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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
子カフェの店長

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9/123

正しい大人

 ***


 彼女とは、衝撃的な出会い方をした。

 横断歩道に飛び出した幼児を、たまたま目の前にいた俺が助けたのが発端だ。その幼児は彼女——愛理(あいり)の姪っ子で、一緒に手を繋いで散歩していたのだが、急に手を振り解いて駆け出していったのだという。


 幼児に自動車が迫っているのを見て、咄嗟に体が動いていた。

 あれは、反射的にとった行動だ。正義感に駆られてのことではない。俺は今でもそう思っている。

 しかし、俺の勇気ある行動を目撃した愛理は、初対面でかなりの好感を俺に抱いた。


 幼児を抱き抱えて道路を転げ回ったので、一応病院に行って体の具合を診てもらったが、特に何の異常もなく、かすり傷程度の怪我で済んだ。

 愛理は幾重にも頭を下げた後で、診察代を負担した。それだけでは気が済みませんので、と強く言うので、近日中にご馳走してもらう約束を交わした。

 その時から、愛理の目には熱いものが宿っていた。


 お礼をしてもらった後も、愛理からは頻繁に連絡がきた。俺も悪い気はしなかったので、それに答え続けていたし、会いたいという誘いも断らなかった。何回か会ううちに、愛理の方から告白されて、付き合うことになった。


 愛理は子ども好きだった。お互いの家が近いのもあって、姉の娘の面倒をよく見ていた。

 結婚するとしたら絶対に子どもが欲しい、と言っていた。生まれてきて良かったって思えるように、大切に慈しんで育てるんだ、と豪語していた。


 俺は24歳で子カフェの社員。愛理は23歳の保育士だった。


 愛理は職場の同僚について、時折忌々しげに話していた。


 「給料がいいから、この仕事を選んだんだ。子どもなんてどうでもいい、っていう本心を隠そうともしないんだよ? 子どもたちと接する時にもそういう冷たい態度でいるから、何回突っかかったことか」


 愛理は保育園の子どもたちに深い愛情を寄せており、この仕事をするのに高い給料以外の目的などない、というスタンスの者を目の敵にしていた。


 「意外といるんだよね。子どもなんかどうでもいい。むしろ嫌いなんだけど、こんなに好条件の仕事ないから、仕方なく相手してやってる——みたいな人。私、そういう人ホントに無理」


 本当は好きじゃないし、やりたくないけど仕事だから仕方なく……なんて、働いている人間のほとんどがそうじゃないのか。仕事に高潔な心構えみたいなものを期待する人間の方がどうかしているのだ。

 そう言いたいのを恋人の手前我慢して、適当に同調した。


 「特に何の資格もいらないのに、ここまで給料がいいのは保育士くらいだからね。意識が低い人が集まってくるのはしょうがないかもしれないけど、愛理みたいな人もきっと多いよ。だからそう落ち込むなって」


 俺がそう励ますと、愛理からジロリと睨まれた。


 「資格が必要ないのは、保育補助。保育士じゃない」

 「あ、そうだったっけ?」

 「前にも話したじゃん。うちの園は保育補助が非正規で、保育士が正社員だって。保育補助って職業は、基本的にバイトやパートなどの非正規なの。稀に正社員もいるみたいだけど……本当にごく僅か。なるハードルが低いのもあって、いい加減な考えの人が多いんだよ」

 「ああ、そうだ。思い出した。非正規だけど、その辺の会社で正社員として働くよりもよっぽど給料が良いから、応募する人が後を絶たないって言ってたよな」

 「そう。何にせよ、時給だけ見て来る人ばっかりなの。金目当てで子どもの面倒を見るなんて……。子どもたちを何だと思ってるんだか……」

 「まあ、子どもが好きって人たちは、子カフェに行くだろうし。純粋に子どもを思って仕事する保育士は、昔に比べて減ってきてるんじゃないか」


 子カフェ、という単語を出した途端、愛理の顔色が変わった。


 「私、子カフェに通う人たちのこと、大っ嫌いなんだよね。何の責任も負いたくないし、面倒なことは一切したくない。大変さから目を逸らして、ただ無責任に可愛がることだけしたい——そんなエゴの塊みたいな大人がウヨウヨいるなんて、信じたくない」


 愛理には、俺の職業について詳しく話していなかった。


 接客業をしていることと、学生時代からその店でバイトとして働いていて、どこにも内定が決まらなかったので、正社員にしてもらったこと。この二つの情報で、愛理は俺が飲食店ででも働いているのだと想像した。


 『カフェ』と名がついている以上、飲食店で働いているのもあながち間違いではないので、俺は特に補足も何もしなかった。


 言いにくかったのだ。子カフェで働いているということが、どこか後ろめたかった。

 何も悪いことはしていないはずなのに。


 愛理の子どもたちへの博愛精神を聞かされ続けた結果、俺も少し影響されてしまったのかもしれない。


 愛理が批判する対象は、専ら子カフェに来る()の方だった。堂々と店を利用する彼ら彼女らを、非人間のように言っていた。


 じゃあ、そこで働く店員のことはどう思ってんの?

 訊こうと思えば訊けたが、俺はその質問をついぞ口にしなかった。

 怖かった。愛理がどのように俺を罵るのか、何となく予想できていたのだ。


 俺の職業を知った時の愛理の反応が俺にはちゃんとわかっていた。しかし、わからないフリをしていた。案外受け入れてくれるかもしれない、という望みを抱いていた。

 少し考えれば、そんなことありえないとわかるはずなのに。


 もういい。終わった恋愛のことなんて考えるな。こんなことグルグル考えてたって、いいことなんてない。

 愛理とした最初で最後の喧嘩なんて忘れろ。


 これ以上余計なことを考えないように、仕事に没頭した。

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