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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
子カフェの店長

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事件の概要

 「はるかちゃん、辞めるんですか?」

 バックヤードにやってきた宮内に、そう尋ねられる。


 「ああ。明日にはもういないよ」

 普通の会社や店ならば、今月いっぱいまでは勤め上げる、というのがセオリーなのだろうが、ここはちょっと特殊な店だ。


 それに、大人と違って、児童が仕事を辞めたいと言ったら、即座に辞めさせることが義務となっている。もちろん引き留めることは一切してはならない。

 それが子カフェという場所を経営するに当たっての決まりごとだった。


 「まあ、しょうがないですよね……あんな事件があったら……」

 「やけに残念そうだな。あの子のこと気に入っていたのか?」

 「ええ、まあ。大人しくて手のかからない子だったじゃないですか。周りがうるさい子ばっかりなので癒されました」


 子カフェの従業員は、子どもだけじゃない。まだ幼い子どもたちの面倒を見る店員が何人か必要だ。宮内はその一人だった。

 この仕事を選んだということは、さぞかし子ども好きなのだろう、と面接時は思っていたが、そうでもないらしかった。

 むしろ、嫌いとさえ言える。そこまでではないかもしれないが……まあ、煙たがってはいそうだ。


 というか、いくら子ども好きでも、天上天下唯我独尊を地でいく腕白たちに囲まれ続け、日々振り回され続けていれば、嫌気もさすはずだ。

 「子どもって、どうしてあんなにうるさいんでしょう。意味もなく奇声発しますよね。無駄に金切り声出されると、こっちを苛つかせるためにわざとやってるんじゃないかって、邪推しちゃいますよ。そんな頭あるわけないってわかってても」

 「確かに子どもの声って特殊だよな。鼓膜に響くっていうか」

 「本当に同じ人間なのかって思います。宇宙人ですよ、幼い子どもは。保育士の人たちを尊敬します。今でこそ高給取りですけど、一昔前は安月給だったんでしょう?」

 「そうだな。仕事の大変さに見合ってない給料だって言われてた」

 「せめて高い給料貰わなきゃ、やる気出ないですよー。本当に」


 宮内が子カフェの店員を選んだ理由は、専ら給料の良さに起因していたようだ。確かに時給は良い。家庭教師の平均時給よりも高いのだから、飲食店で働くよりも、よほど懐が潤う。


 「いつもお疲れ様。おかげさまで助かってるよ。ありがとう」


 半分は本心から出た言葉だが、もう半分は会話を打ち切るために放った言葉だった。


 「犯人、まだ捕まってないみたいですね……」

 話が事件のことに戻った。

 「うちも強盗に入られないように、戸締りはしっかりしなくちゃな」


 そう締めくくり、会話を完全に終わらせる。まだ仕事が残っているのだ。手が空いた店員のお喋りに付き合っている暇はない。

 店長とは、忙しいものなのだ。




 はるかは、うちのカフェで最年長の10歳の少女で、オープニングメンバーの一人だった。


 応募をかけて集まってきた子どもたちの年齢は、4歳から7歳までが多かった。よっしゃ! とガッツポーズしたことを覚えている。その年頃が一番子カフェで需要があるからだ。

 一度目の募集でここまでの人材が揃っているなら、二度も三度も募集をかけないですみそうだとニンマリした。


 面接では、子どもがちゃんと働ける人材かを検査する。親と離れた途端、泣き喚くような子どもは、当然採用できない。基準を満たさない子どもは、バサバサと切り捨てていく。


 あとは、肌が繊細だったりする子は、色々面倒を見てやったりする必要があるので断られる。それ以外にも何かアレルギーがある場合には、面接時に必ず保護者が申告することが義務付けられている。


