいません、あそこに置いてあるバイクを貸してもらっていいですか」
「……何に使うんじゃ?」
「妹を迎えに行きます」
学園の裏門に併設された受付では、爺さんがのんびりとお茶を啜っていた。
質素だが皺一つない服を着ているので、下っ端の職員という風体には見えなかった。適度に権力を持っていそうで、押しに弱そうだと思って目を付けたのだ。
先ほど学園を一周した際、裏門の駐車場に学園所有のバイクが置かれているのを確認していた。アレを使えば鷹野サオリを迎えに行ける。どの辺にいるのかは、すでに目星をつけていた。
「うーむ。おぬし、免許もっとるんか?」
「あります」
偽造免許だけど。
「うーむ。あれは郵便局や銀行に書類を届ける時に若いのがよく使うからのう。壊されては困るんじゃが……」
「壊しません」
保証はできないが。
「うーむ。あの車種を運転したことはあるのか?」
「ありますよ。アレって2速発進が基本の車種でしょ?」
これは嘘とも本当とも言えなかった。……というのも、アージェンティア合衆國製軍用バイクの無断コピーモデルだったからだ。
「……うーむ。しかし、実は鍵がなくなってしまってのう」
「えっ……」
「どこじゃ、どこじゃ? もうジジイだから分らんわい。もしかしたら明日くらいには出てくるかもしれんのう」
そういうと、爺さんは受付のカウンターに”バイクの鍵”を静かに置いた。
「……ありがとうございます」
「なに? 何か言ったかの? ワシは最近耳が遠くてな。さて、茶でも注いで来るかの……」
俺はカウンターの上から鍵を掴み取ると、駐車場へ向かった。
数十秒後、裏門にサイドバルブ水平対向エンジンの轟きが響き渡った。




