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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

村の食堂にまたまた子犬がいる

作者: denbun
掲載日:2026/02/04

習作です。

前作 https://ncode.syosetu.com/n8053ls/

前々作 https://ncode.syosetu.com/n3309ls/

山あいの村の朝はいつも通り、宿屋兼食堂『銀の深鍋』の厨房から漏れる柔らかな音で始まった。

「アーサー、そこをどいて。お掃除するから」

リナの明るい声が響く。看板犬アーサーは、定位置である暖炉の前から一歩だけ横にずれ、わざとらしく大きな欠伸をした。

昨夜は迷宮周辺の結界に微かな綻びを見つけ、人知れず修復してきたため、少々眠い。しかし、そんな疲れも、厨房から漂ってくる香ばしい匂いが吹き飛ばしてくれた。

「はい、お待たせ。今日は特別に、昨日仕入れた地鶏のレバーとミルクのパン粥よ」

リナが差し出したボウルには、栄養たっぷりの朝食が盛られている。アーサーは「クゥーン」と愛らしく鳴いてみせると、一心不乱に食事にかじりついた。

(これだ。この濃厚なレバーの旨味と、ミルクの優しい甘さ。真夜中の結界修復などという無給の労働も、この一皿のためにある)

琥珀色の瞳を満足げに細め、アーサーが最後の一口を飲み込んだその時。 村の静寂を切り裂くように、場違いなほど豪華な四頭立ての馬車の轍と、騎士たちの馬蹄の音が宿の前に響き渡った。

「なんだ、この朝っぱらから。客にしては騒がしすぎるな」

厨房で野菜を刻んでいたバートが、窓の外を一瞥して吐き捨てた。車体には金細工の紋章が輝き、周囲を固めるのは、磨き上げられた鎧に身を包んだ騎士たち。

アーサーは鋭い鼻をひくつかせる。高級な香水の裏に隠れた、傲慢さと強欲。そして、馬車の中に潜む「異質な力」の気配。馬車から降り立ったのは、二十代半ばの若き貴族、隣領を治めるカイル子爵だった。

「ほう、ここが迷宮の麓の村か。貧相な場所だが、空気だけは澄んでいるな」

カイルはシルクの手袋で鼻を抑えながら、村長とバートが待ち構える『銀の深鍋』へと踏み込んできた。その後ろには、一人の中年男が影のように従っている。男の手には、青く光る水晶が嵌め込まれた杖。それを見たアーサーの背筋に、微かな緊張が走った。

(……鑑定士か。それも、ただの道具鑑定じゃない。魔力の波長を読み取る専門家だ)

「単刀直入に言おう。この村は明日から、我が領地に合併されることとなった」

カイルは宿屋のテーブルに、仰々しく封印された書状を叩きつけた。

「……合併だと? 村長、そんな話聞いてるか?」

バートが問い詰めるが、村長のトーマスは真っ青な顔で首を振る。

「バカな! 我が村は建国以来、王家直轄の自由村として認められているはずだ!」

「その特権は、迷宮の管理義務を果たすことが条件だ。先日の魔物溢れ、そして昨日報告された怪鳥の出現。君たちは迷宮を制御できていない。これは立派な契約違反だよ、村長さん」

カイルは嘲笑う。彼の狙いは明白だ。迷宮から産出される魔石の利権を独占し、自身の出世の足掛かりにすること。

リナが震える声で反論した。

「でも、怪鳥は謎の雷が倒してくれたわ! 村は守られたんです」

「フン、出所不明の力など余計に危険だ。とにかく、この合併契約書にサインしろ。拒めば、滞納している王都への献上金を即座に一括で支払ってもらう。……払えるかな? この貧乏村に」

カイルの視線が、部屋の隅にいたアーサーに止まった。

「……おや。その犬、少し変わった毛並みをしているな。銀鼠色の中に、まるで宝石のような青みが混じっている」

カイルの目が、鑑定士に合図を送る。

「ギル、見てみろ。あれは珍獣ではないか?」

ギルと呼ばれた鑑定士が、アーサーに杖を向けた。

(しまっ……!)

アーサーは咄嗟に全身の魔力回路を閉鎖した。雷狼の力を使えば、この鑑定石は一瞬で跳ね上がり、正体が露見する。しかし、無防備に調べられれば、身体構造の異常から「ただの犬ではない」ことを見抜かれる。

アーサーは咄嗟に、厨房の隅にあった鉄製のバケツに身体を擦り付けた。 カチリ、とギルの鑑定石が反応する。

「……いえ、子爵様。魔力の反応は極めて微弱。ただの雑種ですな。おそらく、この土地の特殊な鉱石に身体を擦り付けて、毛に成分が付着しているだけでしょう。ただの野良犬です」

「なんだ、つまらん。王妃様への貢ぎ物になるかと思ったが、汚らわしいだけか」

カイルは吐き捨て、リナを指差した。

「おい、女。契約の準備ができるまで、ここで最高の食事を出せ。不味ければ、即座にこの宿を差し押さえるぞ」

アーサーの琥珀色の瞳に、静かな怒りが宿った。リナは悔しさに唇を噛みながら、厨房へと向かう。バートも無言で包丁を握り直すが、相手は貴族。物理的な反抗は、村の滅亡を意味していた。

