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ビジネススーツの〈元〉魔法使い

 闇を超え、自分の頭で考えることが可能になった時、まず視界が明るい漆黒になった。低く断続的な音が耳から入ってくる。アレはきっと空調の吹き出し口の音。ということは、アタシは現実的な所に戻ってきたのか。そうか…あれは…夢だったんだろうか。

 ゆっくりと目を開けると、視界に休憩スペースの天井が見えた。ということはアタシは今寝てる姿勢ということ…


「あ!起きた…」


 視界に逆さのチーフの顔アップが飛び込んできた。突然のカットインにビックリしたアタシは飛び起きようとした。少し考えれば分かるようなもんだけど、お互いがこんな態勢でアタシが飛び起きたら、悲惨な頭突きが避けられない。かろうじてお互いが顔の前を手で覆ったり、勢いを弱めるとかしたお陰で、悲惨な断末魔はなんとか回避された。

 …てかアタシ、チーフの膝枕で寝てたとか、どーゆーこと??


「よかった。話の途中で突然寝ちゃったのよ。よっぽど疲れていたのね」

 口元を手で押さえながらコロコロ笑うチーフを眼の前に、アタシはコレまでにない体温上昇を全身で感じていた。


「ねえ、今日はもう帰りましょ?最近は総務とかうるさいのよ。遅くまで残ってるな!学生じゃないんだから、放課後気分でいつまでも遊んでるな!ってね」

 ちょっと不満げな顔ではあるけど、管理職としては仕方ないのよね、うーん!って言う微妙な顔つきと口調のチーフ。

 スマホの時計表示を見たら…ホントだ、もういい加減結構な遅い時間になっちゃってる!


「チーフ…」

「ねぇ、そろそろ私のコト、名前で呼んでくれないかなぁ。ムリなら名字でもいいけど。一緒にやってく人たちとは、特に同年代の人とはなるべくそうしたいの。ダメかしら?」

「あ、いえ、ダメじゃ…いや、でもなんて呼べばいいか」

「…ジュリちゃん、でもイイわよ?」

「そんな!先輩をちゃん付け出来ませんよ、か、勘弁して下さい。…あ、じゃあ…樹里先輩でイイですか?」

「うん!イイわ!うれしい!」

 チーフはまたコロコロとした満面の笑みをアタシに向けてくれた。


「私は管理者の手続きとか色々もう少しあるから、今日はもう先に帰っちゃっていいわよ。お疲れ様、また明日ね」

 お疲れ様の挨拶をし、チーフ…樹里先輩と別れた。


 アタシは休憩スペースを出て、カーペット敷の長い廊下を歩きながら、さっきまで見ていた夢のことについて考えていた。夢って起きるとすぐ忘れるもんだと思ってたのだけど、こんなにハッキリと覚えているなんて…。それに夢の中とはいえ、あんなに赤裸々に思ってたことを言っちゃう自分にもちょっとビックリだ…。


「少しは気持ち、楽になったかしら?」


 突然、脳内で聞き覚えのある声がしてビクっ!ってなった!鳥肌が立った。思わず廊下のはるか向こうに遠ざかった休憩スペースの方向へ振り向く。遠目にまだ室内にいる樹里先輩が見えた。遠目だから先輩の正確な所作はわからないけど…


 人差し指を杖の様に眼前にかざした先輩が、二、三度ソレを振ったように見え、そしてそれを合図に休憩スペースの照明が落ちた。

 …うん、私にはそんなふうに見えた。


 もう一回休憩スペースに戻って、今のことを先輩に確認取りたかった。でも行かなかった。行ったらダメな気がしたんだ。もし行ってソレを問いただしたら、先輩はチェシャ猫のように、にっこり笑いながら目の前でスゥーッと消えてしまう、そんな気がした。


 アタシは口をキュッと結びながら少し呆然とした後、自分のロッカールームに向かって駆け出した。

 今日は不思議なことが多すぎだ。ああ、少しアタマを整理したい…。


「地下鉄銀座線、本日もご利用いただきありがとうございます。間も無く渋谷方面最終電車、到着、いたし、ます」


 夜も深い時間とは言え、そこそこ人の多い帰路のプラットホームで、今日聞いたこと、体験したことを頭の中で何回も反芻していた。


「止まるのは…ダメ…」


 声には出さず、唇だけを動かして自分だけに言い聞かせる。

 元・空飛ぶ魔法使いの先輩から聞いた言葉は、不思議とスンナリ心に落ちた。

 でもだからといって、突然には変われない。…いや、ソレは理想ではあるんだよ。できるなら、そうしたい。でも、今は心に留め置くだけにしておこうと思った。


 樹里先輩は魔法使い…。最初ソレを耳にした時は話半分で聞いていたけど、今となってはもう違和感はなかった。最初に「魔法使い」と評した人は、なんでそう評したんだろう。その人は何を目の当たりにしたんだろう。ふと、そんな素朴な疑問が湧いた。


 アタシもホウキで空を飛べるかな。どうやったら飛べるんだろう。ホウキで飛ぶのなら、跨り方、重心の取り方、呪文はどう唱え…いやいや、ちょっと待とうか…。ホントはこんなふうに考えすぎるのが一番ダメなんだろうな。ひょっとしてホントの間違えはココからだったのかもしれない。改めての気づきを得た電車待ちのホームで、アタシは思わず苦笑いをしてしまった。


 地下鉄の車両がホームに入ってきて、同時に特有のあの風が吹いた。全身でその風を受けながら、ホウキで空を飛ぶ時の風は、こんな地下鉄くさい風じゃないんだろうなと思ったが、でも宇宙を飛んだら、こういう匂いがするのかもしれないな…そう思ったら、その風、アタシも受けてみたくなった。


 電車に乗り込み、立ってドア側に寄りかかったアタシは、チーフが握ってくれた手の熱さを思い出していた。その熱さのせいか、乗り慣れたこの車輌の照明がいつもより明るく感じられ、いつもより胸が軽い気もした。


 そして電車と言う名の鉄のホウキは、ゆっくりと前に進み出した…。

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