眼鏡女子が眼鏡を外してきて僕がブチギレる話
※ネタバレ:最終的に眼鏡を掛けます
僕は眼鏡を掛けている女の子が好きだ。
「おはよう、飾磨さん」
「……おはよう」
登校し放った挨拶を返した隣席の住人。
彼女は目が合った瞬間に顔を伏せ、本の世界へと旅立ってしまわれた。
飾磨弥生。
唯一僕が同じクラスの女子の中で、フルネームを把握している女子だ。
人の名前を覚えるのが苦手な方である自分であるが、彼女の名前は高校入学初日に覚えた。
理由は単純、眼鏡女子だったからである。
小中とエスカレーター式で狭い世界にいた僕は……此処、東川丘高校に入学し愕然とした。
コンタクトという洒落道具の仕業により眼鏡は駆逐され、クラス内の女子の眼鏡率は壊滅的。
そんな中、一際(僕の目にとってだが)輝いて見えたのが飾磨弥生であった。
手入れされているか疑わしいボサボサの黒髪長髪、俯きがちな姿勢、積極的でない性格。
クラス内での印象は端的に言って地味目女子といった感じであろう。
顔立ちも……整ってはいるし僕は好みだが、正直言ってパッとしない。
個人的には、表情が暗めなせいで印象が悪くなっているだけで可愛いと思う。
まあ、姿勢と前髪で顔がよく見えないのだが。
だがそんな陰を帳消しにするかの如く、彼女は眼鏡を掛けていたのである。
眼鏡、それは僕にとって最強のバフアイテム。
勿論眼鏡を掛けていれば誰でもタイプというわけではない。
僕は似合っている眼鏡を掛けている女の子が好きなのである。
暗緑色のフレーム。
安直に緑や黒を選択するよりも、他者に気づかれない程度のオシャレ、拘りが感じられて非常に俺は好きだ。
内向的な彼女の性格に反し、ボストン型でレンズ面積が大きいのも好きだ。
よく見ると若干フレームが透けている素材であるのも柔らかな印象を受けて好きだ。
何故かクラス唯一の眼鏡女子だというのは勿論ある。
だが、彼女だけでも、眼鏡だけでも僕をここまで惹きつけはしなかったであろう。
似合っている眼鏡女子は至高である。
僕は裸のラノベを取り出すと、堂々と始業迄の僅かな時を貪った。
*
昼食前の授業中は妙に頭が覚醒している気がするのは俺の気のせいなのか。
「和坂、飯行こうぞ」
黒板を写しただけのノートや開いてもいない教科書を仕舞っていると、ふと自分の名前を呼ばれた。
樋口定治。
小学時代に僕から、都会の〇ム&ソーヤを取り上げ、デルトラ・〇エストで洗脳してきた男だ。
「また学食か? パンぐらい買ってこいよ」
「お前も学食なんだが案件」
「僕はカレーがおかわり自由だから行っているんだ。お前みたいにもう少し辛いほうが良いとか味に文句は言わん」
「文句なんぞ……言ったかもなぁ」
「言ってんじゃねえか。ホラ行くぞ」
戯れ合いを終え席を立つ。
ふと隣を見ると、飾磨さんが鞄から巾着袋を取り出している所であった。
彼女が弁当派であるのは非常に解釈一致なので、どうかそのままを貫いていてほしい。
いや、然しパンを一心不乱に食べている彼女をみたい気持ちもある。
更にさらには長い列を抜け食券機直前になっても何を頼もうか悩む彼女の姿を見たくないかといえば嘘になるだろう。
何でも良い訳ではない。
限界化によってミートSになっているだけだ。
「そんなに好きならもう告れば良いのでは?」
食堂に着いた途端、定治が何か言ってきた。
「お前な、そういうのは真剣に告白練習に付き合えるお人好しか、ラブコメ読者ポジしか言っちゃいけないんだぞ? お前みたいな無責任恋愛音痴コミュ者が気軽に口にしたら好感度下げるだけにしかならんから注意しような?」
「思ったこと直ぐに口に出したのは悪かったと思うが、カウンター強烈過ぎて笑えんのよ」
「そもそも好き=告白に繋げるな、恋愛オメデタ脳が。お前みたいな読者層がいるから空知〇秋が最終回発情期なんて言葉を生み出しちまうんだ」
「話の飛躍が凄い。読者のせいでもねぇだろ」
「第一だな、やっと僕は入学から三ヶ月を経て挨拶を交わしたりグループワークに誘えるような関係性になったんだ。一緒に遊んだことは疎か、雑談すら碌にした事がないんだぞ? 告白のスタートラインにも経ってないよ」
「寧ろあの鉄壁のAT〇ィールドに対して、適度に近づけているお前に尊敬するわ。コミュ力の化身か?」
自分でも自らの執着心に驚いている。
彼女から見た僕は知り合い以上友達以下の一般クラスメイトでしかないだろうが、僕にとっては唯一無二の偶像的存在になっている。
ストーカー行為や過度な情報収集をしていないだけで、傍から見れば自分は相当なバカかド変態キモ男子なのではないだろうか。
「付き合いまではいかなくとも、もっとお近づきになりたいとかはないのか?」
「無いわけがないでしょ」
「無いわけがないのか」
「しかしだな、だがしかし。僕は今、理性と欲望、爽やか系イケメンとキモヲタの狭間にいるんだ。迂闊な行動は出来ない」
「どう足掻いてもお前が爽やか系イケメンな訳が無いから、安心して当たって砕けろ」
なんてこと言うんだコイツは。
僕だって鼻のパーツには自信があるんだぞ。
パーツには。
「それに、これ以上軽率に彼女に近づけば眼鏡の過剰摂取で命の危険もあるからな……間合いを保たなければ悪即斬だ」
「その場合悪はお前って事になるが良いのか?」
「ハッハッハ、こんな病的な性癖で只のクラスメイトをチラ見してる野郎が悪でないわけないだろう?」
「コイツ、自覚しておきながら犯行を続けるたちの悪いタイプの悪党だッ……!」
「ヒョーッヒョッヒョッヒョ、付かず離れずの距離感で美味しいところを享受するでヤンスよォ〜」
「三下口調で三下にすらなれてないのやめろ。砂消しで脳内辞書の【勇気】の項目荒削りしたのかよ」
僕は友人渾身の長文ツッコミをガン無視し、食券のカレーのボタンを押した。
少ししょぼくれながらも定治もカレーを頼んでいた。
食うのかよカレー。
*
食堂から戻ると、飾磨さんがカバンを漁っていた。
あの行為には僕も覚えがある。
そう、あれは小3の夏休み明け初の登校日。
課題宿題を詰め込んで堂々と登校したあの日、僕は何と算数の教科書を忘れたのだ。
気づいた時には時既に略。
あの時の僕は真面目な生徒ではあったので、それはもう冷や汗が滝になっていた。
近くにチョウザメがいればもれなく登り竜になっていた事だろう。
今の飾磨さんもペイントソフトのスポイトを使ったら美しき絵が描けそうな程に、酷い顔色になっている。
最早僕の目には彼女の机の上でチョウザメ絶賛ステン・バイしているのすら見えてきた。
『オレ、行けます』
喋るな。
僕が幻覚と眼力バトルを繰り広げている最中にも、飾磨さんはカバンに入っている物を全て出し、そして仕舞い、そのままカバンを漁ったりを繰り返していた。
わかるぞ飾磨さん。
五回くらい全部探したし、頭では無いと理解できているのに少しの希望を探してしまう……ああ、僕にも経験がある。
「あの、飾磨さん」
「あ、え……?」
気がつけば口は開かれる。
普段から『眺めども近づかず』がモットーな僕も濡れそうな眼鏡は見過ごせない。
「もしかして、忘れ物?」
「ぁ…………」
問い掛けに対しの返答は沈黙。
飾磨さん、わかる。
君は今凄く恥辱の思いなのであろう。
一クラスメイトである僕に自分の失敗を見られるのは想像を絶する感情なのだと思う。
だが待ってほしい、今バレるより教師に見つかり晒し上げにされるなどの方が明らかに恥ずかしいと僕は思う。
いや、僕の主観でしかないか?
