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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
交わる人生

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親の支配

 「あんな酷いことされたのに、みんな親が大好きなんだな」


 明奈に向かって言ったのか、はたまた独り言か——明奈は返事をするのが面倒くさいので、独り言ということにしておこう、と決めた。


 「おい、なんか言えよ」


 そう言われて、思わず舌打ちが出てしまう。

 最近のこいつはうざい。やけに絡んでくるし、今日だってわざわざ家に突撃してくるし。


 今日、太輔は二度目の明奈宅訪問に来ていた。


 この調子じゃ、今日も泊まると言うだろうな……と明奈は憂鬱だった。


 自分の家に他人がいる、という状況は落ち着かない。明奈はできるだけ一人にさせてほしいのだった。


 この辺鄙な田舎のだだっ広い家で一人で過ごすのが、自分には相応しいと思ったから、こんな誰も買い手がつかなかった幽霊屋敷を買ったのに。


 友達の家に遊びに来た、みたいな感覚で来られては困る。

 太輔とは友達でも何でもないのだし——。


 「おい無視すんなって」

 「……急にどうしたの」

 「いや、ちょっと思ったんだよ。あいつらさ、どいつもこいつも親からクソみたいな扱い受けてきたのに、それでもまだ親に未練あるやつ多いじゃん」


 より正確に言えば、親に愛されなかったことに対する未練が消えていない者が多い。


 彼らが親と離れた理由は、捨てられたり死別したり自分から離れたりと色々だが、皆親と離れたというのに未だに親を忘れられない連中だった。


 「歩も流夢も、お前を巻き込んで親子ごっこしてるのは、本当の親が恋しいからだろ。話聞く限り、歩と流夢の母親ってお前に似てる感じするし」

 「そんなに愛されたいなら、もっと全然別の優しそうな人にすり寄ればいいものを……うざったいんだけど」

 「似てるからこそだろ。同じような雰囲気持ってるやつに愛されてこそ、過去の自分を救えるって思ってんだろ」


 そこに二人が明奈を慕う理由が隠されていた。


 誰でもいいわけではないのだ。

 愛されたいと心の底から願いながらも、とうとう自分を愛してくれなかった母親に、流夢と歩は未練を抱いている。


 今からでも愛してほしい、と心の奥で思っている。

 だから母親に似た雰囲気の明奈に引き寄せられた。


 ちょうど暴力的な父親の元で育った女性が、成長して大人になった時、同じように暴力を振るう男性を恋人にするように——得られなかった愛を求めて、似たような人間に惹かれるのだ。


 その結果、自分を愛してくれない存在に依存して執着して、いつまでも追いかけることになる。どれだけ経っても救われることはない。


 「みんな女々しくて報われないよなあ。口ではもう完全に親を見限った、みたいなこと言ってても、実際は全然そんなことないんだから」


 太輔が肩をすくめるのを、明奈は冷めた目で眺める。


 「どれだけ親の悪口言おうと、未練たらしさが滲み出てんだよな。多分、親が『今までごめんね』って謝ってきたら、受けた仕打ちもあっさり忘れて手放しで喜ぶんだろうな。口ではどれだけ強気なこと言おうとも、結局親に囚われてるのを見ると可哀想になってくるわ」


 太輔の口調からは、軽蔑と優越感が滲んでいた。

 明奈は、奇妙な気分でそれを聞いていた。


 「自分は違うって思ってる?」


 何気ない口調を意識して明奈がそう尋ねると、

 「当たり前だ。お前も聞いただろ。この家で」


 以前泊まりに来た日の夜、太輔は誰にも聞かせなかった話をした。

 太輔は、自分の中の最もデリケートな部分はメンバーたちにも隠していた。


 それなのに、この前明奈の家に来た時、彼女にだけは打ち明ける気分になった。


 「俺は他の奴らとは違う。俺はクソ親父も母親も、その後現れたあいつらも、もう全部どうでもいいんだよ。全員ゴミみたいなやつらだった。そんなやつらに未練なんてあるわけないだろ。思い出すとムカついてくるけどそれだけだ」


 自分だけは親や家庭環境のことを引きずっていない。未練なんてない。

 昔の記憶にいつまでも囚われているあいつらとは違う——と太輔はそう信じているのだった。


 「……そうだね。あんたはゴミみたいな親に怒りは抱いているけど『本当は愛されたかったのに』みたいな甘ったれた感傷は持ってないよね」

 「な、そうだろ。そう思うよな」


 明奈が無難な言葉選びをすると、太輔は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 「お前もそうだよな。本心では愛されたかった、なんて思ってるハナタレ小僧みたいな他の奴らとは違うよな」


 馴れ馴れしく肩に手を回されて、明奈は渋い顔をする。


 「俺はお前に一目置いてるんだよ、明奈。お前は自分の力で親の支配から抜け出したんだ。自らの手で母親を殺して、苦しみを断ち切った。誰にでもできることじゃない。お前は他の奴らとは違って"本物"だ」


