男装して王に会うしかない 1
両親に見送られ、馬車で旅立った。車内では永成の隣に座り、向かい側に従者の修名が座っている。修名は永成より十歳上で、幼いころから世話をやいていた。髪は頭上でまとめ白い頭巾で覆っている。護衛のために身体は鍛えられていた。
「永成さま、大丈夫ですか」
「……うん」
馬車に揺られる永成の表情は、とても大丈夫そうには見えない。
私は時折、窓を覆っている帷を上げ、外の様子を眺めていた。
都境の門を出ると、広々とした農地に代わる。見渡す限り麦の穂が揺れていた。このまま道を進めば州境の城壁が見えてくるが、それには半日以上掛かる。馬車内で夜明かしは身体がつらいから、早朝に出て、夜に到着する予定だ。
「永成、顔色悪いから少し眠ったら?」
「……そうする」
姉に寄りかかるのは悪いと思ったのか、修名の隣に移動して目を閉じた。
時折、激しく揺れたが、私は酔うこともなく風景を楽しんだ。うとうとして、目覚めたときには外の風景は少し変わっていた。いつの間にか北州に入っていたらしい。麦から稲穂になり、青々とした畑も見える。ところどころに大小の池もあった。暮れかけの燃えるような空の色が水面に映り、美しい。北州が水の国と言われるのもわかる。
山裾が海岸近くまで広がっていて、迂回するため馬車は左右に何度も曲がった。知っている地図どおりに進んでいる。
都を囲う城壁が見えてきたときには、もう日は暮れていた。門番に馬車が止められる。
「通行許可証を見せろ。ない者は通せないぞ」
許可証など持っていない。
閉門中の夜間は、不審者が入らないか厳密に調べているのだろう。
修名が馬車から顔を出した。
「洛王の招きで央州から来た、風水師の白永成と姉君です」
「はっ、これは失礼しました」
どうやら話は伝わっていたらしい。
無事に門は開けられ、馬車は中へと入っていった。
車内から外を見ても、暗闇で風景はわからなかった。城に近づくにつれ灯籠が増え、夜遊びを楽しむ人々の姿も見えてきた。央州の都ほどではないが、活気がある。
馬車はそのまま走り、大きな宿の前で止まった。振動で目を覚ました永成に修名が説明する。
「遅い時間なのでこちらに泊まり、謁見は明日になります。今晩はゆっくり休みましょう」
私は王に会う理由はないから、明日は永成とは別行動で都を歩き回るつもりだ。謁見の翌朝に旅立つ予定なので時間は一日しかない。計画的に動かないと見たいところにも行けずに終わってしまう。
案内されたのは別棟で、部屋がいくつもあって住居のようにくつろげそうだ。長旅で全身の疲労が激しく、尋常ではないほど眠い。運ばれてきた食事をとってから、それぞれ別の部屋の寝台ですぐに眠った。
※
翌朝、食事の時間になっても永成は起きてこなかった。
膳の前に座り、首を傾げる。
「どうしたんだろう。馬車で酔って、気分悪いままなのかな」
「様子を見てきます」
修名が永成の寝室へと向かった。
先に食べるわけにもいかず、ぼんやりと外を眺める。大きく開け放たれた窓の向こうには青空が広がっている。風が涼しくて心地よい。
艶やかな白米や珍しい野菜が入った汁物に視線を向けると、お腹が鳴った。
食べたい。
待ちきれなくなり、立ち上がって永成の元へ向かった。
「どうしたの? 体調悪いの?」
寝台に横たわる永成の背中を、修名がさすっている。どうやら一度起きて着替えたものの、また横になったらしい。修名はこちらを向き、困ったように眉根を寄せた。
駆け寄って永成の顔を覗き込む。
目は開いていたので、少しだけ安堵した。
「永成」
「……姉さま、やっぱり僕には無理だ」
「え」
「緊張して、手足が冷たくて、起きようとしても震えて吐きそうになる。何か失言をして怒らせてしまったら、家族にも迷惑かけると思うと……」
目を強く瞑ると、溢れ出した涙が枕を濡らした。
こんな思いをさせてまで、無理やり謁見させるのは気の毒すぎる。まだ成人になってもいない。男だから風水師の血筋だからと強要するのではなく、永成に合う別の生き方もあるはずだ。
そう考えたものの、血の気が引いていく。
どうしよう。
ここまで来て、王に会わずに帰るわけにはいかない。
それではまるで待遇に気分を害したかのようだ。体調が悪くなったので会わずに帰るという説明も、嫌みのように取られかねない。
契約を交わしたわけではなく、今日は人柄を確認するための顔合わせだ。実際会って洛王の方が断るかもしれないし、永成の方から断ることも可能だ。白氏は確かな血筋なので依頼が複数くることもあり、選ぶ側になる。
いずれにしても、王からの誘いを会わずに断るのは無礼だろう。
洛王が感情的な人間ならば、機嫌を損ねて永成を罰するかもしれないし、白氏すべてが誹りを受けるかもしれない。
会うしかない。
会って、この話がわだかまりなく流れるように持っていくしかない。
でも今の永成が、王の前で上手く立ち回れるはずがない。
仕方ない――。
「永成、脱ぎなさい」
永成と修名は同時に「え」と言った。
「脱ぐの、すぐ!」
布団をめくって永成の上衣に手をかける。
「姉さま……?」
怯える小動物のような目。
手荒なことはしたくないが、のんびりとはしていられない。
「私が永成のふりをして王に会う。初対面で顔は知られてないし、王の近くに寄ることもないでしょう」
幸い、と言うのは微妙だが、女性的な膨らみが乏しい身体つきだ。
胸は自分の帯できつめに締めて押さえれば、上着をはおるので目立たないだろう。永成が着ている薄紫色の上着は、丈が足下まであり裾がふわりと広がっている。袖下も長く垂れ下がり全体的に布が多い。体型はごまかせるはずだ。
「なんとか失礼がないよう、専属風水師の件はなしにできるよう、話してみる」
呆然としている弟から、追い剥ぎのように服をむしりとる。
「姉さま――!」
身包み剥がされた永成が弱々しい悲鳴をあげる。
やるしかない。
永成のためにも、自分や家族のためにも。