主観でしかないか。
主観でしかないが! それでも! この偽善が善意からであると主張したい!!
「教科書を……」
教科書かぁ……ノートならなぁ……いつも新品をカバンに入れてるんだがなぁ……
「僕の、良かったら使う?」
「え?」
おい、何を言い出す僕。
「佐伯先生の授業なら教科書見なくても大体わかるしさ」
嘘を付くな教科書マーカーだらけ人間。
結局教科書見ないでテスト前知り合いに重点聞きに行ってるだろ。
「それに昨日ちょっと予習してきたし」
虚言を吐くな放課後遊び呆け坊主。
昨夜はゲーム機に齧り付く通り越して貪ってたろ。
「飾磨さんさえ良ければ受け取ってよ」
おいカッコつけんな顔面五十七点。
飾磨さん、高校男児の思春期に付き合わせてすまない。
え? は? 困惑顔も可愛いな?(錯乱)
「あ、りがとう」
「いや全然全然、気にしないで、ホントに、一回教科書無しで受けたいとすら思ってたから」
そう言い逃げをして、僕は直ぐ様と前に向き直った。
意味もなくノートをパラパラと捲っている頓狂な僕に、飾磨さんは怪訝な表情をしたが直ぐに彼女も教科書を開いた。可愛い。
次の授業はもれなく寝た。
今日の授業時間で覚えた事、それは教科書を返す時に『ありがとう』を言ってくれた飾磨さんの照れ混じりの俯き顔は紛れもなく国宝物であるという事実である。
*
「ねっむい」
次日、登校中不意に出た一言。
致し方なし。
飾磨さんの俯き気味の表情、そして輝く眼鏡フレームの反射光は彼女の容姿を五段階強化していた。
それを思い出すとこう……脳内に変な成分が分泌されるような気がしてどうにも寝れなかった。
断言する。
僕は百キモい。
だがこうも思う、内に秘めるキモさから目を背けることは出来ない。
ならば貫き、誰も到達できないほどの癖を育てるのが健全な男子高校生ではないのだろうか。
……不健全ではあるか。
今日も飾磨さんは早めの登校だろうか。
そんな事を考えながら寝ぼけ眼を擦りながら開く教室のドア。
――そして、停止する思考。
ナゼ飾磨サンハ眼鏡ヲ掛ケテイナイ?
窓際前から四列目、いつもの様に本を読む彼女の顔にはあるべき筈のソレが無かった。
彼女が普段と違い髪を纏めていたり、心なしか背筋が伸びていたり、少し健康的なしっかり目の体型になっていたりする様な気がするがそんな些末な変化はどうでも良い。
眼鏡ッ! 眼鏡が無いッ!!
悪いが僕にとっては最早グロ画像である。
彼女の顔には脳内で自動モザイクフィルター処理が掛かってしまった。
彼女は固まっていた僕の存在に気づいたようで、本を丁寧に閉じると此方へ歩を進めてきた。
「あの、和坂くん」
「え、あぁ……え?」
すまない飾磨さん、君にどんな変化があったのか、今から何を仕出かすのかは微塵も予想できないが、その前に僕は君の顔がスプラッター映画さながらのモザイクにしか見えてないんだ。
アニメの未成年喫煙描写よりも何も見えねぇぞオイ。
「お、おはよっ」
「ぁあ……ぅんうぁ゛」
ヤバい。
息が出来ない。
本格的に声を掛けられたことで、もう彼女の眼鏡姿を一生見ることは無いのだという現実が濁流となって脳髄に押し寄せてきた。
何故眼鏡を外したんだ……
怒りすら通り越して恐怖すら覚えてきた。
「飾磨さ、ん……?」
「あっ、雰囲気ちょっと変わったよね……」
普段なら、『ふっへへ』等と不思議な笑い声を放ってくれた彼女に脳内で膝を付き泣いて頭を垂れ身悶えるのだろう。
だが、今の彼女は眼鏡を掛けていないのであるッ!
眼鏡を! 掛けて! いないのであるッ!!
この際彼女の心境の変化であるだとか、彼氏が出来た何だであるとか、僕にやけに笑顔をくれるとかそんな事はどうでもいいっ!
ラブコメ展開だとかエロ漫画展開だとかそんなモンは犬の餌にでもしてろっ!!
