男装して王に会うしかない 2
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洛王の使いが来て、馬車で王城へと向かった。姉弟の姿を見たのは宿の人間だけだ。部屋を出て馬車に乗るまで、顔を見られないよう修名の影に隠れて移動した。
馬車の中で修名と向かい合って座る。
「本当に、鈴華さまには驚かされます」
「なんとかしなきゃいけないんだから、驚いてる場合じゃない」
永成は宿で休んでいる。姉の鈴華が長距離移動で酔って体調を崩している、ということにして。
王と会って、遠く離れた場所から少しの時間会話を交わすだけだ。なんとかなる。
緊張しないわけではない。
だけど今は、早く終わらせて北州の都を見物することを楽しみにしておこう。特徴的な海岸や水路、風水術に沿って建物が配されているか、星はどんなふうに見えるか。
考えているうちに城門を抜け、乾和殿という建物に通された。
乾和殿は行事の場ではなく、私的な来賓をもてなす宮殿で、とてつもなく広いわけではない。立っている場所から正面の椅子までは、十歩ほどだろうか。まだ王の姿はない。背後の扉には兵が立ち、修名は扉の向こうに待機している。
王城は外観も内部も、落ち着いた色合いだった。壁や柱の朱色は央州の宮殿よりも深みのある色合いで、柱にほどこされた彫刻なども控えめだ。
南州は全体的に色合いが派手だったので、土地柄があるのだろう。
ふと、漂う香に気づいた。控えめで爽やかな花のような匂い。どこかで嗅いだことがある。
思い出す前に、正面の奥から足音が複数聞こえてきた。
来た。
ひざまずいた。王の姿が見えた瞬間、すぐに胸の前で手を重ね、額を床に付けるほど頭を下げる。
「ああ、私が招いたのだから、そこまでしなくて良い。頭を上げよ」
落ち着いたやわらかい口調だ。
「恐れ入ります」
ゆっくりと顔を上げ、立った。
一段高い場所に立つ姿を見て、声をあげそうになった。
あの男――。
椅子に座った王ではなく、その近くにいる従者。
婚礼の日に広場で声を掛けてきた男だ。
まずい。
顔を伏せぎみにする。あの夜は化粧をしていたし、薄暗かった。一度しか会っていないし、今は男性の身なりをしている。
距離もある。
動揺して怪しまれてはいけない。
洛王が語りかけてきた。
「永成どのも知っているだろうが、北州では先王が急逝し、後を継いだ誉王も病で伏せがちだ。ほかにも何かと異変が続き、先王が風水を軽んじたからだと言う民もいる。白氏を招いたのは確かな血筋と、この者が――」
洛王は隣に立つ男に視線を向け、話を続けた。
「先日の婚礼で風水師と話す機会があり、良いのではないかと薦めてきたからだ。先王が風水師を排除したので、私もなじみがなく懐疑的だったのだが、試して損をすることもないだろう」
遊び回っていたという噂から、もっといい加減な人物を想像していたが、口調も表情も穏やかで威圧感もない。刺繍が入った黒い衣装に水色の帯を締め、若く雄々しい。
なんとかなるかもしれない。
そう思ったが、隣の男の視線が気になる。
気づかないでほしい。
男が口を開いた。
「私は星苑と申します。王とは乳母が同じで、子供のころから見知ってますが、今は手足となり働き、命を狙われるようなことがあれば盾となる覚悟です」
笑みを浮かべながら王の方に視線を向ける。王は少しだけ苦い表情になった。永成と修名の関係に近いが、それよりは歳近い友のような感覚なのだろうか。
星苑はこちらに視線を戻した。
「ところで姉君が体調を崩されたと聞きましたが、大丈夫でしょうか」
「はい、馬車の揺れで酔っただけですので、一日休めば回復するでしょう」
視線は合わせず、目を伏せ気味に答える。精一杯、低めの発声を心がけた。
「話した印象では、酔って寝込むような繊細な人には見えなかったが」
思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
「……意外と繊細なのです」
「ああ、失礼しました。図太く見えたという意味ではないのです。良い意味で健康的と言いますか」
適当な発言には気をつけるのではなかったのか?
言い返したかったが堪える。
ちらりと洛王の方を見ると、王も少し呆れたような視線を星苑に向けていた。
洛王は気を取り直したように言った。
「それで、どうだろう。私の専属風水師として試してもらえないだろうか。無理だと思ったらその時点で辞退してもいい。逆に私も上手く使えないと思ったら契約を破棄するかもしれない。それくらい気楽にだ」
風水師に詳しくない分、試して合わなくても失望は浅いし、責めたりしないかもしれない。条件は悪くないが、それでも永成には荷が重い。
「実は、ご依頼の直前にほかからも話がありました。熟考して後日ご返答してもよろしいでしょうか」
「……ああ、それは致し方ないな。国内で血筋確かな風水師は白氏と柳氏のみだから、引く手あまただろう。なのにわざわざ遠路足を運んでくれたこと感謝する」
思い通りに話を進められた。
帰郷後に永成が断りの書簡を出せばすべて終わりだ。
勝利を確信して心の中で拳を握った瞬間、星苑に問われた。
「出立は明朝とのことですが、このあとのご予定は」
気が緩みかけ顔が上がっていたので、慌てて目を伏せる。
「はい、北州の地理に興味があるので、見て回ろうと思っています」
「では私が案内しましょう」
結構です!
叫びたかったが堪える。
「……いえ、本当に個人の趣味のようなもので、お忙しい中、お付き合いさせるわけにはいきません」
「こちらが招いたのですし、ここ数年で変わった場所もある。案内があった方が効率よく回れるでしょう。それに私は洛王に使われなければ忙しくはないので」
星苑が視線を向けると、洛王はため息をついて頷いた。
「と、言うわけなので行きましょう。食事も美味しい穴場に案内しますので」
星苑が近づいてきた。
冷や汗が出そうだ。
完璧な男装のはずだが、この男には顔を知られている。いや、暗がりで一度会っただけで、絶世の美女でもないのに覚えられているとは思い上がりか。
気づいたら、すぐに指摘したはず。頑なに断る方が怪しまれてしまうかもしれない。