 幸い、イエローカフェには、特に気に留めるべきアレルギーを持つ子どもはいない。スギ花粉アレルギー持ちは何人かいるが。


 採用する基準は、いくつかある。

 人見知りすぎないか。ある程度は大人の言うことを聞けるか。一定の容姿、もしくはそれを補うほどの愛嬌があるかどうか。

 だが、何と言っても、一番重視すべきは年齢だ。


 子カフェというところでは、基本的に幼ければ幼いほど人気が出る。

 だから10歳を過ぎてしまうと、自然と人気が落ちてきて、指名も滅多にされなくなる。

 残念ながらこちらも商売なので、利益を生み出さない者に給料を渡すという慈善事業みたいなことはできない。

 置き物と化した年長の子どもには、それとなく辞めることを促すなどしている。本人の承諾なしに勝手に辞めさせることはできない。


 しかし、親の()()()()で働いている子もいる。

 というか、長い間この仕事をしている子どもたちは、大半が親の希望により辞められないのだ。本人はやり甲斐も楽しみも見出していないパターンばかりだ。


 だから、10歳以上の子どもというのは、色んな意味でご遠慮願いたい人材なのだが——。

 はるかを採用した決め手は、見目が整っていたからだ。


 はるかは、ジュニアモデルにでもなれそうなほど、愛らしい容姿を持っていた。近頃は育児雑誌などめっきり減ってしまったので、倍率も厳しいのだろうが。

 だからはるかの親は、彼女を子カフェにやったのかもしれない。


 はるかが両親に搾取されている子どもだということは、母親と共に面接に来た時から勘づいていた。そういう子どもの顔つきというものを、前の店で何度も見てきたから。

 そうでなくても、自分から望んできたわけじゃないことくらいわかる。


 一人くらい大きめの子がいてもいいかもしれない。そう思って雇うことにしたけれど、期待していたよりもはるかは人気が出なかった。

 10歳という年齢を考えれば、それが当然だ。年長の子は店のお荷物となるのが普通だから。


 ああ、でも。

 一人だけいた。はるかを毎回指名する熱心な客が。

 確か亡くなった娘がはるかにそっくりだったとか。宮内がいつだったか話していた。


 先日、いつものように来店してきた彼女に、はるかが店を辞めたことを宮内は伝えた。

 宮内の話では、50代らしく見えるご婦人は、たいそう残念がっていて、その落ち込みようは見ていて涙を誘うほどであったのだと。


 はるかがもういない、と聞いた途端、すごすごと退店していったそうだ。子どもが好きなわけではなく、本当にはるかに会うことだけが目的だったのだ。


 はるかの家に強盗が入ったのは、1ヶ月前のことだ。

 強盗は両親を殺して、はるかを拘束し、金目のものを持ち去り逃走した。

 はるかは家に押し入った強盗の姿を見たようだが、強盗は覆面を被っていたから、顔はわからなかったのだという。服装も体格がわかりにくいものだったみたいで、はるか曰く、男か女かもハッキリしない……ということだった。


 しかし、母親の首についた手形から、犯人は女である可能性が高いと警察は睨んでいる。

 うちの店に事情聴取に来た際、教えてもらった。


 犯人に心当たりはないか、と訊かれても、首を横に振るしかできない。そりゃあ、はるかについては多少なりともわかることがあるかもしれないが、はるかの両親ともなると、関わりなんてない。俺とはほぼ無関係の他人だ。

 彼女の両親が、誰かの恨みを買っていたとしても、俺の知るところではない。


 だから俺は、事件の捜査の役にはたいして立てなかった。


 それにしても、事件発生時にはるかもその場にいたのなら、両親が殺される瞬間を目の当たりにした、ということになる。しかも、母親の方は口にするのも憚れる殺され方をしているのだから、精神に与える影響はいかほどのものか。


 母親の死体は、下着が下ろされた状態で見つかった。

 強姦されたのではない。子宮を刃物でズタズタにされたのだ。


 膣から刃物を挿入して、時に削るように時に抉るようにしながら、何度も何度も包丁の先端で、子宮をノックしたあとが残っていたのだという。

 死体の様子は想像もしたくない。近年稀に見る猟奇的殺人事件だった。


 殺人の動機は、怨恨かはたまた快楽目的か——。

 はるかは、そんな残忍極まりない殺害の現場を見たのだろうか。


 動こうにも手足を縛られていて、叫ぼうにも口にガムテープを貼られている。

 両親が殺されているのに、眺めていることしかできない——なんと残酷な体験か。

 可哀想だ、という憐れみの感情が久しぶりに湧いてくる。


 「すみません、辞めなくちゃいけなくなりました」

 はるかはそう言って、今までお世話になりました、と頭を下げた。俺も今までありがとう、とだけ返した。

 不幸があった子どもに対して、随分そっけないようだが、何を言っても傷を刺激するような気がした。


 はるかは、想像していたよりもずっと落ち着いていた。元々歳に似合わぬ冷静沈着さを備えていたが、あれほど壮絶な体験をして、こうまで普段通りでいられるものか、と拍子抜けだった。


 店には、荷物を取りに来ただけのようだった。たまに一緒に遊んでやっていた幼児たちにも、一切挨拶などせずに、はるかはイエローカフェを出ていった。


 はるかは、児童養護施設に引き取られていった。


 以前、施設にはロクな思い出がない、とこぼしていたので、再び引き取られることになって、さぞ憂鬱だろう、と思っていたのだが、意外にもはるかの顔は明るかった。


 施設にいるのはほんの少しの間だけだ。じきに誰かが迎えに来てくれる——とでも言わんばかりの痛くも痒くもなさそうな面構えだった。

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