「その、私色々あって……」
例えば、貴方はハンバーガーを食べたことはあるだろうか。
あのハンバーガーのソース部分がなかったとしよう。
ハンバーガーの本質は失われない。
依然としてハンバーガーとしての形は保っているだろう。
だが、あのジャンキーな味はソースも含めて完成されたものではないのだろうか。
「いや、和坂くんからしたら昨日の今日なんだろうけど……」
いや、勿論わかっている。
飾磨さんは飾磨さんだ。
俺が知らない一面もあるだろうし、眼鏡着脱の権利は今生きる人類の手に平等に存在する。
彼女だってその一人だ。
「ごめん、何言ってるかわかんないよね」
だが眼鏡を外した眼鏡っ娘は眼鏡っ娘なのだろうか。
スポーティ女子が女の子っぽい服装をするのは一種の萌え文化として存在する。
だが眼鏡女子がイメチェンで眼鏡を外す行為は何らかの法に反しないのだろうか。
「その、何ていうか私……和坂くんには色々言いたいことがあって」
わかっている、眼鏡の強要はヲタクの道に反する。
無理強いだけは、それだけはあってはいけない。
わかっているさ……でも!!
「あ、あの……いつも――「眼鏡をっ!!!!」――へ……?」
モザイクを貫通してわかる、彼女の困惑顔。
「眼鏡、外したんだ……?」
「あ、うん……必要なくなったって言うか」
必要なくなっただぁ?
「飾磨さん。放課後、君を連れていきたい場所がある」
「はへっ!?」
心なしかモザイクが紅くなったような気がする。
本ッ当に真ッ事申し訳ないが、グロさが増したので止めていただきたい。
「あとおはよう、飾磨さん」
「へ、あ……え、うん」
しどろもどろの彼女の横を通り過ぎ、僕は自分の席に腰を下ろした。
今から行うのは言い訳じみた推し活などでは断じて無い。
純然たる僕の押し付け活動である。
*
授業終了の鐘が鳴る。
これほどまでに長く感じた授業時間が今まであったであろうか。
教鞭を振るうことを生業にする人間に何度か指名された気がするが『知りません』で押し通した。
何やら吠えていた気がするが最早どうでもいい。
学問が将来解決しなければいけない自らの課題の予習であるならば、本題は既に出題済みである。
それも今朝。
「おい、和坂どうなってんだよ!」
「あ゛?」
おい、そこを退け定治。
この陰キャヲタクである僕が、幼稚園以来に本気で人に喧嘩を売ってしまいかねん。
「飾磨さん凄い可愛くなってね? お前の見る目は正しかったんだな!」
ぁあ????
ヒソヒソ声で話しかけてんじゃねぇよ手ェ出るぞ。
「少し黙ってくれ。可愛いとか可愛くないとかそんな話の次元に今の僕はいないんだ」
「お前……雰囲気どしたん」
「飾磨さん。さ、行こうか」
「はっ……えぁ、うん」
何も知らない定治をガン無視し、僕は飾磨さんを引き連れ教室を出た。
*
「和坂くん、何処まで行くの……?」
「もう着いたよ」
「えっ」
歩みを止めた僕に困惑する飾磨さん。
そんな彼女を尻目に僕は言葉を続けた。
「そう、今や全国展開している激安メガネチェーン店だ」
「……何で、此処に?」
「高校生の財布で選択肢の多い眼鏡を選べるのは此処だろうからね」
「いや、うん、え?」
「わかってる、眼鏡屋で視力検査をやってもらうのは面倒という気持ちはわかる。だがフレームだけなら柄の調整だけで終わるから、思ったよりも時間は掛からない方だと思うんだ」
「わかんないわかんないわかんない。ん? うんー……ん?」
「運動の時に邪魔という意見は非常に理解できる問題だ。眼鏡バンドもイマイチダサいという感想も理解できる。でも最近の眼鏡は首を振っても落ちないのも増えてきてる。逆に締め付けがキツイなんて意見もあるが、それは眼鏡のサイズ感がズレていることが多いと俺は感じている」
「あの、何で和坂くんは眼鏡のプレゼンをしてるのかな!? 怖い! 目が怖い!」
「飾磨さん……」
「な、何?」
「眼鏡を掛けてくれませんか?」
「???」
俺にとってのある意味での告白。
気がつけば俺は飾磨さんの両肩をガッシリと掴み、目からは二筋の雫が溢れていた。
「お、れはその……飾磨さんが、好きなんだ」
「あぁ、うん…………はへっ!?」
「いや、好き……だったんだと思う」
「あぁ、うん、あぇ? あ、うん?」
「でも今は正直自信がない。俺は確かに眼鏡以外の飾磨さんも好きだったはずなのに、今の飾磨さんの顔を見るのを脳が拒否しているんだ」
「あの、ナンノハナシ???」
「俺は確かに眼鏡女子は好きだ。だがしかし、プールに入る時に仕方なく眼鏡を外して度も入ってないクソダサ純黒ゴーグルをしちゃう娘も、イメチェンの為になれないコンタクトレンズを震えながら目に入れるシチュも、はたまた強敵との戦闘シーンで部位欠損の様に眼鏡がひしゃげる展開も大好きだった筈なんだッ!」
「何を……」
「でも俺は今朝、自分の性癖の限界を感じたッ! そこに嘘を吐きたくないと思ったッ!」
「?????」
「度無しでいい! 朝だけでもいいッ! 何なら眼鏡ケースを机の上に置くだけでもいいッ!! だからっ、眼鏡を――」
ああ、すまない飾磨さん。
眼鏡を外した君は、そんな顔をしていたんだね。
「眼鏡を悪だと思わないでくれないか!?」
吐露された僕の汚い部分。
「思って、ませんけど?」
それを聞き届けた彼女は、疑問符混じりにそう答えた。
*
「まだ、イマイチ理解出来てないんだけど……」
「オデ、眼鏡ッ娘スキ。
オデ、今朝仰天。
オデ、眼鏡外シタオメノ顔受ケ入レガタイ」
「何で片言なのか一つもわからないんだけど、三行で説明ありがとう」
「理解してくれてありがとう」
「ゴメン、理解は出来てないんだ。脳が理解を拒むっていうか」
「僕と同じじゃないか!」
「歌わないから。そして似て非なるものだから」
「ゴメン、僕も動揺してるんだ」
「この場で一番動揺するべきなの私だと思うんだけど、動揺に同様な動揺ぶつけられたらどうすればいいの?」
「本当にゴメン。思いついたから口に出すだけなんだけど、今調子どうようとか言ったらどうなる?」
「怒るよ」
「いっそ殺してくれ」
頭を抱え始めた僕に、飾磨さんはガクリと肩を落とし嘆息する。
「意味がわかんない……やっと和坂くんにちゃんとしたお礼が言えると思ったら、告白されると思いきや、熱狂的な眼鏡のプレゼンをされたと思いきや、告白されたと思いきや、何か知らない所で幻滅されてると思いきや、やっぱり眼鏡のプレゼンだったんだけど……地球の人間関係ハイスピード過ぎて付いていけない」
すまない飾磨さん。
多分意味わかんないのは例外だけだと思う。
「とにかく、私が眼鏡を外したのは本当に必要なくなったというか、目が良くなったというか……」
「飾磨さん、今からゲーセンに行って大画面でビカビカ光るゾンシューをやらないか? 個室のやつ」
