第12話:平坂吸血鬼學園
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・三月:月輪皇國/軅飛男爵領/洞窟港湾/時刻は夜
少尉から『大慈大悲作戦』の説明を受けた翌日、俺は得上軍曹や隆満伍長と共に《百頭級潛水艦》に乗りこんだ。軍曹や伍長は潜水艦の中で顔色が悪く見えるように化粧したり、青い口紅を塗ったりするなど吸血鬼への変装を行っていた。
予定では到着まで一日ほどかかるそうだ。
距離の割に時間を要している気がするが、まあ鬼シャチがいるから仕方ない。
この世界の海には鬼シャチという”吸血鬼ウィルスに感染したシャチ”の鬼獸がいる。そして、コイツはとんでもなく凶暴で強い。
この世界の漁業や海運がなかなか発展しなかったのは鬼シャチのせいと言っても過言ではない。船旅が距離の割に時間を要するのも、鬼シャチが発するクリック音を探知したら迂回しなければならないためだった。
ちなみに、吸血鬼たちが魚類系變化身を”ハズレ”扱いするのも鬼シャチのせいだ。
予定通り、出航から一日ほどで軅飛男爵領内に位置する”極秘の洞窟港湾”に到着した。
潜航した状態で海中洞窟の中に突っ込むとアナウンスされたときは肝が冷えたが、浮上してみると洞窟の中にしっかりとした港湾施設が広がっていた。なるほど、確かにこれなら外側から発見できないだろう。
着岸すると頭巾を目深に被った吸血鬼の一団が出迎えた。吸血鬼の服装はいかにして直射日光を避けるかが優先されるため、ほとんどがフード付きの服である。
事前に打ち合わせた通り、俺は人間側に所属する吸血鬼代表として折衝を行い、友好感を演出した。
一団がそわそわしているので理由を聞いてみると、どうやら協和國製のイシャファン病特効薬を欲しがっていたらしい。その積み荷を先に降ろしたところ、すぐに台車へ乗せて持って行ってしまった。
……病人がいたのだろうか? まあ、使い道はいくらでもある。闇市で売りさばけばそれなりの小遣い稼ぎにもなるだろう。
連中がいなくなったところで、大量の銃火器や狩兵具足を積んだコンテナを降ろし始めた。やはり協力関係にあるといっても、手の内は極力見せないほうがいい。
荷降ろしを終えると、今度は吸血鬼の一家が潜水艦に乗り込んでいく。
スパイ活動協力の報酬として『人間化手術』を受けさせてもらうのだろう。
まさに《《高飛び》》ってワケだ。
軅飛男爵家は鳥類系の變化身を連綿と継承してきた吸血鬼貴族の家系であり、一時は伯爵だったそうだ。
吸血鬼には”變化身”という『各動物種の特徴を発現させる身体強化状態』がある。燃費のいい哺乳類系や、水中行動可能な魚類系などがその例だ。その中でも『鳥類系の變化身』は飛行能力が底上げされるため、”アタリ”の變化身と言われていた。
ところがヴァラヒア帝國から『コウモリ型成體變化身至上主義』が流入すると状況は一変した。
『哺乳類系變化身の第二段階目であるコウモリ型成體變化身と比べれば、超音波も出せず燃費も悪い鳥類系變化身は劣った血筋』という思想が皇國でも流行り、軅飛家の印象はどんどん悪化。そのまま政争に敗れ続け、婚姻相手も見つからず、家の規模が縮小すると領地を取り上げられ、それに伴って降爵させられるうちにすっかり没落してしまったらしい。
そんなわけで、もう吸血鬼であることに執着がないのだろう。
潜水艦を見送ったあと、隠れ家として指定された場所に向かう。すると、そこには”黒い白鳥の家紋”が掲げられた男爵家所有の邸宅が用意されていた。
本当にここで合ってるのかと軍曹に聞くと、下手に普通の住宅をアジトにするより貴族の邸宅を使ったほうが周辺住民に詮索されなくて都合がいいのだという。
割り当てられた部屋は豪華なホテルのようだった。しかし、すでに敵地に潜入しているということもあり、特にワクワクすることもなく就寝した。
あ、抜くの忘れてたな――。そう思った瞬間、眠りに落ちた。
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・三月:月輪皇國/太平寮302号室
俺は入学式前に学園の学生寮である『太平寮』へ引っ越してきた。
抽選で当選したのは302号室だった。太平寮は三階建てのため最上階である。上の階の物音を気にせずに済むと思うと嬉しくなった。
『分家向け学生寮』とのことだったが、机やベッドといった大型家具は備え付けだし、電気コンロはついてるし、風呂とトイレは別々だし、文句のつけようがなかった。机に大きな傷がついていたが、デスクマットを敷けばまったく問題ない。
この世界の文明は電気をエネルギーの主軸としており、コンロも給湯器も電気で動いている。
