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天帝の星を導く 〜王族専属風水師  作者: 水無月せん


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7/10

男装して王に会うしかない 3

 疲れたなどと理由をつけて、早々に別れればいい。それまでできる限り、正面から顔を見られないようにしよう。

 胸の前で手を重ねて、頭を下げて洛王に礼をする。王は立ち上がり、退室した。


「まずはどこへ向かいますか。行きたいところを言ってください」


 気づけば近い距離にいた。長身なので上から見下ろす形になる。

 慌ててくるりと背を向けて、少し離れた。


「すみません、香の匂いで咳が止まらなくなることがありまして」

「ああ、これは失礼。ここの匂いが染み付いているもので。近づきすぎないよう気をつけます」


 星苑は初めて会ったときと同じように、人懐っこそうな表情で笑った。 



     ※



 城門から出ると、まっすぐで大きな通り沿いにさまざまな建物が並んでいた。客桟や酒楼、魚や肉、野菜を売る店。昼時なので店先の屋台から良い匂いも漂ってくる。鮮やかな色合いの服を着た人々が行き交っている。


「見たいところに案内しますよ。地理の調査ですか」

「調査と言いますか、地図と照らし合わせたいと思いまして」


 並んで歩く。向かい合っていないので、顔をじっと見られずに済むから少し気楽だ。

 うつむき気味で隣に顔を向けなければいい。


「でしたら、ついでに風水師としてご意見を聞かせてもらってもいいでしょうか。もちろん有償に限るということでしたら報酬は払います。北州では最近いろいろと異変があり、対策が急務なのです」


 専属風水師を雇うのも、打つ手のひとつということだろう。それにすべて頼るということではなく。


「私が知っているのは先王が急逝されたことと、誉王が病がちなことだけです」


 それらがどこまで風水と関係していると言えるか。

 星苑は頷いた。


「誉王は子が三人いますが男児はいないため、今は宰相と洛王とで執務に当たっています。そのためか西州に不穏な動きがあります」


 西州と北州の折り合いがあまり良くないというのは聞いたことがある。どちらも漁業が盛んで大陸との交易が大きな財源になっている。港と漁場がほしいのだ。

 とはいえ同じ国で親戚だ。小競り合い程度だと思っていたが、実際はもっと深刻なのかもしれない。


「最近、王墓が荒らされました。西州の人間によるものだとわかっています」

「風水では陰宅、陽宅という考えがあります。陰宅とは墓、通常人々が住む空間である陽宅と、どちらも大事にしなければ、もう一方にも悪い影響が出ます。墓荒らしは明らかに凶事を呼び込もうとする行為でしょう」


 西州は風水を重んじている。しかし悪用しているのなら不快だ。王に命じられてやむを得ずなのかもしれないが。

 あるいは宣戦布告のつもりか。

 この島国は長年平和が保たれていた。各州を治めているのが初代皇帝の一族というのも大きいだろう。しかし同じ血はときに他人以上の深い争いを生む。

 西州と北州が戦を始めれば、周囲に飛び火するかもしれない。


「甘いものは好きですか」

「え?」


 突然の話題転換に思わず隣を見上げてしまう。


「米粉を練って、黄大豆の粉をかけたものが人気です」


 星苑は返事も聞かず、屋台に「二つ」と声をかけ、お代を渡して受け取った。


「はい、どうぞ」


 差し出された串を手に取る。串に刺さった餅には黄色い粉がかかっていた。


「ありがとうございます」


 発した息で黄色い粉が軽く舞った。こぼれ落ちないよう、すぐにかじりつく。ほのかに甘く香ばしい大豆と、もっちりした生地が口の中で混ざり合う。もぐもぐと咀嚼して、飲み込んだ。


「美味しい」

「それは良かった」


 星苑は笑って、餅をかじりながら歩き出した。並んで歩く。


「墓荒らしの件は、犯人も意図もわかったのでまだいいのですが、気になるのは土地の陥没と農民の流行病が相次いでいることです。風水をおろそかにしたせいだと言う者もいますが、どうなのでしょうか。あなたの姉君は風水は呪術ではなく学術だと言っていましたが」


 土地の陥没。

 流行病。


「陥没はどのあたりですか」

「山を少し上がったところです。数年前から山肌を削って住宅を建てているのです」

「そこに向かっているのですね」

「気づかれましたか」


 星苑はいたずらを気づかれた男児のように屈託なく笑った。

 その笑みに騙されないぞ。

 そう思ったが、土地のことなので興味が沸いた。


 まあ、いいか。

 実際に見てみよう。


 餅を食べ終えると、星苑が串を受け取り、立ち並ぶ屋台の横にある屑籠に捨てた。

 賑やかな通りを東に曲がり、ゆるやかな坂道を上がっていく。北州は山裾が海岸に近いため平坦な土地が少ない。そのうえ海岸線は入り組み、池が多い。住宅を増やすため埋立てもしているだろう。

 前方には削られた山肌が見えた。

 地形を変え、山から降りてくる気の流れを阻害する高い建物を建てれば、自然からの力を受け取れなくなる。


「この国は風水に基づいて都が置かれ、城の向きなども決められました。北州もそうです。央州の都が大陸との公益に便利な西側にではなく東にあるのも、そこが一番運気をもたらす地形だからです」


