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天帝の星を導く 〜王族専属風水師  作者: 水無月せん


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8/10

戦の顛末 1

 地形を記して山を下り、川に近づいて流れを眺め、荷物を積んだ船が行き交う水路を見た。時折羅盤を取り出し、方角を確認する。

 自然に手を加えたせいで龍脈が変わっている。山から大地へと広がる気の流れを、龍が降りていく様にたとえ龍脈と呼ぶ。

 有能な風水師がつけば、北州の運気も戻るだろう。修復できないほどの傷ではない。

 王城前の賑やかな通りに戻ってきて、店先で売られている品々を眺め、この土地で収穫できる農作物を把握した。

 お腹が鳴って空腹に気づいた。

 もうすっかり日は暮れている。歩き回ったので疲労は大きいが、北州まで来た目標を達成できた満足感でいっぱいだ。


 でも、ここで見知ったものを活かせるときはあるのだろうか。

 知ることは楽しい。だから別に活かされなくても、知識として蓄えておけばいい。自分一人の楽しみなら責任も伴わず、自由だ。そう割り切って生きていく方が賢いのかもしれないけれど。


 宿に戻ると、夕食の膳の前に二人が座っていた。手はつけられていない。


「ごめん、私が帰るの待っていたの?」


 修名が困ったような表情をした。


「それはもちろんそうですよ。鈴華さまは星苑さまの案内で視察に出かけられたと聞き、私は宿に戻っていました。謁見を無事に終えられたと永成さまに報告したので、かなり元気になられた様子です」

「姉さま、本当にありがとうございます。迷惑をかけて申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる。女装するのは抵抗があったのか、私が脱ぎ捨てた中衣のみを着ていた。


「元気になったのなら良かった。私もいろいろ見て回れたし満足」

「さきほど姉さまへ花束と果物が届きました。お世話になったので、鈴華さまへと。星苑さまのお名前で」


 部屋の隅に置かれた大きな花瓶に、溢れそうな量の花が生けられていた。青や紫などの寒色系でまとめられている。色とりどりの果物は大きな籠に盛られていた。


「体調崩して寝込んでる姉の見舞いって意味かな。とにかくお腹もすいたし、食べましょう」


 並んでいる二人の向かい側に座り、箸を手にとった。どの料理も味がやや濃いめで、白米と合って箸が止まらなかった。


 食べ過ぎてしばらく動けなかったが、窓の外に広がる夕闇を見て気づいた。

 星を観測していない。

 茶を飲みながら話している二人に告げる。


「ちょっと星を見てくる」

「夜道は危ないので、あまり遠くには行かないようお願いします」

「大丈夫。宿の裏にある庭なら、観測にちょうどいいし人も通らないでしょう」


 立ち上がって部屋を出た。

 すぐに、様子がおかしいと気づいた。宿の女主が急足で歩いている。その手に持っているのは鍬だ。

 なにごとだろう。

 不審者が侵入してきたのか。


「あの、何かあったのですか」


 背後から声をかけると、女主は振り向いた。白髪混じりだが動きは若々しいし、口調も力強い。


「遠方からのお客さまには、お騒がせして申し訳ないです。避難が必要なときは誘導しますのでご安心ください。さきほど警戒を促す鐘が鳴ったので民は皆、武器を手にして待機するところです」

「え」


 どういうこと?


 食後にうとうとしていたのか、鐘の音には気づかなかった。女主の話からすると、戦が始まるかもしれないから、北州の民は年齢性別問わず、いざというとき戦う準備をしているということか。


「西州が攻めてくるのですか?」

「はい。いつかは攻め込んでくるかもしれないと、前々から民も危機感は持っていました。漁場で揉めたりと小競り合いは何度もあったのです。籠城や避難にそなえて、これから携帯食を準備しますので、失礼します」


 女主は炊事場へと急足で向かった。


 そこまで危ない状態だったとは。


 央州の人々は、西と北の揉め事をただの小競り合いと考えている人がほとんどだ。

 やはりただの情報や知識と、その場に立つのとは全然違う。

 目で見ないとわからないことはたくさんあるのだ。

 昼間に買い物を楽しんでいた民たちも、いつでも戦えるよう準備をしていた。

 天体観測どころではないが、外の様子が気になり宿を出た。ここは賑やかな通りから少し離れているので、逃げ惑うような姿はない。大通りの方からは、ざわめきが聞こえる。鐘が再び打ち鳴らされた。


 どうなるのだろう。

 いきなり都が戦場になることはない。まずは州境の城壁で睨み合いか、既に戦が起きているということだろう。

 いずれにしても明日はここを出ていく身で、帰る道筋は西州から遠くなる側だ。逃げ出すようで気が引けるが、武器を振り回しても役立たないばかりか、兵糧を減らすだけ。出ていく方が役立つし、央州の状況を報告できる。

 ため息をついて、頭上の星を見た。

 凶事を示す兆候はない。

 大きな戦にはならないと読んでもいいだろうか。


 遠くから馬車の音が聞こえてきた。

 馬車は宿の前で止まった。降りてきたのは星苑だ。すぐに視線が合う。


「ちょうど良かった」


 にこやかに近づいてくる。

 私は自分の服を確認した。まだ着替えていない。永成のままだ。


「こ、こんな時間に、いかがしましたか」


 咄嗟に低めの声を作ったが、少し上ずった。


「状況は既におわかりでしょう。あなたの意見も聞きたい。軍議に参加してくれませんか」

「私がですか。専属風水師でもないのに、そんな重要な場には立てません。明朝には旅立つ身です」

「そうは行きません。戦になるかもしれないので門を固く閉じ、すべての出入りを禁止します」

「え、帰るのは東の方ですし、入るのはともかく出るのまで禁止とは――」


 突然、右手を取られ握られた。


「あなたが必要なんです。白鈴華」


 頭の中が真っ白になった。

 今、名前を呼んだ?

 私の名を。

 視線を逸らしたが、手は強く握られていて振り解けない。


「鈴華は姉で私は……」

「乾和殿で見たときから違和感はありました。でも姉弟なら似ているのは自然だし、風水の知識も二人とも豊富でしょう。でも、この手」


 さらに強く握られる。

 熱い。


「女性の手ですね。そうなると答えはひとつしかありません」

「う……」


 うめくような変な声が漏れる。

 言い返す言葉が思いつかない。どう考えてもごまかしようがない。たとえば目の前で脱げと言われたら終わりだ。身体に触れられただけでも。

 小さな声で答える。


「……これには事情が」

「それはそうでしょう。事情もなく男装して人を騙す趣味があるとは思いません。事情は後で聞きます。それより王を騙していたこと、知られたらどうなるでしょうね」


 全身から血の気がひいていく。

 事情など関係なく罪に問われるだろう。

 牢に入れられるのだろうか。

 それとも、もっとひどいことに?


 星苑は企むような笑みを浮かべて、顔を近づけてきた。


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