第11話:鷹野ジン
■星曆一九〇七年(光分四〇年)の三月:日乃本協和國の軍学校/時刻は夕方。
「改めて任務を命ずる。本作戦名は『大慈大悲作戦』。上等兵、お前の任務は『学園に入学し、併設された人間牧場に運び込まれた令嬢が誰かを確認すること。そして、どの棟にいるかも調査すること』だ。人間牧場の運営体験授業があるはずだから、そこで探ってこれるはずだ」
胃がキリキリと痛み始めた。戦闘で開けられた胃の穴は再生したはずなのだが……。
「正直なところ、伊泥延キッカは居なくても構わん。ただし、絶対に居ないと証明できる証拠を見つけてこい。伊泥延キッカを含めて、特に懸賞金の高い令嬢が十人いる。貨物列車はその内の一人くらい学園に運び込んでるだろう。十人中一人でもいれば救出作戦をやる価値がある。救出作戦の規模は令嬢の格と人数による。……質問は?」
「自分一人だけですか?」
「お前以外のスパイも用意した。機密保持の観点から、誰がスパイかは教えないがな。……本作戦では龍角財閥からの支援も約束されている。まあ、無いよりはマシだ」
「自分の身分はどうなりますか?」
「お前の名前は今日から『鷹野ジン』になる。名前が似てるのは偶然だ。”背乗り”用にソイツには死んでもらった。経歴をでっち上げたから暗記しておけ」
手元の学生証を見直すと、名前欄には『鷹野ジン』と記載されていた。
「先ほど言った協力者ってのは軅飛男爵家だ。鷹野家は分家にあたるが、分家なんぞ本家の傀儡に過ぎない。軅飛男爵家は安平機關が鼻薬を嗅がせている協力者でな。もし皇國が崩壊したら可能な限り人間化手術を受けさせる約束をしている」
少尉は『可能な限り』を強調した。
「お前の身分のカモフラージュ要員として鷹野家の娘も学園に入学する。戸籍上はお前の妹ということになっている。ソイツは本作戦のことを何も知らないから上手く囮に使えよ」
俺は渡された資料の中から『鷹野ジン』の”本当の経歴”に目を通した。
「……安心しろ。伊泥延キッカは居なくても、人間牧場からの令嬢奪還作戦が成功すれば人間化手術は受けさせてやる。前に言ったボーナスってのは救出した令嬢の格と人数によって額を加算する」
「……了解」
少尉は、俺が『可能な限り人間化手術を受けさせる』という台詞を聞いて落ち込んだと勘違いしたらしく、まったく見当違いなフォローをしてくれた。
実際のところ、俺は”本物のジン”のことを心の底から哀れんでいた。
”背乗り”とは、他人の戸籍を乗っ取ることである。つまり本物のジンは、俺に身分を用意する過程で殺されたわけだ。
『鷹野ジン』は富國強兵法による重税回避のために産み落とされた。しかし、吸血鬼として能力の劣る紫血だったため生後すぐに孤児院へ捨てられた。十歳になると国有鉱山で労働させられ、二十歳になる前には鉱毒による腎不全と骨軟化症で再生が間に合わないほど全身ボロボロだったらしい。
孤児院送りとなった下級吸血鬼の扱いは人血畜よりも悪い。
読み書きもできず、人血もろくに配給されないから知能も低下。工作員の『両親が会いたがってるから実家に行こう』という言葉の意味を理解するにも時間を要したそうだ。
そして実家に帰ることはかなわず、人知れず殺害され、死体は荼毘に付したんだとさ。……今ごろは三途の川で石でも積んでいるのだろうか。
もしカネを手に入れたら、彼の墓を建ててやりたいと思った。
「他に質問は?」
「ありません」
「よし、出発準備を始めるぞ。明日には得上軍曹や隆満伍長と共に潜水艦へ乗ってもらう。行き先は軅飛男爵領の洞窟港湾だ。現地に隠れ家を用意してあるから、作戦の詳細はそこで復習しろ」
「了解」
「……ああ、そうだ。お前にはプレゼントがある。受け取れ」
そういうと、少尉は扇状に広げられた資料の中から薄い雑誌を二冊取り上げ、俺の前に置いた。
正直なところ俺はずっとその雑誌が気になっていた。
というのも、それがエロ本だったからだ。
「ご令嬢たちの集合写真を持ってたら、吸血鬼に見つかった時に作戦が露呈しかねないだろ。そのエロ本はウチの陸軍科学研究所が丹精込めて作った『令嬢の顔をコラージュしたエロ本』だ。特に懸賞金の高い十人分を”二桁の素数のページ”にだけコラしてある。体格や髪形も可能な限り本人に似せた」
「すいません、二桁の素数っていくつですか?」
「11、13、17、19、23……、最後は43ページまでだ。少しは頭使え」
『ドスケベ洗衣院♡二婢目』とかいう知性ゼロのタイトル付けといて頭使えは無ーだろ……。と思いつつ凝ったデザインの表紙をめくると、コラージュとはいえ深窓の令嬢たちがあられもない姿を曝していた。
ずいぶん画質が良く、白黒写真にもかかわらず瑞々しい柔肌の感触が手に取るように分かる。
「特に43ページの伊泥延キッカはよく見ておけよ。胸元のホクロが分かりやすい目印になるはずだ。写真の説明文は暗号だ。解読すると令嬢の名前になる。あと、紛失したら命の保証はできん」
「紛失したらどうなるんですか?」
「財閥の連中がお前を抹殺しにくる。まあ、その前に作戦が失敗してお前は死んでるだろうがな」
「こっちの第一巻……『一盗目』は?」
「そっちは本体である第二巻のカモフラージュだ。内容に暗号はない。ただのエロ本だ」
そうは言われても内容が気になったので第一巻である『一盗目』をパラパラとめくり始めた。こちらも上手く男の情欲を煽る内容だった。
「今日からこれを使って、お前の頭と股間に令嬢の顔と身体を叩き込め」
「……すみません。それについては問題がありまして」
「は? まさか身体機能に障害があるわけじゃないだろうな」
「いえ、その、実は……」
俺は椅子の上で少しモジモジしてから、決心して口を開いた。
「俺、巨乳の娘じゃないと抜けるかどうか確約できないんですけど……」
「善処しろ」
少尉は机の上に広げた資料を片付けると、サッとカーテンを開けた。窓の外はすっかり暗くなっていて、綺麗な満月が空に輝いていた。
満月を見ると豊満な胸部を連想するのは俺が吸血鬼だからだろうか?




