婚礼の夜から始まった 2
何の用だろう。
廁なら外に出なくても行ける。
まさか迷ったのだろうか。
でも、それなら廁はどちらかと聞けばいいだけだ。
訝しみつつも、無視するわけにもいかず答える。
「星を見ていました」
男は空を見上げた。
「星を見て、恋占いですか」
「女性が星を見るなら恋占いと」
妙に冷めた口調になってしまった。
男は察したのか、すぐに軽く頭を下げた。
「これは失礼。女性は天体のことなどわからないと思ったわけではないのです。ただ、いくつかの可能性からひとつ言葉にしただけで。私にはそういう適当なところがある。気をつけなければ」
「あ、いえ、こちらこそ、妙にきつい口調になってしまい申し訳ありません」
同じように頭を下げる。
ここにいるということは怪しい人ではないのだから、もっと愛想良く対応するべきだったか。
素敵な人との出会いを期待して振る舞うくらいの要領の良さがあれば良かったが。
今更考えても手遅れだ。
「それは、羅盤というものですね」
手元に視線が向けられる。
「はい」
「なるほど、風水ですか。そういえば第三皇子の妃は風水師の家系だった。私は風水には詳しくないのだが、願いが叶ったりするのだろうか」
「風水は呪術ではありません。役立てたいと思う人のための学術です」
「天体観測もその一環と。北極星はどれだろう」
「あれです」
指差す先を正しく見ようと、男は身を寄せてきて少し屈んだ。
「あれだろうか。わかるような、わからないような」
正直な男だ。
わかったふりをすることも可能なのに。
「天帝の星。地上と同じように、天上の星々も最高神を中心に回っています。北斗七星もそのひとつで、天帝の乗り物とも言われます」
西にある大陸では、古くから北極星が天帝の星と呼ばれ崇められてきた。この島国でも北極星を祀る祠がいくつもあり、供物が絶えず捧げられている。
「天上も窮屈なんだな」
そうつぶやいてから苦笑して、言葉を続けた。
「今のは聞かなかったことにしてください」
玉座の近くで少々際どい発言だが、周囲に二人以外の姿はなく、警備の兵までは聞こえない。
「はい。ところで、何か御用だったのでしょうか。廁なら黄和殿から外に出ずに行けますよ」
「ああいう宴の場はつまらないので外に出てみたら、一人で空を見上げている姿が見えたから、何か不思議なものでもあるのかと思い近づいたんです。考えてみれば顔見知りでもないのにいきなりで、警戒されても当然ですね。それに天体観測を邪魔したのも申し訳なかった」
男は軽く頭を下げてから背を向けて歩き出したが、三歩めで振り返った。
「またやってしまった」
「何をです」
「宴がつまらないなどと言ってしまった。貴女の親族を祝う宴なのに」
「適当な発言には気をつけなければと言ったばかりなのに」
「そう」
反省というより、いたずらが露呈した少年のような悪びれない表情。
ずっと無表情で答えていたが、堪えきれず吹き出した。
「別に気を悪くはしてません。私も妹の宴から抜け出して星を眺めていたので」
「つまり同罪だ。ここでの発言は内密に」
頷いて返すと、男は口の端を上げて笑んでから背を向けて去っていった。
初めて見る顔ということは、皇族ではないのだろう。だけど婚礼に招かれているのだから、それなりの身分のはずだ。この国は島を東西南北に分けた四つの州と宮廷がある央州の五つの州で成り立っている。ほかの州から来たのかもしれない。
名前を聞かなかったし、名乗らなかった。
何者なのだろう。
少しだけ気になったけれど、恐らくもう会うことはないだろうし、宴の席でまた見かけたとしても話す機会もないだろう。
そろそろ席に戻らなければ。
羅盤を帯に仕舞ってから、もう一度だけ夜空を見上げる。
瞬く星たちは、この先に何が待ち受けているのかまだ教えてはくれなかった。