 大陸の政権が移り変わる中、約三百年、楚氏が皇帝として君臨していられたのも、風水術のおかげと言えるだろうか。


「よからぬことが起きるのは、風水を無視しているせいだと」

「断言はしません。どれほど風水術を駆使しても、よからぬことが全く起きない桃源郷のような場所はないですから。専属風水師は風水術で完璧を目指すのではなく、自然の力を把握して、長く栄え平和に過ごせる提案をするのが仕事です」

「あなたは姉君に似てますね」

「え」


 顔が引き攣った。語るのに夢中で、弟のふりをしているのを忘れかけていた。


「……よ、よく言われます。そっくりだと」


 視線を逸らす。


「一度会っただけなので記憶は不確かですが。第三皇子の結婚相手が長女ではなかったのは、既に婚約者がいるのだろうと言われてましたが、そうなのですか?」

「いえ、全く気配もありません」

「では専属風水師に」


 首を横に振った。


「専属風水師は男性のみなので」

「そういう決まりなのですか?」

「決まりでは……」


 女性でも声を掛けられるのなら、弟より先に雇われていたはず。


「姉君は、そんな決まりにとらわれるような人には見えませんでした。風水師として生きたければそうするのでは」


 地上に落ちてきた最初の雨粒が頬に当たったみたいに、はっとした。

 とらわれているのは自分自身だったのだろうか。


 ゆるやかな坂道を登っていると、新しい住居群が見えてきた。山を削って平らな場所を作ったのだろう。

 等間隔に並ぶ建物の前に、地面が大きく割れてへこんでいる場所があった。道の脇の草むらなので、大きな被害はなかったようだ。

 陥没した穴を眺めてから、振り向いた。

 小高い場所から海まで見渡せた。複雑な形をした海岸線もはっきりわかる。


「わあ……」


 感嘆の声をあげてしまい、思わず口を両手で塞ぐ。

 隣にいる星苑は、こちらを見て笑みを浮かべていた。

 危ない。

 地形に気をとられて、男装していることを忘れるところだった。

 脳内に叩き込んだ地図と照らし合わせる。


「海岸線も川の流れも、少し変わっていますね」

「はい。見ての通り、北州の首都は平坦な土地が少ないのです。先王は民が住みやすいようにと、不要な池を埋め、氾濫しやすい川の流れも変えたのです」


 割れた大地をもう一度見てから尋ねる。


「井戸を埋めていませんか」

「……井戸?」

「はい。井戸をただ土で埋めるのは良くないのです。土の中で毒性の大気が充満することがあります。それが爆発し、あのような形で現れたのかもしれません。土の深い場所は繋がっているので、井戸のすぐ近くで起きるとは限りません」

「……なるほど、確かに井戸はいくつも埋めている。しかし以前もそうしていたはず」

「先王は風水に限らず、迷信めいたことは排除したと聞いています。昔は井戸を埋めるときは祈りを捧げていたはず。それを生業とする人たちは、安全で正しい埋め方を知っていたのです」


 ずっとにこやかだった星苑の表情が険しくなっていく。


「以前のやり方を調べてみよう」

「それと、流行病にかかった民は、どこの誰なのか把握しているのでしょうか」


 星苑は頷く。


「州で一番の名医に診察してもらい、原因を調べるために情報はすべて記しているはず」

「住んでいる場所を調べてください。同じ水脈を使っているのかもしれません。間違った井戸の埋め方で水質が汚染された可能性があります」

「……水脈の汚染を解消すれば、これ以上、病は広がらないということか」

「そうなりますね」


 星苑は口元に手を当て、考え込んでいる。

 やらねばならないこと。

 焦燥感と希望。


「星苑さま、どうぞすぐ城へ戻ってください。病人が住んでいる場所と、飲んでいる水の流れと照らし合わせたいのでしょう」

「しかし、私が連れてきたのにあなたを置いていくわけには」

「いえ、私は地図とは変わっている海岸線や川の位置を記したいので、ここに残ります」


 星苑は目を見開いてから笑みを浮かべ、両手で私の手を強く握った。


「感謝する。この恩は忘れない」


 強い口調で言い、すぐに坂を駆け降りていった。呆然とその背中を見つめていたが、やがて見えなくなった。

 握られた手のぬくもりが、まだ残っている。突然過ぎて避けることもできなかった。

 大きくため息をつく。

 とにかく、なんとか切り抜けた。

 なりすましを勘付かれることもなく、永成の専属風水師の話も機嫌を損ねることなく断れそうだ。

 両手で拳を作って天上に突き上げる。


 やった!


 大声で叫ぼうかと思ったが、背後で草が揺れる音がして、弾かれたように振り返った。

 野良犬が道を横断しているだけだった。

 ふう、と小さくため息をつき、帯に仕舞っていた紙を取り出す。筆の代わりに細い棒状にした墨で地形を記していく。

 やっと、やりたかったことが、誰の目も気にせずできる。

 青い空と眼下に広がる街並み、その向こうに広がる海原。風も心地いい。

 鼻歌を歌い出したいくらい上機嫌だった。

 

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