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子カフェ  作者: 絶対完結させるマン
彼女のこと

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違和感

 子カフェでは、実さん以外にもたくさんのお客さんと関わった。

 指名してくれるお客さんも何人かいた。けれど、リピーターになってくれたのは今のところ実さんだけだ。


 一週間のうち、5日は子カフェに来ているから、常連さんはすぐに私の顔と名前を覚えた。


 「はるかちゃん、こんにちはー」

 「はるかちゃん、今日も頑張ってるねー」


 私を見たお客さんが、笑顔で手を振って挨拶してくる。

 私を見て嫌な顔する人なんてここにはいない。こっちが笑いかければ笑顔が返ってくる。最高だった。


 この調子なら、いつまででも仕事していられる気がした。これを生涯の仕事にしたいとまで思った。


 12歳になったら、絶対に辞めなきゃいけないことが悲しかった。


 「うーん……」

 「どうしたの? はるかちゃん」


 "一緒に遊ぶコース"を選んだお客さんが首をひねる。

 私は、悩みが口に出てしまっていたことに気づいて慌てた。


 「あ、大したことじゃないんだけど……25・6歳くらいの長ーい髪の女の人、常連さんの中にいたじゃない?」

 「ああ、腰くらいまである黒髪ロングヘアーの——私もかなり頻繁に来てるからわかるけど、あの人週に一回は来てたよね?」

 「うん。週に2、3回は見かけてた……そんなに通い詰めてたのに、ここのところ見てないなって」


 私は、前回その女の人に会った時、ある約束をしたのだ。


 私が、絵を描くことが好きだ、と言うとその人は、

 「はるかちゃんが描く絵をもっと見たいな」

 と言ったので、じゃあ描いた絵をプレゼントしようか? 次会う時までに描きあげるから……と私は提案した。


 「嬉しい。どんな絵を完成させてくるのか楽しみにしてるから」


 そう言って、3週間前くらいに別れたのだ。

 私は学校からわざわざ重たい絵の具セットを持ち帰ってきて、何時間も夢中になって絵を描いた。私史上、最も手間と時間をかけて描いた気合いの入った絵だった。


 頑張った甲斐あって、最高傑作に仕上がったと思う。

 その絵は、黒髪ロングヘアーのお客さんが私を抱っこしているところを描いたもので、お客さんの綺麗で長い髪を再現するのに苦労した一枚だった。


 よく出来たから、早く見てもらいたいのに——。


 「ああ、あの人ね」

 目の前のお客さんが言う。


 「あの人、私が働いてるコンビニの常連なんだ。週の半分くらいは来て、仕事帰りにご飯とかおつまみとか買って帰るの」

 「えっ、そうだったんだ」


 お客さん同士が陰で繋がっていたなんて。世間って狭いんだな。


 「それで、そういえば最近チルカフェで見なくなったな、って思って、どうしたんですかって聞いてみたの」

 「そしたら?」

 「家のすぐ近くに、新しく子カフェができたらしいよ。今までは車で10分くらい行かないと子カフェがなかったけど、通いやすくなって助かります〜、って言ってた」


 あのお姉さんは、今は新しい子カフェに行っているのか。だからここには来なくなった……。


 「でもそんな……そんなに簡単に店を変えちゃうなんてできるのかな?」


 通い慣れてきた店を捨てて、今度は新しくできた店に通い詰める——そういうことがあっさりできるものか謎だった。

 抵抗感とかないんだろうか。


 長年通ってきたんなら、馴染みの子どもとかも多いだろうし……実際あのお姉さんが見知った子どもたちと笑顔で挨拶を交わすのを、何度も見てきた。

 私も、いつしかあのお姉さんがカフェにいることが、お馴染みの風景になっていた。


 だからこそ、来なくなった時は日常にぽっかりと穴が空いたみたいな気分になった。

 ここにいる子どもたちを、〇〇ちゃん、何とか君、と呼んで仲良さげに遊んでいる姿を見ていると、とても胸があたたかくなったのに……。


 私にも優しくしてくれた。「はるかちゃーん、会いたかったよ〜」と言って抱っこコースを頼んでくれたことを、昨日のことのように思い出せる。また会いにくるからね、って言ってくれたのに……。

 それに絵の約束はどうなったんだ。


 「前にお姉さんに会った時、全然普通に見えたんだけどな。いつも通り優しくて——なのになんで……なんでなんだろう? なんで会いに来てくれなくなったの? 楽しそうにしてたのに。私と遊べて嬉しい、って言ってたのに」


 目の前のお客さんが戸惑っている。

 私のことを、意味わかんない、というような目で見ている。


 「だってはるかちゃんに会いに来てたわけじゃないし……」


 何をそんなに焦っているの?