 明奈の私小説の結末部分——明奈が母親を殺すシーンは、太輔の心に明奈への尊敬を抱かせたようだ。


 「……どうも」

 「お前ならやってくれるって信じられるよ。土壇場でビビって逃げ出したりしないって。なんせお前は、自分にとって一番デカい存在だった母親を殺したんだ。赤の他人を大勢殺すのなんてわけないよな」

 「ビビって逃げ出すやつが出るかもしれない、って思ってるの?」

 「そりゃあ、54人もいるんだ。一人くらいは日和るかもしれないだろ」


 なんせ、やることがやることだ。

 人を殺すというのは簡単にできることではない。

 人が人を殺すのには、それなりの強い感情が必要だ。


 特定の個人に向けたものだけでなく、無差別殺人でもそれは同じだ。

 他人や社会に対する鬱屈した思い、強い恨みがないと、殺人などという大それたことはできない。


 一部の快楽殺人者を除けば、相当の感情に突き動かされないと大量虐殺はできない。太輔の心配ももっともだった。


 「そんなことがないように、"洗脳集会"を定期的にやってきたんでしょ」

 「まあその甲斐あって、全員やる気は百パーセントだけどよ……」


 メンバーたちを一つの場所に集めて話し合いをしていたのは、何も作戦の確認のためだけではない。


 作戦内容はいたってシンプルなので、むしろメインの目的は、皆の士気上げと怪しげな者がいないかのチェックだった。


 太輔たちは、裏切りそうな者がいたら酷い目に遭わせてやるつもりでいたが、幸いにもそんなメンバーは現れなかった。


 「でも直前まで何が起こるかわからないだろ?」

 「それはそうだね」


 明奈は、出会ったばかりの頃の太輔を思い出す。


 今はなりをひそめているけれど、当時の太輔は随分荒っぽかったものだ。


 道を歩いていて人とぶつかり、相手が謝らずに通り過ぎようとした場合は、すかさず人気のないところに引っ張って、半殺しにしなければ気が済まなかった。だから明奈は、太輔と出歩くのはごめんだと思っていた。


 いちいち相手することないじゃん。ほっとけばいいよ、と明奈は言いたかったけれど、そういう時の太輔は気が立っている繊細な野生動物みたいで、とてもじゃないが声をかけられる様子ではなかった。


 だから、そういうことになった時は、太輔の気が済むまで待っていなければいけなかった。


 今も太輔は手が早い方だが、数年前に初めて出会った頃よりは、暴力を振るわなくなった。

 あの時の太輔は、まるで暴力を振るうことが自分の義務であり仕事だ、とでも言うように、ちょっとでも他人に舐められたり軽んじられると、殴りかかっていた。


 その暴力がいつか自分にも向くんじゃないか……という恐怖に明奈は当時から悩まされていた。


 こいつは何だかわたしのことを気に入っているみたいだけど、わたしはこんなやつごめんだ。

 こんないつ飛びかかってくるかわからない、手負いの獣みたいなやつ——。


 わたしがこの男をどう思ってるのか打ち明けたら、確実にわたしはボコボコにされるんだろう、と明奈は思った。


 明奈は、太輔のことを可哀想だと思っていた。


 その憐れみは、前回泊まりに来た日の夜、誰にも打ち明けなかった太輔の傷を聞いてからますます強まった。


 話を聞いている間中、明奈は思っていることをつゆほどにも顔に出すわけにはいかない、と一生懸命ポーカーフェイスを保たなければいけなかった。


 わたしとこの男は似た者同士だ。

 他人に馬鹿にされたくない、可哀想だと思われたくないと強く思っている。


 誰かに上から目線で憐れまれたら、そいつを徹底的にやり込めないと気が済まない。死んでも可哀想だと思われたくない。そんなふうに見下されるくらいなら死んだ方がマシだと思っている。


 だからわたしたちは、死ぬことを選んだのだ。


 自分の役目を終わらせたら、わたしも太輔も死ぬ。

 刑務所には入らない。生きたまま世間の奇異の目を浴びるような拷問は受けない。


 罵倒されるよりも、人格否定をされるよりも、憐れみの目で見られることの方がよっぽど辛い。


 わたしたちの過去を知って、勝手に安い同情心を抱いた能天気な人間が「この加害者も可哀想な人だね」と綺麗な涙を流す。


 そんな恵まれた人間たちの慰み物として扱われる余生なら、さっさと死んだ方がいい。


 わたしと太輔は、性格と思想が似通っている。

 ふと、明奈は嫌なことを考えてしまった。


 こいつもわたしのことを、可哀想だと思っているんだろうか?


 浮かんできたその考えを、明奈はすぐに打ち消した。


 そんなこと考えるな。

 無駄なことは考えなくていい。どうせもうすぐ死ぬ身なんだから、計画を成功させることだけを考えていればいいんだ。


 こいつとももうすぐ永遠にお別れだ。

 そう思っても、明奈はまったく名残惜しい気持ちにはならなかった。

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