星曆元年に降り注いだ大量の隕石とともに地球へ持ち込まれたと思われる『緋々色金』は、銅よりも電気抵抗が低く、銅よりも簡単に採掘できる。世界各地に張り巡らされた電線網は緋々色金なくして存在しえない。
また、ほとんどの戦車や狩兵具足もシリーズ・ハイブリッド方式(發動機で発電機を回して雷電甁に充電し、その電力を使う方式)で駆動している。
ちなみに吸血鬼ウィルスを地球に持ち込んだのも隕石なので、この世界は隕石の大量落着を契機に大きく変容したといえるだろう。
さてと――。
俺は備え付けのカーテンを閉め切り、玄関や窓から死角になる位置に机を移動させる。その机の上に、”工具セットとトランプのカード”を広げた。
工具セットの中には銃のクリーニングキットなども入っていた。皇國では銃の所持は合法だから、そのうち銃砲店で入手しようと思う。
俺は工具セットの中から一つのドライバーを取り出した。今回使うのは、この『組み換えドライバー』である。
一見するとドライバーの先端を付け替えられる便利工具だが、柄の部分には『マイクロフィルムを読み取るための特殊レンズ』が仕込まれていた。マイクロフィルムとは米粒よりも小さく圧縮された写真である。これがトランプに印刷されたイラストに組み込まれているのだ。
懐中電灯に見せかけたバックライトの上にトランプのカードを乗せる。やたらと豪華なトランプのイラストは、ヴァラヒア帝國で信仰されているザルモクシス教の宗教画だった。なかなかどうして美しいじゃないか。
ドライバーの柄に仕込まれた特殊レンズをのぞき込むと、作戦資料が目の前に広がった。
――平坂吸血鬼學園の情報を再確認する。
ここは石橸子爵領・架筧町に位置する由緒正しき吸血鬼學園だ。石橸子爵領はヤシマ列島の東西をつなぐ要衝であったため、社交場として発展した歴史がある。
吸血鬼學園とは吸血鬼の育成を目的とする四年制の教育機関であり、卒業証明書は様々な資格として活用できる。
そして、学園長は『鵈澤ソウイチロウ』侯爵家次期当主――。
スラリとした長身に、抜身の刀を想わせる冷たい色合いの銀髪。男の俺でも惚れ惚れするような美丈夫だ。
問題はコイツである。鵈澤侯爵家は、今回の拉致事件を手引きしていると思われる『ヴァラヒア派』の親玉だった。そもそも石橸子爵領にある学園のトップが鵈澤侯爵家の次期当主なのはどう考えてもおかしいだろ。
そして、石橸子爵家はヴァラヒア派と思われる。
なにしろ吉江丸が停泊させられた雨江灣は石橸子爵領内にあった。
鵈澤侯爵家が率いるヴァラヒア派は、彁具夜皇家が率いるヤシマ派と激しく対立している。
一八六八年に人血畜たちが反乱を起こして日乃本協和國を建国した。これが光分革命である。それ以来、月輪皇國内部では『ヴァラヒア帝國の支援を受けて人間勢力に徹底抗戦すべき』というヴァラヒア派と、『同じヤシマ人同士で殺し合うのはよくない』というヤシマ派で派閥争いが始まった。
ヴァラヒア派が中央政府の意向を無視した行動をとるのはこれが原因だ。
そして、石橸子爵家がヴァラヒア派になった理由についてだが、これもある程度予想がつく。――自分たちの領地である古田峽谷が皇國軍から見捨てられたからだろう。
ヤシマ列島を構成する東海島のド真ん中には東西を二分する參頭山脈が天然の要害として聳え立っており、ここが西側の日乃本協和國と、東側の月輪皇國を隔てる実質的な国境になっている。
しかし、東海島の最南端には古田峽谷という山脈の切れ目があった。ここは石橸子爵領だが、日乃本協和國と国境を接しており、両軍がにらみ合っている。
かつては東西の交通の要衝として栄えていたため道路が整備されており、參頭山脈を乗り越えられない戦車部隊もここなら簡単に侵攻可能である。しかも、ここを突破されると新帝都である『惠土』が位置する坂東島まで目と鼻の先になってしまう。
そこで皇国軍(実質的にヤシマ派)は考えた。
『古田峽谷を守りきるのは無理! なので、石橸子爵領に協和國軍を《《誘引》》し、峽谷を通るときに延びて細くなった協和國軍の補給線を攻撃! 前衛と後続を分断する! 石橸子爵領に取り残された協和國軍の前衛を包囲して撃滅しよう!』……とね。
この戦略は、軍事的にはまったくもって正しい。
しかし、石橸子爵家からすれば『お前の家に殺人鬼をおびき寄せて、それから家を燃やす。協力しろ』と言われているような状況である。納得できるはずがない。だから、石橸子爵家はヴァラヒア派を頼ったのだろう。
もし石橸子爵家が伊泥延キッカを龍角財閥のご令嬢だと認識しているのだとしたら、連れてきた理由は人血畜の補充というよりも『人間の盾』として利用するためなのかもしれない――。
まあ、俺が何を考えても意味がない話だ。
やるべきことは、令嬢を救出することだけ。
それだけ考えていればいい。