「わぁ、びっくりするほど異常な角度からの下心だぁ……何か、私からかわれてる?」
「それは心外だ。僕は虚言は割と吐くけれども、眼鏡に対しては誠実を貫くことを信条としているんだ」
「その頼りない発言の何処を信用すればいいのかなぁ……?」
うーむしまった。
益々不信感が高まってしまった。
「だが待ってほしい。からかっているのだとしたら、『好きだったんだと思う』なんていう頭のおかしい発言をするだろうか」
「頭がおかしい以前に、とても失礼な発言をしている事に自覚を持って欲しい」
「本当にすまない。最低な趣味嗜好の押し付けな事は上等な上で言いたい……眼鏡を掛けて欲しいんだ。でも出来れば僕に言われたから掛けるような妥協眼鏡は止めてほしい。後、たとえ伊達眼鏡だとしてもラーメンを食べる時にも外さないぐらいの信念を持って欲しい」
「態度が! 自分本位さが漏れ出てるよ!? 後、妥協眼鏡って何!?」
いや、でも少し汗ばむくらいの熱々の食べ物を食べている時に、眼鏡が曇っているのも気にならないぐらい集中して食事を進める眼鏡女子は流石に捨てることは出来ない願望だと思うんだ。
僕の態度への評価が『諦め』になったのか、飾磨さんは大きく嘆息した。
「和坂くんが眼鏡をとっても好きって事はわかったよ……知りたくもなかったけど」
「待ってほしい、流石に僕も眼鏡単体に興奮するような性癖はしていない。眼鏡を掛けた女性が特段好きなだけなんだ。特に眼鏡を掛けた飾磨さんがピンポイントでクリティカルだっただけなんだ……」
「充分異常だよっ!」
確かに。
マイノリティであることは否めない。
「第一、眼鏡の何処が良いの?」
「今更眼鏡を掛けている飾磨さんの良さを語っても読者の皆さんは退屈だろうから、序盤の八百文字位を読んできてくれ」
「メタ過ぎるよっ!? 七千文字超えてから『▲ページの上部へ』を押させるのは中々酷だと思うっ!」
「いや、わかってる。眼鏡を掛けた飾磨さんの良さは八百文字程度には収まらない。実はサイズ感がイマイチ合ってなくて要所要所でリムを摘んでいたのが最高に可愛い仕草だったりもするが……涙を飲んで割愛しようと思う」
「何かサラッと成長期でつい大きい眼鏡を買っちゃうあるあるを弄られた気がする……なんとも思ってなかった眼鏡が嫌いにさえなってきたよ」
「待ってほしい。ネガティブキャンペーンは本意ではないので話し合う時間を貰えないか」
これは頂けない。
このままでは眼鏡姿の飾磨さんが水平線の向こう側に消え去ってしまう。
「でも眼鏡って目が小さく見えるし……」
「確かに眼鏡は目の周囲に『枠』を作ってしまうから目が小さい印象を与えがちだ。分厚い凸レンズのせいで眼鏡が小さく見えるという意見も分かる。然しレンズは薄型化が進んでいるし、フレームだって細いフレームやリムレスメガネで情報量を減らすことだって出来るんだ」
「マスクしてたら曇るし……」
「確かに冬場マスクをしたらメガネが曇るという意見はわかる。だがノーズワイヤーのあるマスクでしっかりと顔に密着させたり、口呼吸を減らす事で眼鏡の曇りは改善できる事が多いんだ。曇り止め加工が施されたレンズや曇り止め剤もあるから、どうか一概に眼鏡がストレスを生むものだと思わないでくれないか」
「結局眼鏡って似合う似合わないがあるし……」
「確かに人には似合う眼鏡、似合わない眼鏡がある事は否めない。だが眼鏡が似合わない人物がいるには異を唱えたい。フレームの大きさや高さ、前髪との相性、付属物の有無やカラーなど、古今東西様々な眼鏡がある中で、一つの眼鏡との相性だけを取り上げて似合う似合わないを語るのは、和装が似合わないから服を着たくないと言う程愚かな行いなのではないだろうか。勿論個人の価値観や趣味嗜好には意見はしないし、眼鏡が嫌いだから掛けないと言うのなら仕方ないが、似合わないなんていうのは理由にもなっていない理由だから全力で拒否したい。後、僕は君の眼鏡姿がとても似合っていたということを前提に話を始めている」
「わかった。わかったからジリジリと詰め寄って来るのを止めてもらえるかな」
気が付けば一寸先は飾磨さん。
眼鏡を掛けていないとはいえ、女子が近距離にいる事にドギマギした僕は咄嗟に仰け反る。
「まあ……総括して僕が言いたいことは、眼鏡をsageるなという事。世の中には眼鏡を外した方が可愛いという謎文化があるけども、それは個人の好みでしかないという事を言いたいんだ。決して眼鏡がデバフであるとかそういうことでは無いんだ」
「言ってることは全然頭に入ってこなかったけど、和坂くんの熱意だけは伝わったよ……」
「よし、それじゃあ眼鏡を選びに行こうか!」
「行かないよ!? 同級生の癖の為に生活習慣を変える義理は無いよ!?」
「髪を後ろに纏めて明るい印象になったから、暖色系も似合うと思うんだよね。でも敢えて眼鏡は変えないという選択肢も……」
「びっくりするほど聞いてない! ちょ、もう、待ってよ〜!」
*
「え、別に眼鏡を手放したわけじゃない?」
それは、眼鏡ショップから腕を引きずられ離脱した先で告げられた朗報だった。
「まあ、急に目が良くなったと言いますか、何と言いますか……」
なんだ、要領を得ない。
「……待って、ということはコンタクトしてないのか」
「うん、まあ」
飾磨さんのフワフワした態度をシカトし、僕は思考を高速で回転させていた。
「……未成年者のレーシックは親権者の同意が必要らしいけど、大丈夫?」
「大丈夫だから」
「いやでも、幾らなろう小説だとしてもやっぱりマズイよ……今からでも前書きに『※作中に登場する人物は全て成人済みです』って書いておこう。ニッチなエロゲみたいに」
「思いっきり本文中に高校生って書いてあるから手遅れだよ!? 後メタネタの天丼はしつこいと思うっ!」
「今からでも諸々の表記を『学園』にしておくべきか……?」
「だから大丈夫だって! レーシックしてないから!」
「なーんだ、それならよかっ……なら何で視力が急に?」
「あっ」
「おかしい……飾磨さんは両目ともカンマ三。多少目の疲れが取れたりがあっても、日常生活で視力矯正が不必要になるとは思えない」
「怖っ、何で視力知ってるの? 本人ですらうろ覚えなのに」
「僕がド変態なことなんて今に始まったことじゃあないだろう」
「私にとっては先程判明した衝撃の新事実なんだけど」
「話を逸らさないでくれるかな!」
「どっっっちが!?」
その後二、三度の会話のドッジボールをした後、先に折れたのは飾磨さんであった。
優しい。
「和坂くん。これから話すことを笑わないで聴いて、誰にも喋らないって約束できる?」
「どうしたんだい、藪から棒に」
やや不気味さを覚えつつも、やけに真剣な彼女の面持ち。
妙な気迫に流される様に、気がつけば僕は首を縦に振っていた。
「――私、異世界に飛ばされて戦ってたら目が良くなってたの」
!?
