子カフェ時代の終焉
「『子カフェ』という悪夢みたいなものがなくなって、今年で5年が経ちます」
とある高校の視聴覚室で、私はいつもの話をする。
40名の生徒は、前にいる私の話に熱心に聞き入っている。
ここの学校の子たちは、みんな真面目に話を聞いてくれるな。呼ばれた甲斐があるってものだ。
何度も講習してきたおかげで、今では慣れたものだけど、やっぱり話を聞いてもらえない、というのはくるものがある。
こちらの真剣度が高い分、なおさら。
「子カフェでの仕事は、防犯対策もゆるく、客という立場を利用して子どもに悪事を働く大人もたくさんいました。例えば——」
スクリーンに有名な事件の概要が映し出される。
「お金をあげるから店の外で会おう。悩みがあるならゆっくり聞くから——このような甘い言葉で、自宅に子どもを招く犯罪者が何人も逮捕されています。中には殺人事件もありました」
やはりどれだけ語っても、その度に憤りが湧いてくる。
きっと一万回講習をしたとしても、この胸の内で暴れる感情は消えないのだろう。
「犯罪事件が何件も何件も起こって——国は子カフェというものを、いよいよ消さないといけない、という考えに至りました。……遅すぎる。そもそも最初から認めんなバーカ、って私は思いました」
うんうん、と頷いている生徒が何人かいる。
本当のところ、国は子カフェを存続させたかったのだ。でも、さすがに無視できないほどの問題が誰の目にも明らかになってきた。
国民が目を覚ましてしまったから、反対意見を抑え込むのにも限界が来たのだった。
遅い。遅すぎる。
国民が目を覚ますのも。政府の対応も。
子カフェがなくなるまでに、一体どれだけの子どもたちが傷ついたんだろう。
お腹に力を込める。
「肉体的な問題だけではありません。子カフェで働かされていた子どもたちは、成人しても心に傷を負っている状態が続いているでしょう。心が子ども時代に縛られているのです」
何人も見てきた。親に子カフェで働かされていた、という人たちを。
そういう人たちに話を聞いてきてわかったことだが「子カフェにいた」と語る人たちは、精神的に不安定な人が多い。
いわゆるメンヘラ気質の人が多いのだ。
自己肯定感が低く、自己愛が強い。気分にムラがあって、ふとした時に不安に襲われる。
依存体質で他人との距離感がおかしい、という人も多かった。
カウンセリングのたびに、私に抱きついてくるような子もいた。
まるで、親から得られなかったものを私に求めているみたいだった。
そういう人たちとのコミュニケーションは難しいことだが、それでも辛抱強く続けていきたいものだ。
それが私の仕事だから。何度か転職を重ね続けたのちに辿り着いた私の天職だから。
「子どもが大人から搾取される——こんな惨たらしいことをゼロにしていくためにどうすればいいのか。それを考えてくれたら嬉しいです。というか考えてください」
やや強引な私に、窓際で直立している教師がたじろぐ気配が感じられる。
「社会において、子どもの権力というのは非常に弱いです。社会の権力者は大人たちです。だからこそ、その力の使い方を考えなければならないのです。悲劇を繰り返してはいけないのです」
***
「櫻井さん!」
振り返ると、知っている顔がいた。
パタパタと足音を響かせて、廊下を小走りで進んでいる。
誰もいないし、ちょっとくらいいいだろう。
私は、彼にニッコリと笑顔を返した。
「櫻井さんが学校に来るっていうから驚きましたよ。普段あんな感じでたくさんの人の前で話してるんですね」
感心したような眼差しを、照れ臭く受け止める。
「木口君、こんなところで私と話してても大丈夫なの? 昼休みの時間なくなっちゃうんじゃ……お友達も待ってるだろうし」
「いや、お昼ご飯にちょっと席を外すくらいで、とやかく言うやついませんよ。女子グループならまだしも」
「そうなんだ。やっぱり今も昔も女子高生の人間関係は面倒くさいんだねえ」
年々、男らしさや女らしさ、といったことについて言及されなくなり、性別による違いなどもなくなってきているように思うが、それでもやはり男女によって価値観は異なるのだ。
学校に行くと、それがよくわかる。時代の最先端をいっているように見えても、根っこの部分は昔と何も変わらない。
進んでいるようで進んでいない学校内の様子を見ていると、安心する。
「木口君は最近どうなの? 学校でうまくやれてる? ……って親みたいなこと訊いてるね。私」
「いいんです。櫻井さんにはお世話になりましたから。僕の恩人の一人です」
そう言ってもらえると、こちらもあの時必死に動いた甲斐があったものだ。
「家でも学校でも、うまくやれてますよ。毎日楽しいです。自分の居場所がたくさんあるからですね」
明るく笑うその様子からは、昔の面影を微塵も感じない。
変わったものだ、本当に。
これから何があっても、この子は自分の力と他人の助けで、何とかしていけるだろう。
そういう人たちを増やすのが、私の生きがいだった。
「それにしても、子カフェってとんでもない商売ですね。これが少し前まで認められていたなんて、イカれてるとしか思えませんよ」
「木口君は、子カフェで働かされなかったの? いかにも子カフェにやりそうな親だったけど……」
「俺敏感肌なんですよ。昔はちょっとアトピーっぽくて……」
「ああ、そういう子は店から断られるもんね」
「だから母はガッカリしたでしょうね。"稼げない子ども"と知って」
重いエピソードを、あっけらかんと話す木口君。
彼の中で、実母とのことはすでに折り合いがついている。
もちろん今でも許せないし恨んでもいるのだろうが、その恨みは何だか乾いている。
「でも、子カフェで働かされていたって子、結構いるでしょうね」
「子カフェや赤カフェで働かすために子どもを作る、って人もいたくらいだしね」
「案外身近なところにいるかも。……この学校の生徒の中にもいるかもしれませんね」
怪談でも話しているように、厳かな口調になる木口君。
あり得そうな話だ。
全ての子どもたちが、自分の生きたいように生きられますように。
生徒たちの賑やかな声を遠くの方に感じながら、彼ら彼女らの幸せを祈った。
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