第10話:任務を命ずる
■星曆一九〇七年(光分四〇年)・三月:日乃本協和國の軍学校/時刻は夕方。
「吸血鬼に誘拐された女学生の中には、政財界の大物の娘が大量に含まれている。もちろん現役将校の娘もいる。そいつらによる協和國政府への突き上げがマジで洒落にならない状況だ。……早く開戦しろってな」
……ん? なんかもう、俺の手に負える話じゃなくなってきてないか?
「それは……、もはや戦争になるのではないですか?」
「普通に考えたらな。ただ、協和國もイシャファン病の痛手から立ち直っていない。人員的にも経済的にも戦争は起こせない」
少尉はため息をついた。
「今の状況で皇國が崩壊するのは地政学的に最悪だ。協和國が読み書きもできない人血畜たちの面倒を見なきゃならなくなる。そんな状況で吸血鬼相手に市街戦だの対ゲリラ戦だのするつもりか? ……しかも、皇國が消滅したらヴァラヒア帝國との緩衝地帯を失うことになる。そしたら、アージェンティア合衆國まで介入してくるだろう」
アージェンティア合衆國とは人間側の超大国であり、『人類解放條約機構(HUman Liberation Treaty Organization)』の親玉だ。
ヤシマ列島の東方には大海原が広がっている。そのさらにずっと東方に位置するのがアトラス大陸だ。そのアトラス大陸の南北を統治しているのがアージェンティア合衆國だった。
彼らは『自分たちには天から与えられた”明白的天命”がある』と信じており、善意で人間勢力に対し多大な支援を行っている。明白的天命は”吸血鬼問題の最終的解決”を目標としていた。――要するに、”吸血鬼の皆殺し”だ。
「厄介なことに、皇國政府は非公式に”遺憾の意”を表明してきている。要するに『拉致事件は勝手に動いてるヤツらのせいであって中央政府の指示ではない』ってことだ」
「……しかし、一か月前に戦闘した際は戦車も戦闘機も出てきました。あれは皇國軍の所属ではないのですか?」
「皇國側は防衛戦のつもりだったんだとさ。つまり、協和國軍は拉致犯を追っていただけだったが、皇國軍からすれば協和國軍による軍事侵攻が始まったと勘違いして出動したワケだ。……吉江丸の件も、お前が参加した戦闘も、『とある侯爵家』の手引きらしい」
ヤシマ列島は休戦状態だが、皇國の国力は協和國と比べて格段に劣っている。皇國側から休戦協定を破るメリットは無い。
もちろん皇國政府の言い分がすべて嘘の可能性もあるが……。
「戦争はできないが、荒事じゃなきゃ解決できない問題がある。そこで本作戦の”スポンサーたち”は俺たち安平機關に目を付けた。”皇國内のスパイ網を利用して、拉致された娘たちを取り返してきてくれ”――ってのが依頼内容だ。これについては協和國軍も協和國政府も黙認している」
そういうと、少尉は扇状に広がった資料の中から、さらに追加で白黒写真を俺の前に押し出した。
「そして、お前には大役が用意してある」
そこには目を見張るほど艶やかな女性が映し出されていた。
写真というより、もはや一枚の絵画だった。
「伊泥延キッカ――、龍角財閥のご令嬢になる。コイツの救出がお前の最優先目標だ」
「え゛っ……」
龍角財閥といえば伊泥延家が興した日乃本協和國最大の財閥である。金融業を中心として、運送貿易業、不動産業、化学産業、製造業――ありとあらゆる産業種に食い込み、多大な利益を上げている。
特に龍角重工業は、日乃本軍の戦車、軍艦、戦闘機――そして狩兵具足の製造を担っている巨大軍需企業だ。
「皇國内の協力者から得た情報によると、この女は平坂吸血鬼學園に併設された人間牧場に運び込まれたらしい。それが事実かどうかは分からんが、少なくとも吉江丸が停泊した港湾から学園に向けて、貨物列車が”何か”を輸送したことは裏付けが取れてる」
「……学園の掃除夫にでもなって、ご令嬢がいらっしゃるかどうかの確認をするんですか?」
「違う。それだと時間がかかるし不確実性が高すぎる」
そういうと、少尉は扇状に広がった資料の中から学生証を押し出した。その学生証には、鏡の中に見たことがある顔が貼り付けられていた。
「お前が学生になって学園に潜入するんだ。一か月も教育する時間があったのは四月の入学式まで時間があったからだ」
「……俺、尋常小学校すらマトモに卒業してないですよ? 歳も20だし……」
「療化隊で最低限の教育は受けてるだろ。吸血鬼學園は15歳から入学できるから年齢についても問題ない。自動車教習所みたいなもんだ。同学年にはお前より年上も年下もいる」
「……」
胃がキリキリと痛み始めた。戦闘で開けられた胃の穴は再生したはずなのだが……。
「改めて任務を命ずる。本作戦名は『大慈大悲作戦』。上等兵、お前の任務は『学園に入学し、人間牧場から令嬢を奪還すること』だ」