 そう聞こえてくるようだった。


 「でも、私以外にもたくさん仲良くしてる子どもがいたのに。なのに簡単にお別れしちゃうなんて……悲しくないのかな」

 「そんなに心配しなくてもいいよ」


 お客さんが私の頭を撫でる。


 「大人になると、お別れなんてしょっちゅうだからね。別れに強くなるんだよ。あの長い髪のお客さんだって大人なんだもん。はるかちゃんが心配するほど気に病んでないよ。へっちゃらだよ」

 「へっちゃら……」

 「そう。はるかちゃんもね、今はちょっと悲しいかもしれないけど、すぐに慣れてくるからね。そうやって成長していくの。だから大丈夫」


 そこでお客さんはパン、と手を叩いて「よし、じゃあこの話おしまい!」と笑い飛ばした。


 「今日は何して遊ぼっか。なんでもいいよ。はるかちゃんがやりたいことなら」

 「…………」

 「はるかちゃん? どうしたの?」


 何と言っていいのかわからなかった。


 へっちゃら、と言い切られたことで、心に大ダメージをくらう。


 あんなに慕われていたのに、あんなに可愛い可愛いとはしゃいでいたのに、へっちゃらなんだ。

 どうでもいいんだ。私との約束もここで遊んだ時間も。簡単に切り捨てられるものなんだ。


 大人とはそういうものだ、と断言されたのだ。

 うまく言葉が出てこない。悲しくて胸が詰まる。


 私はあのお姉さんにとって、どうでもいい存在だった。約束を破ることに何の躊躇いもないほどに。


 『だってはるかちゃんに会いに来てたわけじゃないし……』


 その通りなんだ。

 あのお姉さんは子どもなら誰でもいい、という人だった。私自身には少しの思い入れもなかったんだ……。


 その日の仕事は散々だった。油断すれば涙が出てきてしまいそうだったから、奥歯を食いしばって始終険しい顔をしていた。


 お客さんには「はるかちゃんお腹でも痛いの?」と心配されてしまった。

 その日の仕事終わり、副店長さんに呼び出されて叱られてしまった。


 「お客さんの前では何があっても笑顔でいなきゃ。暗い顔なんて見せちゃダメ。余計なことは考えずに、ただ笑っていればいいの」


 説教されている間、ずっと頭を押さえつけられている感覚があった。

 私の気持ちはわかってもらえない。私がどんなに泣こうが苦しもうが、この人にとってはどうでもいいんだ。


 初めて副店長さんを怖いと思った。お腹の奥が冷えていくみたいな、今まで感じたことのない恐ろしさを感じた。

 人間じゃない化け物を前にした時ってこんな感じなのかもしれない。


 早くその場所を離れたい一心で、私は大人しく頷き続けていたけど、納得はしていなかった。


 副店長さんは宇宙人みたいだった。

 大人と話していて、そんなふうに思うことは初めてではなかった。こっちが何を言っても届かない、聞いてもらえない……そう絶望することは、何もこれが初めてじゃない。これまでに何度もあった。


 何か言い返したい。思っていることを気が済むまで喚き散らせたらどんなにいいか。


 そう思いながらも言葉が一つも出てこない。

 自分が思っていることをちゃんと伝えられたことなんて一度もない。


 ただ黙って頷くだけ。そして陰で悔し涙を流すだけだ。

 何か言い返したら、解放されるのが遅くなってしまう。それにそんなことしたら、もっと傷つくことを言われる、とわかっているからできない。そうなった時に耐えられる自信はなかった。


 結局、何がいけないのか何が悪かったのかわからないまま「はい、はい……」と繰り返しているうちに解放される。

 今日もそうだった。私は何一つ主張できないで、逃げるように家に帰った。


 私、死ぬまでこんな感じなのかな……。


 帰りながら考えた。


 一生、誰に対しても何も言えないまま、相手の言うことを聞くことしかできないのかな……。

 相手が何を考えているのかもわからないまま。


 施設から出ても、自分の家を手に入れても、子カフェで仕事してても——どこにいっても、私はこんな感じで変われないのかもしれない。


 そう考えると心がしんどくなって、須美ちゃんのことを思い出した。

 猛烈に友達がほしくなった。


 『働いている子たちと、お友達になれるかもしれないしね』


 働き出して結構経つけど、まだ友達と言える子はできていない。友達——作ってみようかな。ううん、絶対に作る。

 明日は、年が近い子に自分から話しかけてみよう。苦手だけど頑張るんだ。


 友達がいれば、暗い毎日でも楽しくなる、不思議なパワーが湧いてくるんだから。

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