……ハッ、ついマガ〇ンマークが出てしまった。
「ハッハッハ。飾磨さん、この作品のジャンルは恋愛《現実世界》なんだよ? コメディジャンルでバチバチの異世界バトル描写をする事すら躊躇っちゃう作者がそんな設定を書くわけないじゃないか」
「和坂くんこそ度重なるメタの天丼は御法度だと思うよ!? そして色んな作品を敵に回しそうな発言は避けようね!?」
「いやでも、異世界……異世界かぁ」
あまりに突飛だ。
一般男子高校生には劇物ですらある。
例えば彼女がホームルーム前にラノベを読み漁るような凡庸な厨二女子であったなら、『お、僕と同類じゃーん』等とクソ無神経な返球をする事で何とか体制を保てるのだが、生憎と相手はガチガチの文学女子。
彼女が読んでいたライトなノベルは最高でも『鏡の国のア〇ス』である。
それはそれで、『正気か……?』と思ったものであるが。
兎も角、今は件の異世界発言である。
あまりにも真剣な顔なので嘘とも思えないのであるが、生憎と僕は性癖が捻じくれているだけで、何処かの定治と違って現実主義者ではある。
が、それはそれとして。
「いきなり言われて意味が分からないよね……」
「――いや、逆に合点がいった。異世界に行く位のドラマ性、突飛さがあったのなら眼鏡を外しても仕方のない事態だったんだろう」
「それで、良いんだ……」
「寧ろ、思い立ったが吉日程度の覚悟で眼鏡を外しているのだったら何が何でも掛けさせるつもりだったまである」
理解は出来ていないが、納得はした。
どうやら飾磨さんは僕の想像も及ばない珍事に巻き込まれたらしい。
「寧ろよくそんな爆弾発言を、一クラスメイトにしたものだと」
「それぐらい言わないと止まってくれなそうな圧があったからね」
「なんと、飾磨さんに圧をかけるなんて不届き者がいたものだね」
「おかしいな、今朝まではこんな面白人間じゃないと思ってたんだけど……」
僕も数秒前まで異世界転移経験者とは思ってなかったよ。
彼女には悪いがトンチキ具合で言えば僕とどっこいどっこいだと思う。
「異世界からよく帰ってこれたね」
「あ、本当に信じてくれてるんだ」
「眼鏡を外した理由として何とか納得する為に絶賛受け入れようとしている最中。解像度を上げたいから色々聞いて大丈夫かな?」
「人生を眼鏡に支配され過ぎだよ……私の言える事なんて、異世界に飛ばされて行く当てもなく彷徨ってたらお貴族様に助けられて、何か魔術の才能があったから魔物と戦って、色々してたら一国を救うことになって、国宝の『行ったことのある街に移動できる宝玉』に触らせてもらって無事帰って来れたぐらいしかないから」
「とんでもないスペクタクルが繰り広げられた事しか理解できないし、サラッと国救ったね」
「いや、私なんて戦士系の人達の後ろに隠れながら遠距離魔術連発してただけだから」
陰キャ戦法だ。
「いやでも国宝に触らせてもらえるぐらいだし、英雄的立ち位置には居たわけじゃないか」
「一般女子高校生に背負える羨望の目線じゃなかったよ。無駄に美形な人達に囲まれるし……」
ああ、それは怖い。
確かに唐突に力授かった上に武勲立てちゃったら誰に何されるか分からないよな。
ぽっと出の人間なのに国宝触らせてもらえるって事は相当な事をしてきたんだろうし。
「で、戦ってたら何故か視力が向上したと」
「視力だけではないけどね。動くのに邪魔だったし、掛けている理由もないかなって」
「ある!!!!!」
「びっくりしたぁ」
「後衛職なら眼鏡は掛けているべきだ」
「そ、その心は?」
「その方が僕は好みだからだ!」
「幾ら何でも主観一本でひっくり返すのは無理があると思うよ」
「残念な事に眼鏡が良い理由僕は論理で説明できない」
「命のやり取りしてる時に主観の話してられないよ」
「確かに。ごめんなさい」
普通に怒られた。
確かに冷静に考えて真剣に何かを取り組んでいる人に対して、只の主観で眼鏡を掛けることを要求するのは余りにもバカ過ぎる。
「だが、今は異世界から無事に帰還した訳だね」
「うん、眼鏡を掛けるかは別としてね」
それは残念。
いや然し、眼鏡を外してまで大騒動を乗り越えてきた女の子にはもっと言うべきことがあるだろう。
「あーっと……何というか。おかえり、なのかな。飾磨さん」
「――っ」
何気なく出た言葉。
僕なんかが想像もできないほどの、眼鏡を外すのもやむを得ない程の冒険を乗り越えてきた彼女に対して、素直に出た正直な発言。
瞬間、飾磨さんの瞳には大粒の雫が浮かんでいた。
アレェ!?