(暴力を使わずに、この傲慢な男を追い払う。……雷狼の力、こういう時こそ知能(インテリジェンス)の出番だ)

アーサーは静かに動き始めた。 雷を「放つ」のではない。周囲の空気を操作し、静電気による高度な結界を室内に張り巡らせる。

まず、カイルが椅子に座ろうとした瞬間だ。

「――あだっ!?」

カイルが飛び上がった。椅子の革張りと彼のシルクのズボンの間に、特大の静電気が走ったのだ。

「何だ、この椅子は! 手入れもできんのか!」

次に、彼がワイングラスを手に取ろうとしたとき。アーサーはグラスとカイルの指先の間の電位差を極限まで高めた。 パチッ!!

「ひっ!? 指が……指が痺れた!」

グラスが床に落ち、高価なワインがカイルの白いズボンに大きなシミを作った。

「子爵様、大丈夫ですか!?」

鑑定士のギルが駆け寄るが、アーサーは彼の持つ鑑定杖にも細工を施した。 電磁力を使って、杖の中の回路を微細に狂わせる。

「……お、おかしい。鑑定石の針がデタラメに回っております。この建物、地磁気が異常に乱れているようですな!」

カイルは苛立ちを募らせ、懐から「不正な合併契約書」を取り出し、テーブルに広げた。

「ええい、さっさとサインさせろ! こんな呪われた宿、一刻も早く取り壊して……」

(そこだ)

アーサーは床を這うように移動し、カイルの足元へ。彼がペンを持とうとした瞬間、アーサーは自身の毛並みから、強力な「指向性磁場」を放出した。カチカチカチッ!!カイルの服に付いていた金装飾や、ポケットの中の硬貨、そしてペン先が、強烈な磁力でテーブルの上の鉄製食器と反発し合った。

「うわあああ! なんだ、何が起きている!」

カイルの身体が椅子ごと後ろへひっくり返る。その拍子に、彼の懐から別の書類が飛び出した。それは、彼が王都の役人と共謀して作成した、「村の収益を横領するための秘密の帳簿」だった。

アーサーはすかさず、静電気でその書類を宙に舞わせ、開いていた窓から外へと飛ばした。

「あ、待て! 私の裏帳簿が!」

書類は、村の広場に集まり始めていた村人たちのど真ん中へ、磁力に導かれるように吸い寄せられていった。

広場でその書類を拾い上げたのは、村で一番の知識人であるバートだった。「ほう、これはこれは……カイル子爵。合併の話の前に、この『横領計画書』について、王都の監査官に説明してもらおうか」バートが書類を掲げ、不敵な笑みを浮かべる。 村人たちからも怒号が上がる。

「な、なぜそれが外へ……! 貴様ら、謀ったな!」

カイルは真っ青になり、鑑定士のギルを振り返る。

「ギル! 何とかしろ、魔法で書類を焼き払え!」

しかし、ギルは首を振った。

「無理です、子爵様! この宿全体が強力な磁場で包まれており、私の魔導杖が完全に沈黙しています。これでは魔法が暴発する……!」

アーサーは暖炉のそばで、欠伸をしながらその光景を眺めていた。

(自慢の杖も、コイルの中に入ればただの棒切れさ)

結局、カイル子爵は村人たちの糾弾と、証拠書類という名の「爆弾」を突きつけられ、ほうほうの体で馬車に逃げ込んだ。

「覚えていろよ、この田舎者ども! 必ず後悔させてやる!」

負け惜しみの叫びと共に、豪華な馬車は猛スピードで去っていった。

村に再び静寂が訪れた。

「ふう、なんとかなったな。まさかあんな書類が都合よく飛んでいくとは」

村長が胸を撫で下ろす。 リナは、床に落ちたワインを拭き取りながら、ふとアーサーを見た。

「ねえ、アーサー。あなた、さっきカイルの足元で何かしてた?」

アーサーは「キャン!」と可愛らしく首を傾げ、リナにじゃれついた。

「……まあ、いいわ。あなたの毛並みは、あの成金貴族に売るにはもったいなすぎるものね」

リナはそう言って、アーサーを抱き上げ、その銀色の毛に顔を埋めた。

その晩。 『銀の深鍋』の食卓には、カイルに出すはずだった最高級の猪肉を使った「黄金のシチュー」が並んだ。じっくり煮込まれた肉は口の中で溶け、サフランの香りが食欲をそそる。

「今日は村の独立記念日だ。アーサー、お前にも特大のをやるぞ」

バートが、たっぷりの肉が入ったボウルをアーサーの前に置いた。

(魔力操作は精神を消耗するが……この報酬があれば、安いものだ)

アーサーは琥珀色の瞳を満足げに輝かせ、熱々のシチューにかじりついた。正体はまだ明かせない。しかし、この小さな村の「経済」と「平和」を守るためなら、雷狼は何度でも「ただの賢い犬」として、見えない電撃を振るうだろう。

窓の外では、カイルを追い払ったときの名残か、小さな静電気の火花がパチリと散って、星空へと消えていった。

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