マズイ、女子を泣かすのなんて保育園以来だ。
あれはそう、お歌の練習でふざけるのにハマっていた無邪気な四歳児って回想に入ってる場合じゃねぇ!!
「いやなんというか失言だったのかはわからないけどゴメンというか何というか……」
「違うの、なんていう、か……すごい勝手だけど、私にとって和坂くんが学校の一部っていうか」
後悔先に立たず、ポッケの中を弄るもそこには空白しかない。
「和坂くんが声掛けてくれたコトとか、助けてくれたコトとか、ホントにありがとうって思ってて」
何故、僕は朝ハンカチを持たなかったのか。
彼女は文字を紡ぐ中、頭の中がそんな意味の無い考えが通り過ぎる。
「だから、今日和坂くんと初めて会った時、最初に『おはよう』って言ってもらえなかったのが、すこし、苦しくて」
彼女を、視る。
思えば、色眼鏡無しで彼女を視たのはこれが初めてなのかもしれない。
後ろに括られた長髪は後ろに括られ、炎天が照らせば鈍色に光っていた。
以前より痩せた顔つきではなくなったが、その肌はやや荒れている様にも見えた。
筋肉も、少し付いただろうか。
「今日ね、和坂くんに言いたかったのは、和坂くんからすれば本当にどうでも良いコトなんだろうけど、言いたかったのは――」
その言葉の先を、僕は受け止める自身が無い。
それは多分、僕の様な人間には持て余すモノだ。
然し同時に、僕には受け取る責任のある言葉だ。
「――あ、りがとう」
たった一言。
詰まりながらも、結われた言葉。
無責任な事に、僕の秤ではその重さは量れない。
きっと永遠に共感なんて出来ない。
僕にとっては昨日の今日だ。
なんてない日々の延長だ。
唐突に告げられた事情から、逃げ出す事だって出来るのだろう。
「汚くてゴメン」
そんな事を言って、気がつけば僕は彼女の顔を拭いていた。
いつの間にか脱いだブレザーで。
どれだけ探しても、僕のポケットには申し訳なさしか残っていなかったから。
*
兎角、落ち着ける場所へ。
無我夢中、飾磨さんの手を引き辿り着いたのは人気のない小さな公園だった。
ベンチに彼女を座らせ、急いで自販機に向かう。
勿論飲み物の好みなんて知る筈もないが、『だからといってこういう場でスポーツ飲料のボタンを押してしまうからモテないんだろうなぁ』等と下らないモノローグを流しながら、僕は駆け足気味に二本のペットボトルを持って飾磨さんの元へと戻る。
「その、どうぞ」
「ごめ……ありがとう」
くしゃくしゃになった僕のブレザーを握る右手とは反対の手で、弱々しくも彼女はボトルを受け取った。
蓋ぐらい開けておくべきだったか、なんて考えは杞憂に終わり、僕も彼女の隣に座ると正面を向いてボトルを喉に向け傾けた。
「あー、その、なんというか」
静寂に耐えきれず、思わず話題が無いかと空を弄る。
「魔法とかって、まだ使えたりするの?」
「まあ、簡単なものを作るとか、なら」
空を仰いでいた筈なのに、隣がそれ以上にやけに眩いものだから。
隣に移した視線の先には、いつの間にか掌に眼鏡を乗せる飾磨さんの姿があった。
一体何処から?
本当に魔法が?
そうだとして何故眼鏡?
浮かぶ疑問は数え切れない。
だが何よりも今重要なのは、彼女が眼鏡を手にしているという点だ。
「あ、いや、これは和坂くんがずっと眼鏡の事言ってたからイメージがそれしか出なかったっていうか」
眼鏡である。
ああ、それは飾磨さんが昨日まで掛けていた眼鏡に他ならない。
それが今目の前にあるというのに、僕は嬉しくなかった。
いや、嬉しくないというのは嘘になるだろう。
僕の鼓動はこんなにも高鳴っている。
幾度も見てきた彼女の眼鏡姿を脳裏に浮かべては、消える訳がないのに消しゴムを掛けている。
「その、掛けて……欲しい、よね?」
彼女のその一言を聞いた時、僕の心のモヤは瞬時に言語化され脳内に迸った。
違うんだ飾磨さん。
僕は君の眼鏡姿が好きだ。
世界で一番と言えるほどのファンかもしれない。
でも今日僕は初めて君の顔を、レンズを通さずに君の顔を、素の顔を見れたんだ。
その時覚えた名前も付けられないこの感情は、たった一本の眼鏡に塗り潰されやしないだろうか。
君に無理矢理眼鏡を掛けさせたとして、それは僕が求めた君なんだろうか。
そもそも記憶の中の飾磨さんは、僕が補正しただけの美化された存在だったのではないだろうか。
わかっている。
只の潔癖だ。
たかが性癖だ。
言い訳ばかりして、決定的な言葉など出やしない。
見たい。
そんな事を思ってしまった脳内の自分をブン殴り、僕は眼鏡を持つ彼女の掌にそっと右手を重ねた。
あくまでレンズを触らないように細心の注意を払って、だが。
「いいよ、飾磨さん。無理しなくて」
息が上手く出来ない。
先程まで泣いていたのは彼女の筈なのに。
俯いた僕の喉奥に、嗚咽にも似た鈍い音が引っかかっている。
「無理じゃないよ」
ふと見上げれば、彼女は『ふっへへ』と少し間抜けにも思える声と共に微笑んでいた。
「その、和坂くんの熱量はちょっと……いやだいぶ怖かったけど、眼鏡似合ってるって言ってくれたことは嬉しかったから」
「あぁ、うん、あぇ? あ、うん?」
彼女の言葉を頭が処理出来ていない。
然し、これだけはわかる。
可愛い。
やや腫れた瞼を覆うかの様に、其れは彼女の顔に装備された。
「どう、かな」
ここまでのやり取りで、答えはわかりきっているであろうに。
意地悪く彼女は問うてくる。
最早彼女を直視できず、目を覆ってしまった僕は、
「ポニーテールも、似合ってる」
等と頓珍漢な事を言っていた。
もう良くないか、眼鏡を掛けた方がだの掛けない方がだの。
濁った目をしていたのは、
邪な目で見ていたのは、
真に心の眼鏡が必要だったのは、僕の方なのではないだろうか。
「そ、そっかぁ」
指の隙間から見えた彼女の顔は朱に染まりながらも、自己肯定感に満ちた表情をしていた。
は? 可愛い。
「あっ、制服ごめんね。汚しちゃって」
ふと正気に戻ってしまった飾磨さんは、どうなる訳でもないのにワタワタと僕の制服を畳みだす。
「いや、別に大丈夫だよ。二着あるし……」
大丈夫とは何をもって大丈夫と言ったのであろうか。
そもそも冷静になってみるとおかしい行動をしているのは明らかに僕の方であると思うので、本当に気に病まないで欲しい。
後、これ以上僕の前で表情豊かな行動を取らないで欲しい。
全部魅力に見える。
「後、飲み物とかクリーニング代とか」
「あの、自分が大変御迷惑をお掛けしたので迷惑料と思ってもらえば」
「急に畏まられると対応に困るなぁ……納得もし難いし」
「急に泣かれたら冷静にもなる」
「ゔ、その節は大変御迷惑をお掛けしました」
「いや、あの、責めるつもりは毛頭無くてですね……?」
「それじゃあ、制服はクリーニングして返すからね」
「えぇ……」
顔がいいだけでなく、異世界に行って強引さまで身に着けている。
最強か?
*
それから、
僕らは何とはなしに、二人。公園で黄昏れていた。
言葉を交わす訳でもなく、目も合わせず、只不可思議なこの状況に身を委ねていた。
そういえば、何の話をしていたのだったか。
そもそも、何故僕は放課後を飾磨さんと過ごしているのだろうか。
そんな事をつらつらと考えている内に、手元の容器は空になっていた。
ふと隣を見れば同じく彼女も空の容器を膝に置き、少し恥ずかしげに微笑った。
「あの、そろそろ……」
それはどちらの台詞だったか。
帰ろうか。
その言葉は無かったが、僕達は頷いていた。
立ち上がって軽く伸びをすれば、日は既に傾き始めていた。
やはり目配せだけの合図で、まるでいつもしていたかのように歩き出す。
動き始めてやっと頭に血が回ってきたのか、僕は改めて今日の自身の行動を思い返していた。
何か、凄く失礼を働いた気がする。
後、滅茶苦茶恥ずかしい事を何度か言った気もする。
更に、何かトンデモ発言を聞いたりした気がする。
が、まあ気にすることはないだろう。
飾磨さんは結局、眼鏡を掛けてくれたのだ。
それだけで充分である。
明日も彼女が眼鏡を掛けてくれている保証はない等とは考えてはいけないのだ。
そんな暇があれば、一秒でも長く今日の眼鏡を目に焼き付けるのだ。
気まずさと気恥ずかしさを、そんな戯言で振り払う。
「和坂くん」
「はぇ!?」
唐突な飾磨さんの声に思わず背筋が伸びる。
「私、ここ曲がるから」
「あぁ、うん、その……また明日?」
「……うん」
小さく呟くかのような声を出すと、飾磨さんは逃げるように小走りで交差点から去っていった。
僕はやけにドクドクと唸る血管の音を無視し、控えめに手を振り続けた。
*
「ねっむい」
眠ろうとして眠れないのは生まれて初めての経験だった。
今までは何だかんだ言って、長くとも三十分あれば寝れていたと記憶している。
いつもの眠れないなど、所詮ファッション不眠症である。
では昨夜は?
蒼き雷霆を受けた訳でもないのに、僕は覚醒状態となり『鬱展開も無いのにガ〇ヴォルトじゃないか』などと支離滅裂な思考を回していた。
夜が明けていた。
一体、どんな顔をして飾磨さんに挨拶をすればよいのだろうか。
昨日色々と暴露したりされたりして、そもそも彼女は挨拶を返してくれるのだろうか。
頭は陰鬱なのに、何故か心臓は跳ねていた。
先程まで通学路を歩いていると思っていたのに、既に自分は教室の前にいた。
深呼吸をして、戸を開けた後をシミュレーションする。
いつもならば、妄想の中の飾磨さんの可愛さに悶える所。
然し、どれだけ妄想しようと頭の中の彼女は眼鏡を掛けていなかった。
それが何よりも恐ろしく、同時に恐ろしいと思っている自分に吐き気がした。
僕は、眼鏡女子が好きだ。
女子が掛けている眼鏡の意匠に意味を見出そうとしてしまう。
眼鏡を掛け直す仕草に個性を感じて胸がグッとくる。
クラス内での眼鏡人口が他クラスに比べ著しく低いことに憤りを感じる。
眼鏡を大切にしない眼鏡女子は嫌悪する。
眼鏡を掛けなくなった三次元眼鏡女子はとてもじゃないが受け入れられないことを昨日知った。
……そして、その程度の性癖で人を好嫌する自分が何よりも許せないと思った。
意を決して扉を開ける。
早めの登校、空いている教室。
その中で一際目立たない路傍の花。
窓際前から四列目、そこにはいつもの彼女がいた。
髪は下ろし、首は少し俯き気味で、僕が辛うじて知っている文豪の文庫をパラリと捲っている。
教室に入らず立ち尽くす僕を見つけたその一輪は、少し笑みを浮かべ再び本に向き直った。
ああ、花は花でも、か。
僕は諦め気味に自分の席へ。
否、口を開け待ち構える彼女の元へと向かった。
「おはよう、飾磨さん」
「おはよう、和坂くん」
僕は思考を逸らすため、読みもしないラノベを取り出して視界を埋める。
「髪、下ろしたんだ?」
僕は視界は埋めたが、口を塞いでいなかった。
「うん、嬉しかったから」
会話になっていない様な回答に困惑する。
「特別な時にだけする事にしたの」
「……そう、なんだ?」
続く言葉が益々訳がわからない。
一体全体どうして君は、僕の思考と情緒への特効がバグっているのか。
「和坂くん、聞きたい事があるんだけど」
「うん?」
名前を呼ばれ、ドキリとする。
何せ最強の初期フォームだ。
更には僕への優位性をタップリと知ってしまったナンバーワン眼鏡女子だ。
「和坂くんって眼鏡好きだよね」
「……眼鏡を掛けてる女の子が好きです」
もう告白である。
今更ながら告白如きで恥ずかしがるなという話であるが、昨日の僕は性癖が昂った末に生まれた暴走列車なのである。
肝心の燃料を失った末に、ズタズタに車輪を破壊された今、どうやってこの状況から逃げ去れようか。
「和坂くんさ………………眼鏡してないよね」
「……僕は女子じゃないので」
散々眼鏡の魅力を語っておいて何を言っているのやら。
いや然し、弁明させてほしい。
僕は視力が悪くないしオシャレの為だけに眼鏡を買うというのも……いや、似合うかわからないし。
「私さ、和坂くんが好き」
「あぁ、うん…………は?」
「いや、好き……になり掛けてたんだと思う」
「ぉあぁ? いや、うん……うぇあぁ?」
「私ね、和坂くんをちゃんと好きになりたくて。でもね、和坂くんの根底にある嗜好が何一つ理解できないの」
妥当である。
僕だって自分の性癖も思考も、今この状況だって何一つ理解できていない。
「だから和坂くん……眼鏡、掛けてくれないかな?」
完
コバンザメになりたい。
初めましての方はご挨拶だなコラ、お久しぶりの方はおはこんばんちはバラレットラ。
どうも、残機1LIFE0です。
昔から、後書きが好きです。
書くのも読むのも大好きです。
特に、『書かなくていい』という点が堪りません。
皆様は小説家になろうの投稿に必要な最低文字数を御存じでしょうか。
200字以上です。
どれだけ文字を削ろうが、Twitter(現X)の投稿よりも文字を書く必要があります。
対して後書き、此方は作者に書く責務はありません。
それでも尚書くという事は、本編には書けない、でもそれ以上に伝えたい事がギュッと詰め込まれているんじゃないかと私は思います。
納得しましたか? しましたね?
では、本編からハミ出した2000字以上の私の想い、しっかり受け取って下さいね?(もう短編として出せ)
瓶のインスタントコーヒー、皆様飲まれる機会はありますでしょうか?
私は割とコーヒーを脳死で摂取したりしますので、手軽に飲めるインスタントコーヒーが好きだったりします。
そして先日、新しい瓶を開封している時です……ふと、思いました。
内蓋、めちゃめちゃ開けづらいよなぁ……と。
瓶のインスタントコーヒーの内蓋。
銀紙みたいなのがテラしつこい糊でビッチビチについてるんです。
破るのは簡単なんですが、綺麗に破らないと中身が取り出しづらくなりますし、何よりイマイチスッキリしません。
どうにか、綺麗に剥がす方法はないものか。
そんな疑問を抱え、私はUC〇のサイトを見に行きました。
『瓶天面の紙ラベルは、瓶に付いたふちの部分を残して、内側を完全に切り取ってお使いいただくことをおすすめします。このようにすることで、瓶の口が平らになり、瓶とキャップの間に隙間ができず、キャップをぴったりと閉めることができます。』
いや、違うじゃん。
それがモヤモヤするから検索したんじゃん。
ていうか正直に言うと、私不器用だから縁の部分だけ全部残して綺麗に切り取るなんて出来ないんだよ。
だから綺麗に剥がす方法を探しに来たんじゃん。
もう誰かコーヒーの内蓋を綺麗に剥がす、もしくは切り取る器具を出してください。
売れるかは兎も角、私は買います。
さて、バカがバカみたいな題材でバカみたいな文量を短編にしちゃった作品は皆様お楽しみいただけましたでしょうか?
5話ぐらいに分けて出せ。
本作は特定の作品、人物等を誹謗中傷する意図は全くございません。あくまでキャラクターがそれぞれの性癖、思考に従っているだけですので作者の考えと必ずしも一致するわけではありません。
一応、あしからず。
さて、世の中に存在する後書き先読み民様の為に……(16000字を無視して後書き読む民がいるのなら、尊敬しますとかいうのは置いときまして)
以下、ネタバレ混みで本編に触れるお時間です。
本作の旧題は
便宜上此処では『眼鏡』で統一しているが、『めがね』や『メガネ』表記も僕は好きだ。
という物でした。
『眼がネ』という略称にしたかった、というバカみたいな理由ですが、そんな事よりも現タイトルの方が多方面の逆鱗に触れそうなので公開前に改題しています。
本作のキーワードタグに『異世界転移』が設定されているのにお気づきになられた方はいらっしゃるでしょうか。
本作のプロットは
『眼鏡好きな男子の推しの地味目女子が眼鏡外した
⇒男子ブチギレ
⇒実は女子は異世界に行っていた
⇒男子に対して恋愛感情は抱いていないが、好意は持っていたので日頃の感謝を伝えたい女子vsそんな事より眼鏡掛けろ男子
⇒色々あって大オチ、男子は眼鏡掛けてない』
というクソざっくりした物だったのですが、バトルするシチュエーションを作りたいが為だけに異世界設定を使うのは非常に心苦しかったです。
苦肉の策として、『ファンタジー詐欺』のタグを付けています。
許してください。
キーワードなんか見てねぇよ。と、唐突の異世界設定に困惑された方もいらっしゃるでしょう。
然し、本作序盤にチラッとしか登場していない友人枠『樋口定ナントカ』は、私の過去作『この兄妹は異世界転移しないっ!』の主人公の一人であり、絶対に異世界にいけないという定めを持ったキャラです。
そう、彼が登場している時点で異世界関連の作品である事は自明の理という……え、そんなキャラ知らない? 伏線だとしてもわかりにくい? そもそも匂わせにもなってない?
……そうすね!!!!(うるせぇ!知らねぇ!ゴメンね!)
そういえば、彼が僅かに登場する序盤の何気無い会話シーン。
『買い弁』という言葉を出そうとしたんですが、方言だったんですね……知らんかった。
使っても良かったんですが、重要じゃないシーンで違和感を与えるのもなぁ……という事でカットになりました。辛い。
作品を振り返ってみてですが、
主人公に全く感情移入出来ない、感情がジェットコースター中のせいでキャラがブレている様に見えるヒロイン、脈絡の無い唐突な異世界展開、その上で活かされない異世界、クソボケ主人公等々々々々々々々々々々、割と創作のイロハを文量と謎の性癖でブン殴るストーリーになったことは…………
割と、満足ですね。
やりきった感すらあります。
先日、海遊〇にいったのですが(唐突)
子供達が大水槽のジンベエザメに夢中になる中、私は水槽の隅でミッチミチになっているコバンザメに眼を奪われていました。
主役級のジンベエザメではなく、ジンベエザメにくっつく優秀助演のコバンザメでもなく、隅っこでミッチミチになって極一部の人を魅了するコバンザメ。
貴方の心の水槽の角で、ミッチミチのコバンザメに成れたなら幸いです。
ではでは、またまたまたいつか貴方の時間を無駄にできる事を願って。